白雲の果て、春の雪

 第1話(3)
「ねえ、どちらの方?変わったお召し物を着てらっしゃるけれど……」
日本人形みたいな少女は、もう一度天真に問いかけた。そして、彼の着ているグレーのスーツを指差す。
この時代には、見たこともない格好だろう。
珍しいものを発見したように、興味津々の表情でこちらを見ている。

「……どちらって…そのー…なんて言うか。た、ただ怪しいもんじゃねえって!ちょっと道に迷っちまって…」
妙に物怖じしない彼女の様子に、こちらの方がどきどきして取り乱してしまう。
取り敢えず、何とかごまかして怪しまれないように言い聞かせないと。
下手なことをして、表に連れ出されたらとんでもないことになりそうだ。

しかし、意外に少女は素直に天真の話を受け取った。
「まあ、それはお気の毒ですこと。お住まいはどの辺りですの?私が案内して差し上げましょうか?」
「い、いや良い!おまえみたいなちっちゃい奴じゃ、道なんて分かんないだろ?」
「ま!見た目で決めつけるなんて、失礼ですわよ!これでも私、祥穂たちと共に、お外へお出かけに連れて行って頂く事も多いのよ!。父様がおつとめになられている内裏までの道だって、もうちゃんと覚えているんだから!」
少し機嫌を損ねてしまったようだ。
幼いくせに、子供扱いされるのは嫌うのは…どの時代でも同じ。少女特有の感覚なのだろうか。
そういえば妹の蘭も、子供扱いするといつも拗ねてたりしたけれど…。
やれやれ、こんな子供も同様か。

それにしても…随分と口の達者な少女だ。年の頃は…5才か、そこらだろうか。
改めて考えてみれば、見ず知らずの男が奇妙な格好で現れたというのに、物怖じなど全くしないし、言葉も迷うことなくはきはきと喋る。
藤姫に初めて逢った時も、10歳の彼女の気丈さに驚いたものだが、この少女はまた違ったインパクトがある。
だからと言って、貴族の令嬢みたいな格式高い雰囲気があるわけでもなく…不思議な感じの、どこか馴染みやすい雰囲気を持っている様な。

「さあ、おっしゃって!あなたのお住まいはどちら?」
天真は少女の問いつめに根負けして、今さっき思い付いた家の名前を告げることにした。
「…つ、土御門家」
これくらいしか、思い当たる場所はない。

すると少女は、驚いたように大きな瞳を見開いて、さらにぐぐっと天真に顔を近付けてきた。
「土御門家?それは藤姫様のお屋敷でございますわね!?あなた、もしかして藤姫様のお知り合い!?」
「あー…まあ、ちょっと昔な…」
それを聞いた彼女は、きらきらと瞳を輝かせて明るく微笑んでみせた。
「生憎と私は藤姫様のお屋敷には、数度しか伺った事がございませんので、道順を覚えておりませんの。でも、父様か母様でしたらきっとご存知のはずよ。さあ、こちらにいらして!」
突然彼女は立ち上がると、ぐいっと天真の手を思い切り引っ張った。

「ど、どこに行くんだよ!」
「母様方のところよ。丁度、父様も今日はお休みでお帰りになられているの。お尋ねになってみると良いわ!」
「ちょ、ちょっと待てっ!おいっ!」
小さな手ながら、妙に力の勢いは強くて、どうも振りほどくことが出来なかった。

仕方が無いが…まあこの少女の両親がどんな相手であろうと、土御門家の名前を知っているのなら問題はないだろう。
…取り敢えず、このガキの親に挨拶しとくか。
天真は腹をくくって、重い腰を上げた。

あれから数年が過ぎて、藤姫達もどうしていることやら。
だが、土御門家に行けばきっと、誰かしら八葉の一人には辿り着けそうだ。
頼久は…どうしているだろう。もう、自分のことなど忘れてしまったか…?いや、あの頼久であるから、きっと少しくらいは覚えてくれているはず…と思いたい。
イノリや鷹通や、泰明などはどうしているか…。
永泉はまだ、仁和寺にいるだろうか。
そして……友雅は……あかねと一緒にいるだろうか。

緑色の葉に包まれた庭。天真は少女の後を着いて、ゆっくりと歩き出した。

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ああ、なんて気持ちが良いんだろう……。
春の陽気は、身体が自然に暖まっていくみたいだ。頬をくすぐる、柔らかい風の感触も良い。
舞い落ちる春の雪は、冷たくなくて、ほんのり甘い。
目を開けると、一面の桜色。
それは、数日しか味わえない、至福の光景だ。

