春から秋へのおくりもの

 003
「この子たちがね、是非君の誕生日を祝ってあげたいと言って、いろいろ用意をしていたんだよ」
たまに家族で外食する際、必ず頼久が場所を用意してくれる。
その日の好みにあった店を選び、予約やコースも全て整えてくれて、橘家の支配人と言っても良いほど世話になっている一人だ。
また、自宅で祝い事や来客のもてなしが必要な際も、管理しているレストランから手配をして勧めてくれる。
彼がチョイスする食材やメニューも素晴らしく、大人だけでなく子どもたちも楽しめるものを必ず揃えてくれるのだ。

「だから、今日は頼久殿が御馳走される側よ!」
「は、私が…ですか?」
千歳と文紀に挟まれて、照れくさそうに戸惑う頼久に、友雅が声を掛けた。
「仕事が終わったら、また我が家においで。君の誕生日を祝うディナーを、用意して待っているから」
「そ、そんな、私などの誕生日をご自宅で祝うなど…!」
頼久にとって友雅は、あくまでも雇って貰っている立場。
その彼の自宅で誕生日の祝いをだなんて、とんでもない身の程知らずだ。

「私っ、頼久殿のためにお料理習いましたのよ?」
腕の間から顔を覗かせ、千歳が頼久を見る。
料理と言っても簡単なオードブルで、彼のレストランで出されるような立派なものではない。
あかねが小さい頃に、父の酒の肴にと作っていたもののアレンジだ。
「それに、頼久殿にケーキのろうそくの火を、ふーって消して頂きたいのっ」
誕生日といえば、キャンドルを灯したケーキ。
願い事をしながら主賓に消して貰う、それがおきまりだ。
「ねえ頼久殿、だから今夜も立ち寄って頂きたいのっ!」
「実は他にも何人か、声を掛けているんだよ。さぞかし今夜は、賑やかな宴になると思うよ?」

何ということだろう。
自分の誕生日くらいは覚えていたが、既に祝うような年齢でもないし…と、普通にスルーするつもりだったのに、こんな展開が待っているとは。
雇ってもらっている主に、直々にその日を祝われ。
更に彼らの子どもたちから、愛らしい誘いまでされては…胸がいっぱいでとても断れない。
「それとも…誰か一緒に誕生日を祝う人がいるのかい?」
「ええっ!頼久さん、本当ですか!?」
ふいに口にした友雅の言葉に、隣でまゆきを抱いていたあかねが身を乗り出す。
「ご、誤解です!私にはまだそういう相手は……」
そんな味気ない返事が返ってくると、つまらなそうに彼女は溜息をついた。
仕事の虫である頼久だから、恋愛に関してもさぞかしストイックで潔癖なんだろう、と友雅は苦笑する。
恋に落ちるのは、こんなにも幸せが溢れているものなのだがねえ……。
なんて、最愛の妻と愛しい子どもたちを見て、友雅は思った。

「じゃあ、来ていただけますわね?」
「は、はあ…お邪魔でなければ、帰りにまた…」
「お邪魔なんて!主賓は頼久さんなんですから、逆にいてくれないと困ります」
まだ朝も早いというのに、子どもたちの声が響く賑やかな室内。
最近は明け方冷え込むことが多くなったが、ここだけはいつも春の暖かなひだまりが集まっている。
生まれたばかりの小さなまゆきでさえ、その存在は春そのものだ。

「源様、ご朝食がお済みでなければ、ご一緒にいかがです?」
使用人の女性が、部屋の外から声を掛けた。
朝早く訪問するということで、普段より一時間早めに朝食を摂ってきた。
とは言え、毎日トーストにサラダとコーヒーという、あっさりしたものであるが。
「今日はレストランの方で予約が多いので、少し早く準備が必要になりますから…私はこのまま出勤致します」
「そうなの?残念ですわ。今度は朝ご飯を食べにいらしてね?」
まさか朝食を食べに、ここにやって来るわけにもいかない。
だが、あどけない顔で千歳にそう言われては、自然に笑顔で応えてしまう。



頼久が入口へ向かうと、家族全員で見送りにやって来た。
「では、また今夜お邪魔させていただきます」
「ああ。とびきりの料理を用意して、君を待っているから早めにおいで」
「待ってますわねっ!」
笑顔でうなづき、頼久は玄関を出ていこうとした。

「あーーう」
急にまゆきの声がして、頼久は立ち止まり振り返った。
あかねの腕に抱かれている彼女は、小さな手をいっぱいに広げて、ぱたぱたと振っている。
「ばいばい、って言っているのかもですね」
すると千歳が思いっきり背伸びして、まゆきの顔を覗き込む。
「まゆき、ばいばいじゃないのよ。またいらしてね、って頼久殿に言って差し上げるのよ?」
そう言ったところで、彼女が理解出来るわけもないし、返事があるわけでもない。
ただし、姉である千歳の言葉は、きっと小さなまゆきにも通じているだろう。
言葉などなくとも、心は確かに通じ合えるものなのだと、ここにいる彼らがそれを証明している。

外へ出ると、ひんやりした朝の空気。
目が覚めるような冷え込みに、今までのことは夢ではなかったか…と疑いたくもなった。
だが、振り返ってみればそこに、手を振り続ける子どもたちと、見守る友雅たちのの姿がある。
それを見ては春を思い出し、暖かさが甦る。


枯葉が舞い落ちても、吐く息が白く変わっても、彼らの周りにはいつも春がある。






-----THE END-----




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2010.10.10

Megumi,Ka

suga