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白雲の果て、春の雪
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| 第4話(3) |
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宇治川を遠くに望む、高台の上からは川風が登ってくる。
春の京の景色は、あの頃よりずっと鮮やかな色合いに見えた。
「しっかし…びっくりしたぜー。まさか、おまえらにもう一回会えるなんてさ!一体、どういう事なんだ?コレ」
「さあなー。俺らだって、全然理由もわかんねえ。向こうの神泉苑で"もう一度逢えたら良いだろうな"とか思ったら、いつのまにかあいつらの屋敷に転がってた。」
「へえ〜。でも、良かったじゃん、落ちたところが友雅の屋敷で。盗賊どもの住処なんかに飛び出したら、命ヤバかったかもしんないぜ?」
確かにな…とイノリに言われて天真は笑った。
「それにしても、おまえでっかくなったなあ?」
改めて、天真はイノリの姿をじっと見た。
「へへっ。どっから見ても立派な男だろー?背だけじゃなくて、力も一人前だぜっ。技は、まだ師匠には敵わねえけど。」
「とか言って、結構おまえの打ったモノ、評判良いみたいじゃん。若いのに腕が立つって噂聞いたぞ?」
「んー、まあ…少しは上達はしたかなーって思うけど、師匠に認められるまでは半人前だしなー。日々精進しねえとな。」
友雅から聞いてはいたが、本当に逞しくなって背も伸びて。
それでも自分よりは若干低いが、これなら175cm前後の詩紋と大差ないだろう。
「詩紋もさ、おまえと同じくらいでっかくなってるぜ。」
「あいつがぁ!?うわぁ、信じられねー!!」
出会った当時は、お互いに顔を会わせれば衝突していたくせに、今では詩紋の名を聞くと生き生き目を輝かせる。
時間の長さは関係ない。京で過ごした数ヶ月の出来事が、二人の中に強い何かを芽生えさせたのだ。
それは、会えない世界へ離れたあとも、ずっと消えない大切なもの。
天真自身もまた……思い当たる人物が一人いる。
「な、これからどうすんだ?どっか行く予定あんのか?ないんだったら、俺が町を案内してやろうか!?」
「おお、丁度良いや。あれから町はどうなってんだろうと思って、ふらっと出て来たもんだからさ。暇なら付き合ってくれよ」
「もちろん!最近は美味いもん食えるところとかも出来てさ、良いとこ知ってるから連れてくぜ!」
イノリはそう言って、支度のためにもう一度屋敷に戻って行った。
相変わらず…だな、あいつ。
外見だけは大人びたイノリの背中を眺めながら、過去と現在を交差させつつ天真は思った。
+++++
あの頃から比べて、やはり京は随分賑やかになったようだ。
地方からやってきた商人などは、小屋を建てて住みながら商売している者もいるという。
川や池の移動経路も整備されてきて、まさに都らしい活気が感じられる。
「な、美味いだろー?。活きの良い魚だから、身も締まってて脂も乗ってて味が良いんだ。」
塩焼きの魚をかじりながら、イノリに連れられて天真は町を歩いた。
さすがに評判の鍛師ということで、あちこちに顔が利くらしい。店を覗けば、その度に声を掛けられる。彼の人当たりの良さを証明している。
「あのさあイノリ。俺、ちょっと行きたい所あるんだけど、おまえも付き合ってくれねぇかな」
「んー?構わねえけど…どこ?」
鷹通と泰明、そして永泉のことは、友雅に任せた。今朝聞いた話なら、藤姫のことも何かアクションを起こしてくれるだろう。
イノリはこうして再会出来た。
あと一人、天真にとって重要な男にまだ再会していない。
「土御門家…って、行っても平気かな。藤姫はもう女御になって入内したから、いないっていうけどさ」
天真の言葉を聞いて、イノリはピンと来た。
何故、彼が土御門家に行きたいと言ったのか。
それはおそらく、自分が詩紋に会いたいと思っているのを同じ、そんな気持ちがあるのだろうと。
「頼久なら、今も武士団やってるぜ。ただ、去年あいつの親父さんが隠居したから、今はあいつが団長やってるけどな。」
いきなり頼久の名前を先に出されて、少し天真は驚いたようだったが、イノリにはそんなこと不思議でもなんでもなかった。