こうして芝生に寝転がって、桜日和を楽しむなんて何年振りだろう。
昔、まだ中学生だった頃、先輩の天真やあかねと一緒に放課後を過ごしていたとき以来。

あの頃は楽しかったな………。
漠然と、詩紋はそんな風に思いながら、日だまりに身体を預けていた。

「……あなたは…どなたですか?」
急に間近で声がして、詩紋は我に返って目を開けた。
そこにいたのは…まだ年端も行かない幼い少年だった。
だが、その出で立ちは…洋服ではなくて、和装。しかも、着物とかではなくて、明らかに平安時代の水干のような装束。
辺りを見渡すと、近くには花びらの舞い散る満開の桜の木。すぐそこには、魚が泳ぐ広々とした庭。

……もしかして!もしかして……ここって…!
願いが叶った!?もう一度、二人に会いたい。もし叶うなら、再び京へ……と祈った想いが、龍神に届いた!?
キョロキョロしながら、落ち着かない詩紋の様子を少年はじっと見ている。
慌てて詩紋は、姿勢を正して彼に向き合った。
「あ、僕はその…あ、怪しい人間じゃないんです!こんな身なりをしてるけど、お、鬼とかそういうのじゃないし…」
京である確信はないけれど、もしもそうならば…またこの風貌で鬼に間違われたら大変なことになる。
せっかくやって来た京で、彼らに会えなかったら悔やみきれない。

だが、少年は詩紋の姿に驚くこともなく、落ち着いてこちらを見ていた。
「鬼…のようには見えません。ただ、とても美しい髪の色をされているので…驚いてしまって。」
風に揺れるふわふわとした金色の巻き毛。詩紋のそれは、まるで蒲公英の綿毛のように軽やかで、そして太陽の光を吸い込んだように明るい。
「あ、どうもありがとう…」
穏やかな口調で話す少年に、そんなことを言われて少し照れくさかった。

「どちらからいらしたんですか?この近辺の方ではありませんよね?」
「う…うん、そう。ちょっと、道に迷っちゃったみたいで、こんなところに潜り込んでしまって…あの、本当にごめんなさい」
「いえ、お気になさらないで下さい。きちんと説明して頂いて、ありがとうございます。」
いくつくらいの少年だろう?4〜5才くらいだろうか。
とても瞳が綺麗な子供だ。
男の子であればもっと元気な気がするが、しっかりしていて大人びた感じがする。
それでいて、目の前のものに取り乱す事無く、子供ながらに冷静だ。そのせいで、こちらとしても話しやすい。
仕立ての良さそうな衣を見た限り、それなりの階級の家の子だろうと思う。

「ところで、道に迷われてしまったということですが、どちらに向かう予定だったのですか?」
「えーと………」
その場を何とかごまかそうとして、咄嗟に言ったのだが…この世界に知り合いなんているわけが…と思ったら、思い当たるところがあった。
「あ、そうだ、あのー…つ、土御門家って言うんだけれど」
「土御門家?もしや、貴方様は土御門の藤姫様のお知り合いですか?」
「あ、うん…ちょっと昔…」
さすがに左大臣家の名前を出せば、少しは顔色が変わったようだ。

「それならば丁度良い機会です。父上がお戻りになられておりますから、近くまでご案内して頂くと良いかと。」
「い、いや、迷惑だからそんなことは…!」
この少年なら問題なさそうだが、他の人間に逢ったら誤解をはね除けられる自信が…あるかどうか。
だからと言って、天真の姿は近くにはなさそうだし。
そもそも、天真もこの世界に一緒にやって来たのか…?というのも分からない。

詩紋が戸惑っていると、少年は柔らかく微笑んで詩紋を見た。
その暖かなまなざしに、どきんとする。
「迷惑など、とんでもありません。困っておられる方に手を差し伸べるのは、人間として当然であることと、母上から教えられました。私からも父にお願いしてみましょう。さあ、どうぞこちらに。」
小さい手のひらが、詩紋の目の前に差し出された。

……こんな状況に動じないなんて、何てしっかりした子なんだろう。
彼くらいの年の自分なら、すぐに泣いて逃げ回って隠れて…そんなことばかりだったのに。

……育ちが違うのかなあ。きっと、良い家柄の子なんだろうな。
あれこれ思いながら、詩紋は彼のあとを着いて行く事にした。

そんな少年の衣の裾から、懐かしい香りが漂っていた。
昔、こんな香りが立ち籠めていたはず。
あれは何の香りだった……?
思い出せないけれど、ひどく懐かしい。





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Megumi,Ka

suga