白雲の果て、春の雪

 第2話(2)
「ねえねえ、祥穂さん!簡単なもので良いから、ちょっとしたお食事の用意、出来ませんか?二人分なんですけど…」
厨房で侍女と話をしていた祥穂のところへ、急にあかねがやって来てそんなことを言い出した。
来客でもあったのだろうか?そんな話は聞いていないが、一体どうしたのだろう。
首を傾げている祥穂たちに、あかねは懐かしい名前を口にした。

「まあ、地の青龍と朱雀でいらした、天真殿と詩紋殿が再びこちらにいらっしゃるなんて…」
神子と八葉の役目を終えて、皆自分の元の場所へと戻って行った。
鷹通は治部省の勤めへ、泰明は師匠である晴明の片腕に…と。
そして、天真たちもまた、生まれ育った世界へ戻った。
唯一、神子であるあかねだけが、別の世界で生きることを決意して、ここにいる。

「不思議ですよね。もう会えないと思ってたのに…。」
でも、心のどこかではずっと、もう一度逢えたらいいのに、と思っていた。
ずっと長い間、瑞々しい時間を共に過ごして来た、大切な友達に。
そんな思いを神様は気付いていたのか。それともただ、悪戯心で時空を再び揺るがせたのか。
だけど、そんな理由なんて、どうでもいい。彼らは再び、あかねの目の前にいてくれる。

「どうしてこんなことになったか分かんないけど…せっかく逢えたんだもの。ゆっくりして行って貰いたいの。だから、何か用意できるもの、ありませんか?」
「承知致しました。少々お待ち下さいね。何か探してご用意致しましょう」
あかねの神子時代を知っている祥穂にとっては、天真たちの存在もまた懐かしい思い出のひとつである。

+++++

天真たちは、屋敷の中に案内された。
南庭を望む簀子の上には、侍女たちが用意した簡単な食事が揃えられている。
目の前には、伸びやかに泳ぐ魚の姿を透かす池。そして、暖かな日差しの中で、桜の花びらが舞い踊る。
優雅な風景というのは、こういうことを言うのだろう。博物館や美術館で見かける、平安絵巻そのものだ。
だが、非日常的ではあるけれど、一昔前はこんな生活環境の中で自分たちも暮らしていたのだ。
そう思うと、妙な気分もする。

さっき天真を連れて来た少女は、リズムを取るような軽い足取りで、迷わず友雅の隣に腰を下ろした。
そして、彼の衣の袖をぎゅっと握って,顔を見上げる。
「ねえ父様、こちらの方は、母様のお知り合いなの?藤姫様のお知り合いって、この方はおっしゃてたのだけど」
彼によく似た柔らかい髪の毛を、優しく撫でながら友雅が答える。
「そうだよ。こちらの二人はね、母様の古いご友人だ。そして、父様にとっては、以前大切な役目を担っていた時に、仲間だった方々だよ。」
「では、こちらの、美しい髪の色をされた方も?」
今度はあかねの隣にいる少年が、彼女の顔を見上げて尋ねる。
「うん、そうなの。二人とも母様が昔、向こうの世界にいたときの、一番のお友達なのよ。」
子ども達は二人そろって、きらきらとした大きな瞳をこちらに向ける。

よく見ると、確かに………。
少年の方は唇の形や顔つきなどが、全体的にあかねに似ている気がする。
少女の方は、緩やかなうねりのある髪も、どこととなく艶やかな眼差しも、あきらかに友雅に似ている。
それに、二人とも瞳の雰囲気が、あかねを思い出させるような。
………やはり、そうなると。

「こいつら、おまえらの…子供…って、マジ……?」
現状を突きつけられて、未だに困惑気味の天真が尋ねると、あかねは少しはにかむようにして答えた。
「う、うん…そう…なの」
「幸運にも、一度に愛らしい二人を授かってしまったものでね。」
友雅もまたそう答えて、自分によく似た少女を抱き上げた。
彼の腕の中で、幼い彼女は満足そうに笑顔を振りまいている。
「双子だったんだ……」
子どもたちを眺めながら、詩紋がつぶやくように言った。
どんな風に過ごしているんだろう、と気がかりだった彼女が、妻となり母となって、二人の子ども達と過ごしているなんて。

