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白雲の果て、春の雪
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| 第3話(2) |
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「本当に良いの?天真くんたち同じ部屋で」
「良いって良いって。別に住み着くわけじゃねえんだし、なあ?詩紋」
「うん。一人じゃ勿体ないよ、こんな広い部屋。」
天真たちにと用意された部屋は、おそらく12畳はある広さだ。
窓の外には白と紫の木蓮の花が咲いていて、そして、少し目を凝らすと月が映る池も望める。
「別に住み込んでも構わないよ?まだまだ部屋は有り余ってるんだから。」
あかねの後ろで彼女の肩を抱きながら、友雅が笑って言った。
「俺らにも色々あんの。これでも社会人一年生なんだぜ、俺。これからバリバリ稼ぐ気なんだからな。」
用意してくれた寝着に着替えた天真は、脱いだスーツを指差して自慢げに答えた。
バイトから始めて正社員になった天真の仕事先は、幅広いジャンルを扱っている運送会社だ。
肉体労働の引越作業から、商品のトラック輸送、そして小さいところでは書類などを会社に届ける、メッセンジャー業務。
天真は元から乗り回していたバイクが功を奏して、この仕事をメインに受け持って働いている。
「僕も、最後の大学生活だし…来年はパティシエ修行で向こうに行かないと。」
「そうだよね。夢が叶うんだもんね、詩紋くんすごいよね」
いつかパティシエとかになれたらいいな、と、互いの夢を話し合っていた放課後。彼はそのゴールへ、一歩ずつ歩み続けている。
「やっと…近付いたんだもん。ここまで来たんだから、頑張らなくちゃ。」
そう話す詩紋は、あの頃と同じように素直で可愛らしさも残っているけれど、前を向いて夢を見つめている瞳は強く輝いて、ほんの少しだけ眩しく思えた。
「私は…何になりたいって、あの頃言っていたんだっけかなぁ…」
なりたい職業は、何度も変わった。
ただ漠然とした憧れしかなかった子供時代の夢と、世間というものを知り始めていた思春期の頃の夢。
それら二つはあきらかに、輪郭の鮮明さが違う。
「お花屋さんになりたいとか、幼稚園の先生になりたいとか…美容師さんになりたいとかも思ってたかな。」
数え出したらきりがないくらい、いろんなことに憧れて。
夢は何でも、思えば叶うと信じて疑わなかった頃。
「考えたら…あれになりたい・これになりたいってばっかで、優柔不断丸出しじゃないのよ、私」
吹き出してしまうほど、無邪気な子供時代を思い出してあかねは笑った。
今となっては、本当になりたい夢なんて何だったのか、よく分からないくらいの遠い記憶に思える。
「ま、幼稚園の先生ってのは当たらずとも遠からずじゃねえの?」
天真が笑いながら後ろを指差す。振り返ると、戸の向こうから顔を出している、小さな子供たちの姿があった。
「あらら、どうしたの二人とも?」
さっき部屋まで寝かせに連れて行ったはずなのだが、いつのまにか二人揃って、こちらを覗き込んでいる。
「あの、ね…明日も、詩紋殿と天真殿はいらっしゃるの?」
「そうよ。それがどうしたの?」
あかねが言うと、千歳の背中を文紀がこつんと突いている。だが、いつもは元気な千歳が、何故かそれ以上は何も答えない。
彼女の様子に首をかしげていたあかねだが、隣にいる友雅は動揺することもなく娘を見て微笑んだ。
「大丈夫だよ。しばらくは、ゆっくりして行ってもらうから。だから、早く休みなさい。また明日、相手をしてもらうと良いよ。それくらいなら、二人とも引き受けてもらえるだろう?」
「あ、うん、良いですよ。そうだ、じゃあ何かお菓子作ってあげようか?」
京にいた頃にも、あれこれとアレンジを加えながら菓子づくりをしていた。
それは今も、良い意味で詩紋の創作アイデアのヒントになっている。
「千歳ちゃんも一緒に作ってみる?簡単に出来るから楽しいよ。お母さんと一緒にやってみようよ」
「…私にも、出来るのかしら?」
「大丈夫大丈夫。本当に簡単に出来るから。ちゃんと手伝ってあげるから、やってみましょ?」
母と詩紋に言われて、千歳は笑顔でこくんとうなづいた。
その後、あかねはもう一度子ども達を寝かしつけるために、彼らを連れて部屋を後にした。
夜が更けても、春の宵は決して肌寒くない。こうして、窓を少し開けていても気持ちが良いくらいだ。
「…女の子は小さいのに、すぐに大人びてしまうんだねえ。詩紋、どうかな、我が家の姫君は。」
「え?」
ふと、友雅が笑いながらつぶやいた。意味不明なことを言われた詩紋は、その言葉に戸惑いを見せたが、すぐに友雅が言葉を続けた。
「さっきも薄々感じてはいたのだけれど…千歳は、詩紋がお気に入りになってしまったようだよ」
「ええっ?ぼ、僕に!?」
「今まで見たこともないような、綺麗な姿にときめいてしまったのかな。隅に置けないねえ、詩紋も。」
一瞬のうちに、戸惑いが驚きに変化した。
お気に入りっていうのは…それはつまり…そういう意味?
