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白雲の果て、春の雪
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| 第2話(1) |
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「ねえ、友雅さん……」
「ん?」
昼下がりに、こうして屋敷でのんびりと横になれるのは、久しぶりだと思う。
春の陽気のおかげで、庭にある数本の桜は見事に咲き誇っている。
以前は殺風景だったこの庭も、彼女の意向がどんどん取り入れられ、今では結構自慢できるほどの庭が望める。
たまにしかやってこない来客達も、これまでの景色を知っている者たちは、その変化に驚く程だ。
それだけ、彼女の存在がこの屋敷に根付いたということだろう。
彼女と結ばれて、瞬く間に年月が流れた。
-----そして、ふたりの子ども達は5つになる。
「うたた寝するには格好の時間だね。横になっているだけでも、自然に睡魔に教われてしまうよ。」
「まあ、それは構わないんですけど…………」
あかねが少しだけ、顔を動かす。
「この体勢、いつまで続けるんですか〜…?」
呆れたように、彼女が言った。
「どうして?こうしているのは嫌かい?」
「嫌っていうかー……」
この光景を、子ども達が見たらどう思うだろうか。
父と母が二人で簀子の上で横になって、春の日差しの暖かさを楽しんでいる。
そして、父は背後から母の身体を包むように抱きしめる。
時折、彼女の頬を唇で触れたりして、くすぐらせては楽しんで戯れる両親の姿を、子ども達の目にはどう移るのだろうか。
「どうするんですか?千歳たちが来たら。」
「そのときは、もちろん……」
-----------"情操教育だ"。
二人同時に、同じ言葉を言う。
「そういうつもりでしょ、いつも通りに」
「よく分かったね。じゃあ、遠慮なくこのままのんびりしていようじゃないか」
とか言いながら、それだけじゃ済まないくせに…なんて。
そんな事も言ってみようと思ったけれど、本心の中に抗うものがないから、すり寄るぬくもりをはね除ける術がない。
「もー、くすぐったいですってばー」
「ふふ…春の香りに惑わされてしまったのかもしれないな。目の前の花が愛しくて仕方がないよ。」
指先があかねの顎をなぞり、淡い紅で染めた唇を奪う。
華奢な彼女の手が背中に回って、二人は抱きしめ合ったまま、舞い踊る桜の花びらを背負う。
はあ…と、少し呆れ気味な溜息がこぼれた。
幼い少女は、橘の木の手前で立ち止まって、くつろいでいる両親たちの光景を遠目で見ている。
「まったくもう…困ったものですわね。いつもあのような調子なのよ、うちの母様と父様って。」
彼女は特に恥じらう様子もなく、そんな両親の姿を見ながら答えた。
その後ろで、呆然と身動きひとつ出来ないまま、天真はその場で硬直している。
「祥穂たちは、仲が宜しいのだから結構でしょうって言うのだけれど、いつもあの調子だから、お部屋に立ち入る機会を計るのも大変なのよ。あんな風に、お二人で仲睦まじくされている時に、急に顔を出したらお邪魔でしょう?夫婦とはいえ、男女の関係はそのようなものだから、って。」
はっきり言って、5つの少女が言う様な台詞ではないが、天真にはそんな声も全く耳に入って来ていなかった。
視線の先で、じゃれあっている男女の姿に気を取られてしまって。
「あれ、おまえ…の、親……?」
天真がぽつりと言うと、少女はあどけない顔を上げて,こちらを見た。
「そうですわよ。父様は左近衛府の大将ですの。母様は、昔龍神の神子というお役目で、異空からいらしたのですって。」
「じゃ…おまえの母様の名前って……」
------------場面転換。
こちらは、天真と逆方向の庭先である。
澄んだ水を豊かにたたえた、広い池のくぼみの前で、立ち止まっている少年の背後で詩紋は声を失っていた。
「あ、あの…申し訳ございません…。今、両親は取り込み中のようで…。もう少々お待ち頂けませんか」
