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白雲の果て、春の雪
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| 第4話(1) |
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遠くで小鳥の声が聞こえて、自然と意識が目覚めた。
時計のない世界。だが、朝の気配は身体がしっかりと記憶している。
隣では、詩紋がぐっすりと眠ったままで。しばらくは目覚めそうにない。
静かだが、外は少しずつ明るくなって来ている。小鳥のさえずりもまばらなところから推測すると、5時…くらいか。
こんなに朝早く、しかも自然に目が覚めたのはずいぶん久しぶりだ。
普段は目覚まし時計を二個ほど活用し、それでも起きられなかったりして。
洗顔と歯磨きを済ませて、着替えながら買い置きのパンをかじりながら、アパートを飛び出す…という、典型的漫画の主人公みたいなことを実際にやっていた。
だが、意識が自ら覚めるというのは、身体も心も軽くて気分が良い。
ここでは客人なのだから、あかねたちが起こしに来るまでのんびり二度寝してもいいかな、と天真は思ったが、生憎とそういう気分ではない。
何か暇つぶしでもしていようか…と考える。
しかし、何も思い付かない。
外はうっすらと明るくなってきているし、ちょっと外に出てみようか…という気になって、天真は床から起き上がった。
とは言え、自分たちが去ってから数年。現在も京が平穏であるかどうかは、確信がない。
昔ならふらりと出掛ける事も出来たが、今回は勝手が違う。
……せめて、庭くらいなら、ふらついても平気か。
昨日さっと眺めて見た限りでも、土御門家とは比べものにはならないが随分広い庭だし、散歩には丁度良さそうだ。
庭なら何かあっても、すぐに戻る事も出来るし安全だろう。
天真はそう決めると、詩紋を起こさないように立ち上がって、静かに部屋を出て行った。
部屋の外は、まだ静かで薄暗い。
人の気配も感じられず、まだ皆眠りに着いている。
友雅の屋敷なんて、訪れたことは数回しかない。間取りも造りも覚えていない。
だからと言って、屋敷の中をあまりうろつくのはまずいような。
間違って、あの二人の寝所に紛れ込んだりしたら……。
それ以上の想像は、未だフリーの天真には刺激が強すぎる。
頭を掻きながら、入口に向かった。そこから、庭に回ってみるつもりだった。
しんと静まる、薄暗い廊下が長く続く。
こんな朝早くでは、まだ誰も起きているわけがないか。
辺りを見渡しながら、足音を忍ばせて入口へと向かう。
すると、突然目の前に人の気配がした。
あかねと友雅の話声が聞こえて、天真は柱の手前で立ち止まり、様子を伺う。
…そういえば左近衛府は、帝の警護などをする仕事だから、朝早く出仕したり、夜警もあると聞いたことがある。
だから、こんな朝早く出掛けるのか…。
「向こうで鷹通や泰明殿に会えたら、話しておくよ」
「よろしくお願いしますね。あと…出来れば主上にお願いして…」
「ああ…そうだね、又とない機会なのだし。会えないままで後日この事を知ったら、藤姫殿も寂しがるだろう。」
「うん…。あの時みんな一緒に頑張ったんだもの…。それを応援してくれたのは、藤姫だもの…。」
共に戦いに参加したわけじゃないが、見ず知らずの世界で常に自分たちを護り、そして導いてくれたのは彼女だ。
彼女に対する感謝の気持ちは、あかねだけではなく、天真や詩紋も同じはず。
もう一度、皆が再会するチャンスが与えられたのなら、そこに彼女がいて欲しい。
「何とか事情を説明して、主上にも頼んでみるよ。神子殿の、鶴の一声が必要になるかもしれないけどね」
「私が必要だったら、いくらでも利用して下さいよ!私だって、もう滅多に藤姫に会えなくて寂しいんですから。」
左近衛府大将となる前から、帝の懐刀として近い場所にいた友雅と違って、あかねは簡単に参内することは出来ない。
もちろん、帝はこれまでの事は全て周知の上であるから、友雅が一緒なら簡単に内裏へ上がることは出来る。でも、頻繁にとは行かない。
「大丈夫。粘って交渉してみるよ。良い返事を安心して待っておいで。」
なるほど。帝に友雅が直談判して、藤姫を連れ出せるよう頼み込むということか。
確かに、今も昔も彼が一番、帝の近くにいる存在だし、それは大将となった今でも変わらないだろう。
藤姫は東宮の世話役であるのだから、父である帝に相談するのが得策といえる。
いつまでこうしていられるか、分からないけれど、もう一度、こうして会える日が来るかどうか、そんな確実性もないけれど。
だからこそ、あのわずかな時間を共に生きた彼らと、再び会いたい。
この機会を、無駄にはしたくない。
天真は二人の話に耳を傾けながら、そんな風に感じていた。
「それじゃ、行ってくるよ。」
「はい。お仕事頑張って来て下さいね。」
-----------ん?