娘の耳元で、友雅が言う。
「さあ、二人とも…ちゃんと背筋を伸ばしてごらん。母様の大切なお友達がお越しなのだからね。まだ、ちゃんとご挨拶をしていないだろう。きちんと自己紹介してあげなさい。」
父からそう告げられると、二人は素直に立ち上がった。そして、天真たちの前に歩いて行き、その場で三つ指をついて腰を下ろす。

「私、橘家の一姫、千歳と申します。」
「私は、橘家の子息、文紀と申します。」
そして二人で声を合わせ、"どうぞよろしくお願い致します"と、深く頭を垂れた。
並んで座る千歳と文紀の姿は、まるで日本人形そのものだ。

「はい、よく出来たね。というわけで、この子たち共々、よろしく頼むよ。」
挨拶を済ませた子ども達を、自分の方へ戻した友雅は天真たちに言った。

すると、千歳が友雅の袖をくいっと引っ張って、こそこそと耳打ちしている。
一体何の話をしているんだろう?とあかねたちも首を傾げていると、しばらくして友雅が笑いながら千歳を抱きしめた。
「まったく、我が家の姫君は、見かけに寄らず一人前みたいだ」
「え?どうかしたの?千歳」
ちらちらと振り返っては、父に話しかけている千歳。それを笑いながら,友雅は聞いている。

「どうやら千歳は、詩紋のことが気になって仕方がないみたいだよ。」
「え、ええっ?僕がっ?僕が何か…」
いきなり自分の事を言われて、詩紋は驚きを隠せなかった。
もしかして、珍しくてじろじろ見ていたから、怖がられてしまったのだろうか。

と、そんな詩紋の心配は、まったく無用だったらしい。
「見たこともない綺麗な髪の色と、瞳の色が気になるんだそうだよ。どうだい、詩紋。この姫君と、しばらく付き合ってくれないか?」
友雅の腕の中にいる千歳が、漆黒の艶やかな瞳で詩紋を見ている。
「え、そりゃ…全然構わないですけど」
すると千歳は、友雅の膝の上から飛び降りると、迷わず今度は詩紋のところへと歩いて行った。
そして、彼の前に辿り着くと、その小さな手を思い切り延ばして、柔らかな金の巻き毛に触れようとした。
「こら!千歳!詩紋くんに失礼でしょう!」
思わずあかねが小言を言ったが、詩紋は笑いながら彼女を抱き上げた。
「いいよ、あかねちゃん、気にしないで。別に、悪気があるわけじゃないんだから、ね?」
詩紋が笑って応えると、千歳もまた明るい表情でこちらを見た。

「詩紋殿の髪、黄金色でとっても綺麗なの。触ってみるとふわふわなの。どうしてそんなに綺麗なの?」
「僕も…光に透けると,本当にきらきらしてて綺麗で…不思議だなあって…」
「えー…それは、何て説明すればいいのかなぁ…」
くっついて離れない千歳と、あかねのそばで興味深げに眺めながら、文紀もまた尋ねてくる。
素直な彼らの言葉に照れながら、分かりやすく説明するにはどうしたらいいのか…と真面目に詩紋は考えてみる。

しかし、元気いっぱいの子ども達のパワーは、休む暇さえも与えてはくれない。
間髪入れずに、またすぐに千歳の目がきらきらと輝く。
「ねえねえ、それに詩紋殿の目の色、お空の色みたいに綺麗。詩紋殿は、綺麗なものばかり持ってらっしゃるのね。羨ましいわ。」
「あ…ありがと…」
すっかり、千歳のペースに押されっぱなしだ。

「ははは。詩紋、おまえ、完全にチビどもに遊ばれてやんの」
笑いながら言う天真の方を見て、それに続いて友雅やあかねたちの顔を見た。
そこにはあの頃と同じ光景が、少しだけ脚色を加えて再現されている。

笑顔と、笑い声と、甘い花の香り。
輪郭を失いかけていた、おぼろげな世界が、春の景色とともによみがえる。



***********

Megumi,Ka

suga