年を重ねて

 004
「しかもそれらが、筋の通った意味を持つ。故に良い結果を得られる、素晴らしいものですな」
貴族の生活はやや保守的だから、新しい習慣を取り入れにくいので変化は微量だ。
だが、町の者たちはそうではない。良いものがあれば吸収し、それが広がり始め、文化は好転する。

"市井の者たちが笑顔でなければならぬよ。まずは、それからだ”
口癖のように言う、帝の言葉。
その想い描いていた理想郷に、この京は一歩ずつ近付いている。
鴨川沿いや荘園の道を歩いてみれば、明らかだ。
「奥方様が殿方であったなら、才を見込まれて朝廷に上がられたことでしょうな」
「こらこら。彼女が男だったら、私が妻として娶られないだろう。縁起でもない例えは勘弁してもらいたいね」
「確かに確かに」
「お二人が結ばれなくては、愛らしい御子方の顔を拝めませんからな」
外は寒々としているのに、詰所の中は暖かい。
炎という物質的なものだけではなく、彼らの話題になると笑い声が響き、それだけで雰囲気も体感温度も変わる。

『そなたの子らがいる限り、京は安寧だ』

不思議な声が、友雅の耳に聞こえた。
いや、聞こえたというよりも、響いたという表現の方が正しい。
現に周囲の者は無反応だし、気付いている者もいない----------泰明と永泉以外は。
声の主は湯をすすりつつ、白い顎髭を指で弄んでいる。
『龍神の寵愛を受けた神子から生まれし者。彼らもまた、神子であるのだよ』
特別な者にしか聞こえない声で、晴明はそう言った。
この京は龍神に護られている。
神子となったあかねはこの京で生きながら、その存在は龍神の代役と同じ役割を担っている。
龍神の加護と、四神白虎の加護を受けて生まれた子らは、ふたつの神の恩恵を受けながら生きているのだ。
『そういうわけで、彼らがこうして幸せに生きている。京はもう、何の心配もいらぬよ』

「…なるほどね」
「どうかなさいましたか、大将殿」
ぽつりとつぶやいた友雅に近衛たちが反応したが、彼はただ静かに微笑む。
そうか、彼女がここに降り立ったそのことが、この世界にとって吉兆だったのか。
京に生きている自分が、彼女をこれほどに愛おしく受け入れたのも、当然のことだったのか…。
彼女に出会ったこと、それが自分にとっての吉兆のはじまり。
愛すること、愛されることの本質を知り、子が生まれて更にまた別の愛を知る。
そして彼らがそばにいてくれることで、自分は幸せを感じ、この世界は穏やかに過ぎて行く。
「私も分かるような気がします」
隣に座っていた永泉が、友雅のつぶやきに続いた。
「千歳様や文紀様…そしてまゆき様、皆様のお顔を見るだけで、どこか幸せな気持ちになります」
無邪気に、素直に笑いかける子どもたち。
元気にはしゃぐその姿や、母譲りの身分を気にしない心の広さ。
皇位継承の争いに巻き込まれ、自由に言葉も発せなかった経験を持つ永泉にとっては、あかねや千歳たちが羨ましくも眩しかった。
親王宣下を受け、呪縛のような日常から解き放たれた今でも、彼らを見ていると憧れに似た優しい気持ちが浮かんで来る。

「確かに、良い子らだ」
「泰明殿…!」
表情はまったくいつもと変わらないが、彼が他人の言葉に無条件で賛同するなんて滅多にない。
まあ、発言主が玄武の対である永泉だから、かもしれないが。
「二人ともかしこい。文紀は文武共に長けている。千歳も女児ながら良い才を持っている。向上心もある」
まゆきは-----
「まだ幼いが、あの二人の妹ならかしこく育つだろう。神子に相応しい子らだ」
「ふふ、泰明殿にそこまで誉めてもらえるとは、親冥利に尽きるねえ」
自分の子どもたちが、他人に対して幸せを与えることが出来ると言われても、半信半疑なところはある。
だが、本当にそうならばそれで良い。
持たせてくれたこの料理のように、少しだけ皆に幸せをお裾分けしよう。


「おお」
近衛たちが一斉に、声を潜めた。
遠くから梵鐘の音が響いた。普段はこんな夜遅くには鳴らすことはないが、今日だけは特別だ。
「新しい年が明けたようだね」
ほんのわずかで、一年が変わった。数秒前は、既に過去のこと。また、新しい一年が幕を開けた。
詰所の戸を開けてみると、粉雪が夜風に乗って舞い踊っている。
「今年も良いことがあるといいね」
「間違いありませんとも。縁起の良いものを頂きましたし!」
「そうだね。きっと今年も良いことがあるに違いないね」

今頃、皆はどうしているだろう。
さすがにもう、眠ってしまったかな。晦日は慌ただしかったからね。
ゆっくりと休んで、始まったばかりの新年に備えて力を蓄えておきなさい。
今年は昨年よりもたくさん、君らには良いことが待っているだろうから。


+++++


「ねえ、母様。おせち美味しく食べてもらえたかしら」
あかねの隣に寝ていた千歳が、袿にもぐったまま尋ねて来た。
「大丈夫よ。千歳たちが一生懸命作ったんだもの、父様は絶対美味しいって食べてくれてるわよ」
「そう?なら良いのだけど」
鐘の音が響いたというのに、目を閉じてもなかなか眠りに着けない。
久しぶりに母と一緒に寝るからか、子どもたちがおしゃべりをしたがる。
ぐっすりと眠っているのは、まゆきだけだ。
「お仕事終えて父様がお帰りになったら、卵焼き食べてもらわなきゃ」
伊達巻きの代わりに作った厚焼き玉子。何度か失敗して、結局時間切れでおせちの重箱に入れられなかったけれど、その後千歳がやっと一人で焼けるようになった。
その他にも、食べてもらいたいものはたくさん。見せたいものも、たくさん。
聞いて欲しいことも、話したいこともたくさんある。
殆ど毎日顔を合わせていても、尽きることはない。

「とにかく、今夜はもう寝なさい。明日はご年始の挨拶に来られる、お客様もいるかもしれないし」
おせちを届けた先の頼久や鷹通が、礼を兼ねて顔見せに来るかもしれない。
ああ、イノリも遊びに来てくれるかもしれない。お正月だし、普段から子どもたちの遊び相手になってくれるし。
お客様用に、お料理ともてなしも用意しなきゃね…。
新年が来ても、やっぱり色々忙しい。
でも、そんな慌ただしさも楽しかったりするから、まあいいよね。

「母様、あけましておめでとうございます」
「ん…おめでとう。今年も良い一年にしましょうね」
「いーっぱい良いことがありますように、ですわね!」

去年よりも、昨日よりも、良いことが増えて行きますように。
みんなが幸せでありますように。
大好きな人たちに、良いことが訪れますように。
-----大好きな人たちと、そう祈ってる。





-----THE END-----




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Megumi,Ka

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