一瞬の沈黙が訪れて、こっそりそちらを覗いてみる。
-----------ぶほっ!!
あかねはこちらに背を向けているけれど、重なる影と唇が重なる音で、何をしていたかは分かる。
思わず咳き込みそうになったが、何とか堪えて再び姿を隠した。
しばらくして、外から牛車の動き出す音が聞こえてきた。
まだ朝早い時刻だが、友雅の仕事はなかなか忙しいようだ。
「いつもこんな時間か?あいつが出掛けるのって」
「え?う、うわっ…!天真くん!びっくりした…起きてたの?」
急に背後に現れた天真に、あかねは驚きの声を上げた。
「んー…なんか、目が冴えちゃってさ。庭でもふらっと散歩しようかと思って。」
「そうなの?丁度今は花が綺麗な時期だから、遠慮無くあちこち見て回ってね。」
昔は意外にシンプルだった庭も、今では四季折々の花が咲き誇る。
あかねが気に入った花の苗木を見つけては、友雅が持ち帰って来て植えた賜物。
造園みたいに整っているものは少ないけれど、自然のままに咲く花は美しい景色を創り出す。
「しっかし…おまえらってさ、どっから見ても純和風の生活してるわりには、ライフスタイルは外国並みだな」
「え?何、それ」
ようやく明るくなって来た廊下を、二人で歩いていると天真がそう切り出した。
「いってらっしゃいのちゅーなんて、ラブラブ新婚さんがやることだぜえ?もしかして、おかえりのちゅーとか、おはようのちゅーとか、おやすみのちゅーとかまでしてんじゃねえの?」
「きゃーっ!!何言い出すのっ!!」
とたんにあかねの顔が、真っ赤になる。
この慌て方は、どうやら図星だな、と天真はあかねを見てニヤニヤと笑った。
「しかもよぉー、朝から抱き合ってディープはやりすぎじゃねえか〜?外国人も真っ青だな。やー、変わらずラブラブで結構結構。」
「きゃーっきゃーっ!ダメっ!そんなとこ見ないで!天真くんのスケベ!」
「スケベって…おまえな。客がいる事くらい覚えとけ。壁に耳有り障子に目有りだぞ?…ってイテテ!!」
赤い顔をして、あかねは天真の背中をぽかぽかと殴る。
そんな彼女を笑いながら振り返って、顔を見合わせる。
昔と同じだ。学生時代も、からかっては怒って拗ねて、そんな風に繰り返していた日々だった。
変わるものは変わる。でも変わらないものは、あの日のまま変わらない。
今の二人のように。
「やだやだやだっ!もう早く庭行ってよっ!朝ご飯の用意ができるまで、向こうでのんびりしててっ!忙しいんだからっ!」
天真を庭の方へ押し出したあかねは、照れ隠しも手伝ってくるっと背を向けると、足早にその場を立ち去ろうとする。
「あ?おまえ…これから何すんだって?」
「何って…そりゃ、朝ご飯の用意に決まってるでしょ」
振り返ってそう答えたあかねの顔は、まだまだ赤みが取れないまま。
「おまえが毎日、メシの支度してんの?。こういうとこの奥さんって、侍女とかお手伝いさんみたいな人が用意するんじゃね?」
土御門家に住んでいた時も、食事の支度は侍女たちがすべて賄っていた。
貴族の屋敷には、お手伝いさんがいるもの。
そう思っていたが、ここ橘家は違うようだ。
「うちは、全部とは行かないけれど、手伝ってもらいながら毎日私が作ってるの」
「げ、マジ?」
「だって、そんなの私たちの世界じゃ、あたりまえだったじゃない」
「そうだよな…」
外へ出れば、平安絵巻が広がる京という世界。
だが、ここだけは現代と京の入り交じった、不思議に落ち着く空間が存在する。
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