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白雲の果て、春の雪
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| 第4話(2) |
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「それにね、子供たちにはママの手料理を食べてもらいたいじゃない?お母さんの味、覚えてて欲しいもん。」
"料理は愛情だからね"と、どこかで聞いたことのあるようなフレーズを、あかねは笑いながら言う。
厨房を賄っている侍女たちには、とても腕では敵わないかもしれないけど、気持ちだけなら誰にも負けない。
「愛情いっぱいのご飯を、毎日作ってるんだから。それが何より一番の栄養ってもんでしょ?」
「なーるーほーどー。愛する旦那サマにもめいっぱい愛情注いでるから、ああいうこと平気でするようになるわけねー。」
さっきの事を蒸し返すように、ニヤリと笑う天真の顔を見ると、瞬く間に再びあかねの顔が赤く染まる。
「ああもうからかわないでっ!早くお庭に行けばっ!?」
これ以上冷やかされちゃ敵わない。
天真の背中をぐいっと押してみる。だが、彼は笑いながらこちらを振り向く。
「そう追い出すなって。手伝ってやるからさ。」
「え?天真くん…料理なんか出来るの?」
意外だ、というような顔をするあかねの前で、包丁を握るゼスチャーをしながら天真が話す。
「馬鹿にすんじゃねえぞー。大学4年間、ずっと一人暮らしで自炊してたんだぜ、これでも。ちょっとしたことくらい、出来るって。」
とは言っても、所詮男の料理なんて大雑把なものだ。
小綺麗に刻んだり盛りつけたり、微妙なさじ加減なんてものは気にしない、丼勘定のシンプル料理ばかり。
それでも、実家暮らしだった頃は、料理なんて全然出来なかったのだから、かなり進歩したんだと自慢する。
「皮むきとか、鍋の火加減とかさ。配膳とかなら手伝ってやれるからさ。居候の宿代だと思って、遠慮なくこき使えよ。」
「…ありがと。」
口ではあれこれ言いながらも、さりげなく気遣ってくれる天真の優しさは健在だ。
+++++
「詩紋殿、よろしかったら、どうぞ召し上がって。」
そう言って千歳が差し出したのは、小さな赤い実だった。
いちご、というよりは木苺…ラズベリーのようなものか。
「野いちごなの。最近、よく市で売ってたりするんですって。試しに買ってみたら、甘酸っぱくて美味しいのよ。」
粒の揃った綺麗な赤い実は、ひとつほおばると新鮮な甘さと酸味が口に広がる。
「そうだ。じゃあ今日のお菓子づくりは、このいちごを使って何か作ろうか。」
「あ、それ良いかも。千歳もいちごが大好きだものね?」
詩紋の隣が定位置になっている千歳は、母の声を聞いてこくりとうなづいた。
「お菓子を作ることが出来ますの?いちごで、どんなものが作れますの?」
「うーん、そうだね…材料にもよるけれど…寒天とかがあれば、ゼリーみたいなものは作れそうじゃない?」
簡単に工程を説明すると、あかねはうんうんとうなづいた。
しかし千歳にとっては、それらは未知の言葉ばかりだったせいか、ずっと不思議そうに二人の話に耳を傾けている。
「何だかお話を聞いていると、とても難しそうですわ」
自分が理解出来ないこともあり、千歳は少し不安そうな顔でこちらを見ている。
そんな彼女の頭に、ぽんと軽く触れた詩紋は言う。
「全然難しくないよ。千歳ちゃんのお母さんと僕とは、昔何回も一緒にお菓子づくりをしたことがあるから、ちゃーんと作り方も分かってるし。」
「でも、私はやったことありませんもの。失敗してしまうかも。」
いつもは自分からてきぱきとチャレンジする千歳が、珍しくも今回は沈着冷静というか、少し尻込みしている。
……あ、もしかしたら、詩紋くんにカッコ悪いところを見せたくないとか?