「どうだい?親の私が言うのも何だけれど、なかなか将来有望だと思うよ?」
「そ、そんなあ…いくらなんでもっ!」
確かに、小さいけれどはきはきしていて、人懐っこいし可愛らしさも十分だ。
そんな彼女に好かれるのは、悪い気はしない。
あと十年くらい経てば…そりゃあ綺麗な姫君に成長しそうだけれど……でも、今はまだ五つの子どもに過ぎない。
「何?何?どうかしたの?」
やっと子供たちを寝かせ付けたあかねが、再び部屋に戻って来た。
自分が姿を消していた間に、どうやら盛り上がるような出来事があったようだが。
「うははは。おい、あかね…おまえのチビ姫、やっぱ親の遺伝をちゃんと受け継いでんなあ。」
「えっ?それどういう事よ、天真くん」
状況さえも分からないというのに、天真がいきなりそんなことを言ったので、更にあかねは立ち往生状態だ。
そんな彼女を見て、天真はニヤリと笑いながら、まず友雅を指差して、もう一度あかねを指差す。
「一回りも離れた男に、惚れちまうっていう、そーいうトコだよ。母親のおまえによく似てんじゃん。」
天真に言われて、思わず友雅を見るとばっちりと視線がぶつかった。
「成る程ね。じゃあ、母上の一番良いところが似たんだね、千歳は。」
「え、ちょっと話が見えないんだけど…どういうことっ?」
少しどきどきして頬が染まるあかねを、友雅は抱き寄せて腕の中に閉じ込めた。
「うそ!。千歳が詩紋くんのことを!?」
自分たちの寝所に戻って、ようやく二人きりになると、友雅はこれまでのいきさつをあかねに説明してくれた。
まさか自分の娘が、自分の友達にほのかな想いを抱くなんて、考えもしなかった。
「でも、まだ5つなのに…。本当に口だけじゃなくて、中身もおませなんだから…あの娘って」
あかねはそう言いながらも、顔はどことなく嬉しそうだ。
小さい頃の、ほのかな憧れ。その対象は、絵本の中に出てくる王子様だったり、テレビで見たアイドルだったり。
○○になりたい、と抱いていた夢のように、あどけなくて無邪気な想いは、子供でなくては感じられないもの。
初めて、誰かを意識する第一歩。それは、子供たちの成長の証でもあるから。
「もしかして、詩紋くんが初恋になっちゃうのかな…」
「別に私は構わないよ?詩紋なら、そこらにいる身分だけの公達よりも、ずっと信頼出来るしね」
床の上に横たわった友雅が言うと、隣のあかねが彼の顔を上から覗き込む。
「あ、友雅さんってばその気なんですか?そんなこと言ってると、本当に詩紋くんに取られちゃうかもしれませんよ?」
もちろん、そんなことはあり得ないことだろうけれど。
「詩紋くんは良いとしても、千歳はああいう性格だから…もしかしたら積極的に近付いちゃうかもですよ?」
いずれ彼らが現代へ戻ったとしても、ずっと詩紋のことを忘れられなくて。
何年も何年も、また会えると信じて疑わずに、あちこちからの良い話も蹴っ飛ばして見向きもしないで。
挙げ句の果てに、絶対に詩紋と再会してお嫁さんになるんだから!……なんて。
「そんなことを言い出したら、どうします?」
「うーん…それは否定出来ないのが、辛いところだな。」
二人は顔を見合わせて、笑い合った。
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