白雲の果て、春の雪

 第3話(3)
「それに、君の娘だからね」
友雅はそう答えると、上から見下ろしていたあかねの手を引き寄せて、重なる彼女の身体を両腕で抱きしめた。
「さっき天真が言ってただろう。千歳は君に、よく似ているって。」
……あの時、言われた言葉がすぐに浮かんで、ちょっとだけ胸が熱くなる。

"一回りも離れた男に、惚れちまうっていう、そーいうトコだよ。母親のおまえによく似てんじゃん。"

そう、年齢もさることながら、価値観も生きる世界も違う人に恋をした。
二人が出会えるチャンスなんて、普通ならあり得ないはずだったのに。
……その人は今、こうして自分を抱きしめてくれている。
誰よりも、一番近い場所で。

「君の娘で、そして私の娘でもある。別世界の女性に恋した運命を持つ、私の血も受け継いでいるはずだ。」
頬にかかるあかねの髪を、両手でそっと背中に払い除けて。
何度も繰り返し、小さな唇にキスをして。身体をそっと両手で支えてくれている。
「いずれ結ばれる人に、どこで出会うかなんて…誰にも分からないものだよ。常識なんて通用しない。それは、私たちが身をもって理解している事だろう?。」
「……そう、ですね。」
あかねは笑って、友雅の胸に頬を寄せた。
耳を澄ますと、彼の心音が聞こえてくる。
血の通ったぬくもりも、髪に絡まる侍従の残り香も……あかねだけのもの。


「やっぱり、生きて行けないかも」
ぽつり、と小さな声でつぶやいたあかねの独り言を、友雅は聞き逃さなかった。
彼女の頬に添えた指先で、そっと撫でながらその瞳を見つめる。
「……物騒な言葉は、あまり言わないようにね。不安になって眠れなくなってしまうよ。」
「聞こえてました?ふふ…別に、そういう意味で言ったんじゃないんです」
あなたがここにいてくれなかったら、生きて行けない。
それだけ、あなたの存在がかけがえのないものであると、そばにいてくれるから感じられる。
その幸せに、少しのぼせて口走った一言に過ぎない。

この世界は、生まれ育った場所と何もかも違う。
父も母もいない。友達もいない。
友雅も含めて、5〜6年程度の付き合いが一番長い。
寂しいんじゃないだろうか、と他人は思うだろう。自由の利かない毎日の生活に、疲れてしまっているのではないか、と思う人も多いはず。
でも、ここに暮らして幸せだ。迷わずに、今はそう答えられる。
「大好きな人がたくさんいて、幸せだなあって思って。だから、そんな人たちがいなかったら、きっと生きて行けないなあって…そう思ったんですよ。」
甘えるように顔を友雅の胸に押し当てて、あかねは幸せそうに答えた。

「あかねが幸せだと感じるのなら、満足だ。私の幸せは、君の心次第だからね。」
細い身体を抱きとめながら、愛しさを指先にまで忍ばせてあかねを包む。
「私だって、君が幸せでなければ生きて行けないよ?」
「…不幸なわけ、ないじゃないですか。八葉のみんなは、今でも親しく付き合ってくれているし。祥穂さんや侍女の人達も優しくて親切だし、子どもたちだって元気に育ってくれてるし。」
そろそろ自我が芽生えて来て、あちこち飛び回って手がかかるのは事実。
特に千歳などは好奇心旺盛だから、目が離せない。
でも、それだけ元気が良いということは、健やかだという意味でもある。親にとって、それ以上の幸せはないだろう。

「それで…そこに私の存在はあるのかな?」
あかねの喉元に指を添えて、顎からゆっくり撫でながら彼は問いかけた。
「君の感じる幸せの中に、私の存在はどれくらいの価値を持っているのか、教えてもらいたいものだね」
「……今更?」
友雅の言葉に、くすっとあかねは笑った。
「もしかして今まで、分からなかったんですか?」
「こういうことは、何度聞いても良いものだからね。」
それもまた、幸せを感じるひとときだから-----とか何とか、上手いことを言って。
本当は、気付いているくせに。
この幸せを与えてくれたのは、誰のおかげなのか…あなただって分かっているはずなのに、わざと何度も尋ねたりするところが、ちょっとだけ意地悪だ。