そう思うと何だか微笑ましいなあ…と、あかねは思った。
「ね、あかねちゃん。大丈夫だよね?簡単だから、千歳ちゃんにも出来るよね?」
「え?あ、うん!千歳、全然簡単だからやってみましょ。詩紋くんは優しいから、失敗しないように教えてくれるからね?」
詩紋の顔をしげしげと見上げると、彼が優しく髪を撫でてくれたので、千歳は"うん"とうなづいた。
「なあ、あかね。ちょっと聞くけどさ、今の京の治安ってどんなもんだ?」
「え?どうしたのいきなり…」
朝餉を終えて一休み。開け放った戸から流れ込む、気持ちの良い朝の空気を浴びていると、天真がそう尋ねて来た。
「いや、俺はさー、詩紋の菓子づくりを手伝うガラじゃねえし。だったら、久しぶりだからちょっと外を出歩いて来ようかなーと思ってさ。」
やっぱり自分は、インドアよりアウトドアだから、と彼は言う。
それに、昔懐かしい町の姿も見てみたい、という気持ちもあるらしい。
勇者気取りじゃないけれど、乱れた気の中で荒廃していた京を知っているだけに、八葉の一人として救えた町を歩いてみたい、と。
「別に今は、何も物騒な事は起こっていないから平気だと思うけど。ただ、昔からガラの悪い人は今もいるから、それだけ気をつけてくれれば平気よ、きっと。」
あかねからお墨付きをもらって、天真はホッとした。
「そっか。そんじゃ…そうだな、イノリの様子でも覗きに行ってくるかな。」
「え?イノリくんに会いに行くんだったら、僕も行きたいなあ…」
それを聞くと、詩紋が乗り出して来た。
最初は衝突ばかりしていたが、同じ朱雀として最後には誰よりも絆を深めた仲間だ。二度と会うことはないと思っていたけれど、それでも彼を今でも親友だと思い続けている。
だが、そんな詩紋を天真は手のひらで払い除ける。
「ダメダメ。おまえは今日一日、チビ姫のエスコート役。王子様がいなくちゃ、どうしようもないだろ?」
「お、王子様ってそんな…」
昨日の夜、友雅に言われた言葉を思い出した。
大きな瞳を輝かせながら、自分の隣でこちらを見ている小さな少女。
彼女が…まさか自分のことを、だなんて信じられない。
「"おうじさま"って、どういう事ですの?詩紋殿は主上に縁のある方ですの?」
「ち、違うよ!えーと…何ていうか…そのー……」
金色の髪をかきながら、どう説明しようかと戸惑う詩紋を、じっと見つめている千歳の姿といったら。
「うふふ…何かおかしいね…」
「暢気だなあ、母親のくせに。娘が色気づいてんだぞ?」
「だって、詩紋くんは両親公認だもーん」
「マジかよ!」
笑いながら二人は立ち上がると、小さな姫君と王子だけを部屋に残して、こっそりその場を後にした。
+++++
あかねにイノリの住所を教えてもらい、天真は一人で町へと出掛けた。
京の町中はどこもかしこも賑やかで、多くの市が立ち、子供たちが走り回る姿や、談笑する商人たちの姿が目に入ってくる。
やっぱ、何となく懐かしい感じがするな、と天真は思う。
向こうに戻って、テレビや映画や本などで平安時代の話を見たり聞いたりすると、決まってノスタルジックな気分になる。
明治や大正・昭和のようなレトロ感から来る感覚ではなくて、身体がどこかで覚えているのだ。
………この時代に、自分が生きていたのだと。
ほんのわずかな時間であったが、この世界に自分が存在していたのだと思い出す。
あとから詩紋にも聞いたが、やっぱり彼も同じようで。
なかなか経験出来ることじゃないよな、と笑いながら話したけれど、またこうしてふらりと、普通に京を歩く日が来るとは思わなかった。
「えーと…イノリの…家は…と。」
手書きでもらったメモを片手に、天真は懐かしい顔を尋ねに行く。
一人目の彼は…今や若手鍛師として有名なのだそうだ。
師匠にはまだまだ及ばないが、彼が合間に作る小さな小刀は、安価だが質が良いと殿上人にも評判が良いのだと言う。
そんな彼は、伏見で鍛冶仲間と一緒に暮らしているとのこと。
辿り着いたそこは、決して立派な佇まいではないけれど、それなりにしっかりとした屋敷。外にいても、中から賑やかな話し声が聞こえている。
「あのー、ちょっと聞きたいんスけど。ここにイノリってヤツがいるって聞いたんだけど。」
「あ?まあ、いることはいるけど…。鍛冶の注文を頼みに来たんだったら、俺らの師匠を通じてからしか受け付けねえよ」
入口近くで掃除をしていた男に、声をかけるとそんな返事が返って来た。
随分と名が知られて来たというから、屋敷まで押し掛けて注文する者もいる、ということだろうか。
「いや、そういうわけじゃないんだけどさ。俺、ちょっと昔にヤツと付き合いがあったもんで。久しぶりにこっちに来たもんだから、挨拶しようと思っただけなんだよ。」
「付き合いねえ…?じゃあ、そこで待ってな。聞いてくらあ。…あ、あんたの名前は何て言うんだ?」
「森村天真。あ、あと…流山詩紋ってヤツも来てるって、そう言ってくれれば分かるからさ。」
男はしっくりこない様子のまま、屋敷の中に戻って行った。
あれから随分経ったけれど、せめて二人の名前のどちらかを聞けば、何となくでも記憶を引き戻してくれればいいのだが。
……と、そんな天真の心配は、まったく無用だったのだと知らされたのは、ほんの1〜2分後だった。
「天真あーーーーー!!!!」
屋敷の中から叫び声と共に、駆け出して来たのは…見た目は随分と逞しい青年となったが、あの活気そのままの彼だった。
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