ぽっと頬を愛らしく染めて少年は振り返ると、慌てて橘の木々に隠れるように姿を消した。
だが詩紋は…ここから見える、彼の両親たちの姿を凝視したまま動けないでいる。
「すみません、その…しばらくお庭でもご案内致しましょうか?桜だけではなく、そろそろ山吹も少しずつ咲いて来ていますし、西の対近くには木蓮も咲いていて、とても綺麗ですよ。」
何とかして詩紋の気を逸らそうと、少年は少し慌てながら庭の様子を伺いつつ,彼を誘った。
自分たちが生まれる前…母が嫁いで来た頃に、あちこちから持ち寄って植え付けた木々たちは、春になると一斉に花を咲かせて庭を華やかに彩り始める。
桜、山吹、梅、桃…そして、父が好きだと言うので植えた二色の木蓮の花。
それらは、両親の寝所である西の対の近くで花を咲かせる。
「あ、あの…今日は暖かいですよねっ。よ、よろしかったら何か、中で冷たいものでも…」
乾いた笑いを浮かべながら、少年は詩紋をこちらへ連れ出そうと手を掴んだが、その場に立ち尽くしている詩紋が、向こう側を指差して言った。
「…あの人たち……が、きみの…御両親なの……?」
尋ねられた少年は、戸惑いながらも問いに答えようとする。
「は、はい…そうです。父は左近衛府大将です。母は…ちょっと特殊な生い立ちを持っておりまして…」
「特殊…な生い立ちって…もしかして、龍神…に関わること?」
「えっ…そ、そうです……が、何故あなたがそれをご存知で……?」
見ず知らずの人間から、龍神という言葉が出て来るなんて思わなかった少年は、驚きを隠せずに詩紋を見る。
そう、母は龍神に、神子として選ばれて異空からやって来た。
京で生まれ育った人ではない。時間のひずみの向こうで生まれた、特異な出生を持つ人だ。
しかし、そんなことを知っているのは、この京でも限られた人のみ。
なのに何故、この金色の髪の男性がそれを知っているのか、不思議でならない。
少年の戸惑いにも気付かず、詩紋は口を開く。
「……ということは、きみのお母さんの名前って………」
『元宮あかねと申します』
場所は違うが、それはほぼ同時に少年と少女が答えた言葉だった。
「えええええええええええええええっ!!!!!」
その瞬間、大声が庭中に響き渡った。いや、庭中というよりも、屋敷中と言った方が良いかもしれない。
思わずその場に立ち上がって、驚いている二人は、同時に絶叫にも似た驚愕の声を上げた。
彼らのそばにいた少年たちもまた、彼らのリアクションに驚いたのは当然であるが、その光景を見てもう一人、信じられないような顔をして立ち尽くしている者がいた。
それは--------屋敷の奥方。
「……て、天真くん……?と…えっ…し、詩紋…く…ん?」
彼らを指差した、長くしなやかな髪の女性。その声と面影は、天真たちの中に刻まれている、あの頃の彼女と相違ない。
「う、嘘でしょう…!?ど、どうして二人が…っ!?」
突然目の前に繰り広げられた展開が、とても信じられないという驚きの表情をしながら、輝かせるその瞳の色……。
間違いない。彼女こそ、唯一人で京に残ることを決めた、彼女だ。
その後ろから、すっと立ち上がって彼女の身体を抱きすくめる男が現れる。
今の今まで、彼女を手放さなかった男だ。
すらりと伸びた長身と、渓流の流れに似た緩いうねりを帯びた長い髪。
一目見たら忘れられない様な、妙に艶やかな眼差しと物腰。
「……驚いたな…。まさか、再び君たちに会える時が来るとは…」
さすがにこの現状に、あの友雅さえも驚きを隠せないでいた。
「お、おまえらぁぁぁっ!!!!」
天真は堰を切ったように、母屋に向かって飛び出した。そして、別の方向で詩紋もまた、足早に同じ方向へと走り出す。
彼らが目の前にやって来たとたん、あかねの表情が笑顔に変わる。
「信じられないっ!また二人に会えるなんて!」
瞳の奥を潤ませて、こぼれるような笑顔で彼女は天真たちにしがみついた。
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