「友雅さんは…別の意味で大切ですよ、一番」
「その意味っていうのは?」

どうしようかな。思い切って言っちゃおうかな。
でも…やっぱりちょっと、照れくさくて恥ずかしい。

身体を少しだけ起こして、自分から顔を近付けて…こつん、と彼の額とぶつけてから…気付かれるタイミングを避けるように、即座に唇を重ねた。
そんなアクションが精一杯。
見つめ合ってしまったら、それこそ照れてしまって何も出来なくなりそうだから。


と、そんなことを考えていたのも、ほんの束の間で。
あっという間に形勢は逆になっていて、いつもと変わりない二人に戻っている。
「一番…大好きな人ですよ、友雅さんは。」
腕の中で、あかねが答えた。
「"大好き"程度?こんなに長く一緒にいて、いつもそばにいるのに…まだ"大好き"より格上げにはなっていないのかい?」
「もー…そういう意味じゃないですってば。またそんな、子どもみたいなこと言っちゃうんですからー…」
もちろん、半分冗談めいて言っているに違いないのだけれど。
「だってね、私の気持ちは既に格上げしているのに、あかねの気持ちが格下というのはねえ…。正直、空しいね。」
何としてでも言わせようと、あれこれと策を練っては仕掛けて来る。甘い言葉で、こちらが捕われて逃げられないように罠を仕掛けて。
でも、たまにはこっちも少し意地悪な返し方をしなくちゃ。

「だったら、言葉にしなくちゃ分かってくれないんですか?私、そんなものがなくたって、友雅さんにはちゃんと本心が通じているって思ってるのにな」
一瞬の沈黙の間、しばし二人は見つめ合って…。
そして、ほぼ同時に笑い声が上がった。
「……敵わないな、本当に」
時々顔を覗かせる、そんな負けず嫌いな態度。駆け引きしようと仕掛けつつも、どこか隙があるのがあかねの良いところだ。
「じゃあ、良いように解釈してしまうからね?」
「良いですよ。平気ですもん。少なくとも、友雅さんの気持ち以下ではないって、自信有りますから。」
そう自信ありげに答えたあかねに、ぐっと顔を近付けた。

「分かった。それじゃ……言葉には言い表せない程、愛してくれているんだね?」
「………」
「身も心も、すべて捧げても足りないくらい、愛してくれているんだね?」
「………」
「この世にただ一人…ま、子どもたちは別として。誰よりも、私を愛してくれているんだね?」
「あんまり何度も言わないで下さいよ!恥ずかしくなるじゃないですかっ!」
夜も更けて、部屋の明かりもすっかり消えてしばらく経つ。
窓から薄く差し込む月明かりだけが、ぼんやりと照らす部屋の中であかねは顔を赤く染める。
「私は別に、確認するつもりで聞いただけだよ?君が、私より下の気持ちを抱いていないっていうから、私の最低限の気持ちを例に挙げただけだなんだけどね?」
「もう…っ!何でそう意地悪なんですかっ!?」
意地悪というか、悪ふざけばっかり。昔からの、彼の癖は未だに続行中。
時折わざと恥ずかしいくらいの言葉で、こちらが動揺するのを楽しんでからかってばかり。
でも………。

「怒った顔も可愛いから、それが見たくてね。」
フォローまで行き届いているから、それ以上怒ることができない。
あかねの指に、自分のを絡ませながら近付いた顔を重ねて、今までよりも強く身体を抱きしめる。

「それに、さっき言ったことには、嘘は一切ないからね。」
最後に、そう言ってくれるから……何も言えなくなる。


月が、夜空の真ん中へと移動していく。
朝日が顔を出すのは、もうしばらく時間が掛かりそうだから……それまではあの頃みたいに、彼の腕に抱かれて幸せな夢を見よう。



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Megumi,Ka

suga