八葉ってもんは、天地お互いにどっか気にかけてるもんだ、と笑いながら言う。
それは朱雀も青龍も変わりない。
そう答えて、着いて来いとも言わずに先を歩き出した。
相変わらず外から見ても、土御門家の荘厳さは見事なものだった。
コンクリートで作られた高層ビルなんかよりも、ずっと存在感があって華麗だ。
一昔前まで、この屋敷で気ままに暮らしていたなんて、今となっては夢のような気もするが、柱や植木、佇まいの何もかもが記憶に残っている。
「すいませーん、イノリですけどー」
イノリは、妙に気軽な感じで声を掛けた。
現在武士団の武器は、全てイノリの師匠が承っているらしく、つまり土御門家はお得意様というわけだ。
更に以前の八葉時代の付き合いもあり、今ではすっかり顔なじみだという。
「あのー、頼久いますかねー?」
「団長ですか?団長は随身所におられると思いますが、急用でしたらお呼び致しましょうか?」
「ああ頼むよ!親友が尋ねて来ているって、そう言ってくれ!」
まだ年の若い武士は、イノリともう一人見慣れない顔の青年を一目見てから、中に消えて行った。
親友かあ…。何か照れくさい言い方だけど、クソ真面目なあいつにゃ似合うよな。
それに、その言葉こそ彼にぴったりの意味を持つ。
しばらくして、ふたつの足音がこちらに近付いて来た。
同時に話し声もまた、聞こえてくる。
「イノリが誰か連れて来ているって?」
「はあ。背の高い若い男ですが、親友が尋ねて来ている、と団長に伝えてもらいたいとのことで」
「名前は聞かなかったのか?私には、思い当たる者がいないのだが。」
会話の声は、近付いてくる。
そして、さっき呼びに行った若い武士が、彼を連れてやってきた。
彼がこちらに目を向けた。天真は、彼に向かってニコリと白い歯を出して笑う。
軽く手を上げて、左右に揺らして。
「"親友”に思い当たるヤツがいないって、俺を忘れたのか?薄情者め。別れ際に俺を"真の友"って言ったのは、お前の方だったんじゃねえ?」
「……っ」
頼久は、その場に呆然と立ち尽くした。状況が、すぐには飲み込めないでいた。
目の前にいるのは、以前確かに自分が唯一信頼をおけた男に違いなかった。
しかし、彼は二度と巡り会えない世界へと戻って、早数年が過ぎていた…はず。
その彼がここにいる…というか、もしかして他人のそら似か?
「おまえなあ、久々に再会出来たんだぜ。少しは嬉しそうな顔をしろ!」
たまりかねた天真が、近付いて来て頼久の肩を軽く叩いた。
「……天真、なのか?」
ぎこちない声で、頼久はじっと顔を見る。
「あ〜?誰だと思ってたんだよ?」
「本当に天真、か?」
「おまえを尋ねに来る"親友"なんて、そう大勢いるわけないだろーが」
満面の笑みで、彼は頼久の肩を揺する。
いるわけがない。
他に誰一人として、自分が親友を認めたのは一人だけだ。
「何かよくわかんねーんだけど、またひずみが出来たらしくってさ。そこからこっちに落っこちて来たんだってさ、詩紋と一緒に。」
横から顔を出したイノリが、簡単に事を説明してくれたのだが、それにしても信じられないと言った様子は変わらない。
「まだ半信半疑か?ほれ、じゃあコレ見てみろ。」
天真は差し出した手のひらを、頼久にぱっと開いてみせた。
その両手には、ごつごつとした豆や胼胝が出来ていた。
「おまえにずっと剣の訓練をしてもらって、あっちに帰ってもそれを続けようと、今は道場に入って続けてる。その結果だ。」
あれから何年も経ったけれど、おそらく頼久にはまだ敵わないだろう。
でも、彼を超えようとか任そうとか、そんなつもりで続けて来たわけじゃない。
きっとそれは、彼との出会いで培った力を、忘れたくなかったからだ。
「これでもまだ、ピンと来ねえか?だったら、いっちょ腕試しでもすっか?」
冗談半分に、握りしめた拳をさっと上げてみる。
だが、それを頼久の手が即座に止めた。
「…おまえに再会する日がやって来るなどとは、夢にも思っていなかった……。」
「お互い様だ。」
天真は、頼久の手を払い除ける。
そして、その向こうに見えたのは、少し照れくさそうにしながら微笑む頼久の笑顔だった。
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