白雲の果て、春の雪

 第5話(2)
「あいつら、ずーっとあんな調子なわけ?」
「友雅殿のお屋敷に移られてから、仲睦まじいお話はよく耳にしている。大変喜ばしい事だ。」
頼久はまるで自分の事のように、穏やかに微笑みながら答える。
八葉の中で、誰よりも神子への強い忠誠心を持っていた男だ。それは、すべての任が終えたあとでも変わらなかった。
天真たちが元の世界に戻るまでの、数週間。これまでと変わらず、彼はあかねのそばに付き添い続けていた。
ただし、友雅がやって来たときだけは……席を外すという、ちょっとした気配りもあったようだが。

「夫婦となられ、若君と姫様がご誕生されたあとも、相変わらず仲が良いとの噂は誰もが知る所だ。お幸せで何よりだろう。」
「まあ、そうなんだけどもさー。でも、結婚してから友雅のヤツ、ホントに浮き名も何にもねえの?」
実際のところ、屋敷での彼らを見ている限りでは…その噂に偽りはない。子どもが呆れるくらいのひっつき状態だし。
だが、それとは別に友雅と言うのは、とにかくそちらの話は事欠かない男だったので、本当に何もないのだろうか、と少し疑ってみたくなる。
…というのは、ひがみだろうか。

すると、次に口を出して来たのは、イノリだった。
「天真が疑う気持ちも分かるんだけどさ。でもなー、ホントにびっくりなんだけどもさ。ぱったりそういう話聞かなくなっちゃってさ。逆に周りが驚いてるくらいなんだよ。」
続いて頼久が話す。
「主上の御前に上がられる際にも、これまでのように長居は殆どなさらないようだ。少しでも早く、家族の顔が見たいとのことで。」
「オイオイ、それマジかよ〜。あの友雅がぁ?」
だから、帝もそれ以上引き止めることが出来ない、と苦笑しているらしい。
というか、最近は帝との会話も家族の話をすることが多く、そうすると少しは長居になるという。話が弾んでしまうそうなのだ。

「構わんだろう。お二人の仲が宜しいという証拠でもある。それに…"我が家の娘と結婚を"と申し出る名家も何人かおられたようだが、まったくその気はないとはね除けたと聞く。」
「あ、それ俺も聞いた。"あかね以外の妻はいらない"とか言い放ったらしくて。しかも内裏での朝議の席で。今じゃもう、みんな呆れて口を挟む隙もないって。」
「うっは…信じられねえ…っ。マジであかねにべた惚れ状態じゃん、アイツ!」
宮廷や貴族家の、艶やかな女房・女官達と戯れを何より楽しみにしていた彼が、盲目なほどに妻と子どもに気を取られて。
"マイホーム・パパ"なんてからかったものだけれど、もしかしてそれ以上の…所謂…バの付くカップルに近いような。

「信じらんないのは分かるけどさ、でもホントなんだ。友雅のヤツ…ホントにあかねしか見えてない。」
しみじみと、イノリが言う。
ずっと彼らを見ていたからこそ、断言できる。
今の友雅には……あかねが全ての源泉なのだ。
「あかねがいなかったら…あと、あいつらの子どもがいなかったら、多分友雅はさっさと隠居でもして、どこかに姿をくらましたりしたんじゃねえかな。」
何事にも執着心のない男だった。
どんな事にもあっさりしていて、必要以上に踏み込むことをしない男だった。
それだから、八葉としての役目がなくなった後は、これまで通りの……気楽な生活に戻っていただろう。

気楽な生活、と言えば楽しそうにも見えるが、実はそうでもない。
熱心に趣味に投じるわけでもない、その場限りの楽しさだけに身を委ねて、明日のことは分からない…そんな日々。
何かを期待すること、何かを楽しみに待つこと、それさえもない生き方は意外に退屈なものだ。
どんなに豪勢な環境であろうと、自ら楽しみを求められなくては…つまらない。
少なくとも以前の友雅は、そんな暮らしをしていたはずだ。

そんな中で、龍神に悪戯を嗾けられたように彼は八葉に選ばれ、異界からやって来た神子と共に生きることを命ぜられた。
決して長い時間ではなかったが、その中で今まで知らなかった価値観や発想、そして新しい感情を知ってから-----彼は変わった。
無だったものが有になる。枯渇していたものが溢れ出して来る。
すべてそれは、神子の存在の力。
そしてはじめて彼は…自分から求めるものを見つけた。
幸せという感情と、愛するという感情。
それを捧げる相手を、すぐ近くで見つけたのだ。

