白雲の果て、春の雪

 第6話(1)
「まあ、主上。こちらに参られるなんて、何か急な事でも?」
突然前触れもなく藤壷を訪れた帝に、中宮と藤姫は驚きながらかしこまった。
「いや…ちょっとね。ところで友雅は…もう帰ったのかな」
「ええ。つい先程ですが。」
「そうか…。なら良いのだが…」
慌てる女房たちにも労いの声をかけ、そして帝は二人の前に腰を下ろした。

「何か、話していたか?」
「はい。異界に戻られた天真殿と詩紋殿が、再びこちらの世界に参られたと。それを機会に、一度皆で集まって宴でも…とお誘いを受けました。」
きちんとした丁寧な言葉遣いで、藤姫は帝にそう説明した。
女御として入内し、まだ1年程度ではあるけれども、帝を前にしてもしっかりした態度は変わらない。
そんな妹が誇らしいのか、中宮も最近はすっかり上機嫌の日々が続いている。
しかし、それとは裏腹に…機嫌の優れない者も身近に存在していた。
というよりも、陰りを帯びている、と言った方が正しいかもしれない。

「その…そなたたち、友雅の様子をどう思う?」
帝が切り出すと、二人は一瞬お互いの顔を見合わせてから、揃って前を向いて姿勢を正した。
「友雅殿のご様子のことで、こちらに参られましたのですか?」
「まあな。先程あやつと話をしていたのだが、少し様子が妙だったので、気になったのでな…。何か、聞いていないだろうか。」
怪訝そうな顔で問いかける帝に、もう一度藤姫達はお互いの顔を見合わせる。
何も言わないが、視線でそれとなく意思を疎通させる。
言った方が良いだろうか…さっき、彼が漏らした本心を。

「実は…友雅殿が参られた際に、少しこちらでお話をされていきまして------------」

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朝議・謁見・そして藤姫と話を終えて内裏を出た友雅は、次に鷹通に会うため、治部省へと向かった。
だが、そこでは意外な人物が彼と会話中のところに出くわした。
「友雅殿、御待ちしておりました」
「私を、かい?来るのが分かっていたというのかな。」
それくらいの事は、容易いだろう。何せ、目の前には泰明の姿があったのだから。
「私共にお話があるとのことで、泰明殿もこちらにいらして下さっていたのです」
「同じ大内裏に勤める身。我々二人に用事があるのなら、片方がどちらかの場所に行けば、わざわざ双方の所に行かずに済むだろう。」
相変わらず、簡潔なスタイルを求める泰明だ。
無駄なものを最低限まで省き、最短でのルートで物事を進める計画性の高さ。
それに加えて、師である安倍晴明の技力を受け継いだ彼が故、簡単な予測や見えない気の動きを感じ取るなんてことは、当たり前の事に違いない。
「確かに、これで手っ取り早く事を済ませられる。感謝するよ、泰明殿。」
そんな礼を言われても、無表情を変える事のない泰明だが、彼にとってはそれが肯定の意味を持つ。


天真たちの事は、泰明が既に何か異質な気の流れを感じていたので、友雅から打ち明けられた話を聞いても、それほど驚かれることはなかった。
原因と理由に関しては全く不明ではあったが、彼自身や晴明の働きを持っても邪気は感じられなかったと言う。
藤姫の占いも併せて、これだけ確認が出来ていれば、やはり気にするような事ではないのだろう。

「そういうわけで、後日近いうちに仁寿殿で内輪だけの宴をしようと思っているんだよ。ここに来たのは、二人にも是非来て頂きたいと思ったからなんだ。」
「仁寿殿ですか。そのような場所で私的な宴など…本当によろしいのですか?」
鷹通の反応はもっともだ。普通なら、そう簡単に利用出来る場所ではない。
「まあ、それは主上からの御心配りだよ。藤姫殿にとっても都合が良いだろう?それに、中宮様もあかねと文紀達に会いたいと申されているものだから。」
「成る程。中宮様は、まだ直にお二人に御会いしていなかったのですね」
何度か彼らを昇殿させた事はあるが、どうも悉くタイミングが合わなかった。
周囲から噂を聞くたび、会ってみたいと何度も繰り返していたらしい。
「で、二人とも、来てもらえるかな?」
「ええ、もちろんです。このように、再び皆様と御会い出来る時が来ようとは、思っても見ないことでした。龍神の悪戯にせよ、懐かしい顔触れが揃う席、参らせて頂きます。」
「私も特に問題はない。お師匠に都合を聞き、自由になれる日を見繕っておく。」
「良かったよ。あとは…永泉様にお話が通れば終了だ。」
おそらく頼久やイノリのことは、天真や詩紋が顔を見に行くついでに、話を通してくれるだろう。
永泉に関しては、午後から住職と共に昇殿するらしいので、その際に帝自ら伝えておくと言ってもらえた。
友雅の役目は、ここで一段落ということだ。