「正直なところ、最初は不安もあった。だが今は、友雅殿に神子殿を御任せして良かったと、心から思える。あの方なら、決して神子殿を不幸になどしない。私は、そう思っている。」
「…はあ。ずっと近くで見てたおまえらに、そこまで言われるんじゃあ、心配なんて何にもないってことだな。」
呆れたように頭を掻く天真の笑顔が、少しだけ照れくさそうに見えた。
だが、目に見えない彼の心の中が、満ち足りた何かでいっぱいになっているのを、おそらく頼久たちは分かっただろう。

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近いうちにみんなで集まって、宴でもやろうと言う話をすると、頼久たちは快くそれにうなづいてくれた。
それぞれに都合もあるだろうから、後で空いている日を連絡すると約束して、天真は土御門家を後にした。

その後、詩紋がいるから屋敷に来ないか?とイノリを誘ってみた。
だが、生憎これから師の手伝いがあるという。残念そうにしていた彼だったが、宴には必ず行くからと力いっぱい断言して別れた。


「ただいまー……って、おまえら、何なんだ一体」
詩紋たちは菓子作りをすると言っていたから、厨房にやって来てみたのだが…そこにいたのは、くたくたに疲れ果てている二人と、小さな姫君。
「お、おかえりなさい…天真くん…」
調理用にあつらえてもらった、千歳とお揃いの柄の小袖姿のあかねが、気の抜けたような声で天真の帰りを迎えた。
「イ、イノリくんとは…あ、逢えた…?」
「いや、逢えたけども、それよりも何なんだ?おまえらのその…どっぷり疲労感漂う顔は!?」
あかねの隣では、千歳がくたっと彼女にもたれている。

「あのね…実は…淡雪かんを…作ろうと思ってたんだけど……」
"淡雪かん"とは、寒天と砂糖とメレンゲを使った和菓子だ。
卵白を泡立てて、あとは寒天を混ぜるだけなので、比較的簡単ではあるのだが…。
「メ、メレンゲを作ろうと思って…卵白を泡立てようとしたんだけど……泡立て器がない…って気付いて…」
仕方がないので菜箸を使い、必死で泡立てることにしたらしい。
しかし、泡立て器を使っても大変なメレンゲ作り。
それを箸でやるなんて、考えてみれば無謀なことではある。
そうは言っても、始めてしまったので止めるわけにも行かず。
結局三人で交替しながらかき混ぜかき混ぜを繰り返し……早数時間。
だが、詩紋が混ぜ続けている器の中のメレンゲ(らしきもの)は、やっととろりとしたといった状態。まだまだ、時間が掛かりそうだ。

「しゃあねえなあ、おまえらー…。ほら、貸せ。俺も手伝ってやる。」
こんな状態の三人を、放っておけるわけがない。


天真が泡立て役を担当してくれたので、ようやくあかねたちはテングサの調理に掛かることが出来た。
鍋の中で乾燥したテングサを、じっくりと煮込む。
「母様、とろとろして来ましたわ!」
ゆっくりと時間を掛けてかき混ぜているうちに、テングサはとろみを帯びて来る。
それらをざるで何度も漉していると、純正の寒天液が出来るというわけだ。
「じゃあ、蜜を入れるね」
蜂蜜と砂糖を詩紋が加え、あかねはゆっくりと液を煮込み続ける。

「おーい、これくらいで良いのか?」
ずっとメレンゲ制作に集中していた天真の器には、こんもりと雪のように膨らんだ卵白があった。
「すごいですわっ!まるでお空の雲みたいにふわふわしてますわっ!」
まるで綿菓子のようなメレンゲを見て、千歳がはしゃぐ。
「さすが力仕事は天真くんだよねえ〜…」
あかねはそれらを受け取ると、ゆっくり寒天の液を加えて混ぜて行く。
泡を壊さないように、静かに切るように混ぜるのが基本。
真っ白なメレンゲは、とろりとした白い液へ変わって行く。

「ふわふわが消えてしまいましたわ。あんなに頑張って泡立てたのに。」
残念そうに見ていた千歳を、詩紋が優しく宥めるように頭を撫でた。
「大丈夫だよ、千歳ちゃん。これがぷるぷるに固まるとね、口の中でふわーっと溶けるような甘いお菓子になるんだよ。」
「そうなの?ふわふわは消えてしまわないの?」
「見た目は固まるけれど、お口ではふんわりするよ。だから、出来上がりを待っていようね。」
淡雪を溶かした寒天液は、器に流し込まれて固められていく。
それをじっと眺めている千歳は、今から淡雪かんが出来上がるのが楽しみで仕方がないようだ。



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Megumi,Ka

suga