三人は、治部省の舎から出た。
寒さが去り、色とりどりの花が咲き始めている季節。
晴れ晴れとした春の暖かな日差しを、屋内に閉じこもっていては拝めない。
「ですが、本当に不思議な事があるものですね。前回は、あかね殿が龍神に神子として選ばれたという、理由があっての事でしたが…」
鷹通は赤松の陰から差し込む光に背を当てて、二人に向けて口を開いた。
前回彼らがやって来たのには、京を護るという理由があった。
だが、今回はそんな重要な任が与えられているわけでもなさそうだ。

短い間だったが、一度は共に戦った者達。
それだけに、皆それぞれ強い記憶と不思議な絆のようなものが今も残っている。
「龍神の、粋な計らいというものでしょうか?そういう事でしたら、結構なことですね。」
突然の再会にも心穏やかに、鷹通は静かな微笑みと共にそう答えた。
「ああ、そうだね。もう二度と会う事はないかと、あの時は…そう思ったものだからね。」
そして友雅も、同じように彼の言葉にうなづいた。

「友雅。余計な事であまり気を病むな。」
至って普通に会話していたつもりの友雅と鷹通の間に、急にスッと突き刺さるような泰明の一言が割って入って来た。
次の瞬間、鷹通は友雅の顔を見たが、彼は泰明の顔をじっと見ていた。
無言で、友雅たちは互いの顔を見ている。
それは何故か、口を挟めないような雰囲気で、鷹通はそこに立ち尽くすしか方法がなかった。

しかしその妙な空気は、友雅がふっと苦笑して目を伏せたと同時に、緩やかに形を和らげ始めた。
「泰明殿にもお見通しか……」
「おまえの心の変化くらい、すぐに分かる。私の力を見くびるな。」
「そんなことは、思っていないよ。さすがに…稀代の陰陽師の御弟子様だな、と思ってね。」
変化を見せない泰明の態度とは違い、友雅は少し寂し気で、それでいて恥じるように目を逸らして微笑んで。
何だろう、痛々しい…そんな雰囲気がかすかに滲み出ているような。

「どうされたのですか、友雅殿。何か、気にかかる事でも?」
鷹通が続いて声を掛けると、彼は同時に二人を視野の中にいれて、ひとつ溜息を付いてから言葉を紡いだ。
「まあ、たいしたことではないよ。ただ…ちょっとね、ふいに竹取の翁の話を思い出してしまってね。」
急に何を言い出すんだろう、と鷹通は不思議に思った。
竹取の翁と言えば、確か……子ども達が寝物語にと、よく聞かされている話だ。
もちろん子どもだけではなく、絵巻物として読まれる事も多い。
竹から生まれた、なよ竹のかぐや姫------。
類いに漏れず、鷹通もよく知っている話だ。

「あの話の最後を、知っているかい?」
「確かあれは、十五夜の夜に月の使者が………」
言いかけた鷹通の言葉を、泰明の声が遮る。だが、それは鷹通への声ではない。
「つまらぬ事で気を揉むな、と今も言っただろう。」
泰明の言葉は無機質で、時に冷ややかに聞こえることもある。
だが、今の友雅にとっては、曖昧な言葉よりも叩き付けてくれるような、そんな冷たさの方が目が覚める。
「分かってるよ。そんなこと…取り越し苦労だと思っている。そんなものは有り得ないって、思っているよ。だけどね……」
だけど、思えば思うほど…思おうとすればするほどに、それらは鮮明に浮き上がってしまう。
「もしもそうだったら…というのが、やっぱり頭から離れないんだよ、泰明殿。」

もしも……天真たちが再び京へ招かれた理由があるとしたら。
物事に、すべて意味があるのならば、彼らにも何かの任があるはず。
それは何なのか。
見えて来ないからこそ、考えてしまうこと。

-------月からの使者が、姫を迎えに来る。

物語のラストシーンが、胸に強く刻まれて傷み続けている。



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Megumi,Ka

suga