「さて、今日の本題と行こうか、友雅。そなた達の愛し子を、私にも愛でさせてもらえるかな?」
帝は、友雅とあかねの腕に抱えられている、小さな子供たちに目をやりながら、興味深げに身を乗り出した。
「では…。さ、千歳、ちゃんと座ってごらん。ほら、文紀も一緒にね。」
友雅に促されて、あかねははっと気付いて文紀を地に座らせてみた。
まだいささか足腰がおぼつかないが、それでも両手をついて何とか座っていられるようだ。
「まあ、なんて愛らしいお子様…。瞳の艶やかなこと、吸い込まれてしまいそうですわね」
尚侍が千歳に手を伸ばすと、小さな指先でしっかりと握る。
「ああ、これは友雅殿も手放せないのは当然ですわね。私とて、抱きしめて差し上げたくなりますもの」
「こんなに愛らしいなら、先が楽しみなことだね。さぞ、美しい姫君になるのではないかな?」
すっかり尚侍は、千歳が気に入ってしまったようだ。
もともと元気で人見知りをしない性格らしく、目に止まったものを掴みたくなる性分らしい。
「千歳、あまり尚侍を困らせるのではないよ」
「とんでもありませんわ、友雅殿。私の方が、千歳殿に遊んで頂きたいくらいですわよ」
好奇心が旺盛というのも、娘としては少々心配ではあるかな、と思いつつ、友雅はあかねを見た。
”こういうところは、母親似かもしれない”と、思う。
彼女もこの世界にやってきた頃は、あれこれ珍しいものに目移りしていたくらいだから。
「あっ!文紀!」
尚侍が千歳に気を取られていたので気付かなかったが、あかねの声に振り返ってみると、あろうことか文紀が這いながら、帝の膝の方へと勝手に進んで行く。
「だ、だめ!文紀!主上にご無礼はだめっ!」
慌ててあかねが文紀を止めようとし、友雅も横から手を出して抱き上げようとしたのだが、逆にそれは帝の手によって拒まれてしまった。
「いや、構わぬよ。せっかくこんな可愛らしい若君が来てくれたのだから、私もお相手して差し上げないとね。」
そう言って帝は、自ら文紀の身体をその手に抱き上げた。
我が子を帝に抱いてもらうなど、誰にでもあるような機会ではない。稀な事だ。
たかだか四位の少将程度の、さほど名高いわけでもない名前だけの貴族の立場で、自らの子を帝と、そして尚侍に抱かれるとは光栄の極みと言える。
高名な貴族の公達や、大臣達がこれを聞いたら、さぞかし羨むことだろう。
「それにしても、本当にそなた達のお子は愛らしいね。姫君は元気で利発そうで、綺麗な瞳が印象的だ。この太郎君は大人しいが、しっかりしていて、とても優しい顔立ちをしている。それでいて、二人とも人見知りをしないのが、また可愛らしい。」
「そのような有り難いお言葉を、直に主上と尚侍殿から頂けるとは…我が子ながら羨ましい限りです。」
友雅は冷静に答えるが、あかねはと言うとハラハラし通しだ。
帝に抱かれるのは光栄だけれど…いつもあやす時の調子で、帝の顔に手など出したら…それこそ大事だ。
言っても分からない年の子どもだから、行動を起こす手前で何とか阻止しなくては、とあかねは気が抜けない。
「み、文紀〜っ!!!」
御簾の向こうからあかねの驚愕する声がして、殿上間で待機していた鷹通も、思わず腰を上げた。
侍臣がまず、立ち上がって昼御座を覗いた。そして鷹通も、非礼とは思ったが中の様子を伺った。
するとそこには……文紀が帝の腕に抱かれて、あろうことかその小さな手で帝の顔に触れているではないか。
……これじゃあ、あかねが卒倒しそうになるのも無理は無い。
しかし、そんな彼女たちの蒼白した表情とは異なり、帝の方はことのほか上機嫌と見える。
「そんなに気にしなくても構わないよ、あかね殿。子どものすることに、邪心があるわけではないのだからね。」
帝はそう答えて、文紀の手を自ら顔へと添えてやった。
しばらくその好意に甘えて、自由に遊ばせてもらいながら、文紀は帝の腕の中でにっこりと笑ってみせた。
「ははは、文紀殿は本当に可愛らしい。こちらまで顔がほろこんでしまうね。」
「ま、主上。千歳殿もほら、にっこりと笑っていらっしゃいますよ」
尚侍が意気揚々としながら、声を上げて笑う千歳を抱いて帝に見せた。
「我が子ながら……桁外れに人当たりの良い子たちだよ…」
「…はあ。その分、ひやひやしますけど…★」
両親の心労など全く無関係に、子供たちは気ままに笑顔を振りまいている。
+++++
「名残惜しいね。これで二人ともお別れとは。」
すっかり文紀たちが気に入った帝と尚侍は、帰りがけに二人へと、雛遊びの一式と美しい絵の書かれた物語の冊子を手渡してくれた。
「どうだい?友雅は、親としてこの子たちを、どう育てて行くつもりだい?」
「いや、まだそのような先の事はさっぱりですね。何せ、本日ご覧頂いたように、自由気侭な性分の子達ですから。一体どんなことをしたいと言い出すのやら…」
父親と同じように、武官への道を歩みたいのか、それとも違う道を選ぶのか。
何か優れた技術を身に付けて、それ相応の女官になるか…それとも、昇殿を目指すのか。
まだ、先の事は何も分からない。
だけど、唯一願うことは………二人とも、本当に愛し合える人に巡り会えるように、と。ただそれだけだ。
「せめて更衣くらいは目指してもらいたいね。輝くように成長した千歳殿を、是非この殿中で見たいものだよ。文紀殿も、父上と揃って参内する姿を見たいね。」
帝はそう言って、別れ際にもう一度二人の頬を撫でた。
さて、未来は一体どうなるか。それはまだ、神のみぞ知るところだ。
「ともかく、無事に主上とお会いすることが出来て、本当に良かったですね」
あかね達の代わりに、帝から賜った荷物を抱えながら鷹通が言った。
「でも、こっちは気が気じゃなかったですよー!この子たちってば、何するかホントに分かんないんですもん!」
「確かに、文紀殿が主上の顔に手を掛けた時は、私も驚きましたけれどね」
無邪気さも時には、大人にとって緊張を及ぼす。これから徐々に成長して行くけれど、まだまだハラハラする事は続きそうだ。
「あのー……もし?橘少将様でいらっしゃいます?」
御簾の向こうから、女性の声がした。
「……先程、そちらにいる方と言葉を交わしたから、改めて尋ねなくても分かるんじゃないかな?」
はっとして、鷹通はその場で立ち止まった。
ここは…さっき通り過ぎた、例の間だ。
もう一安心だと思っていたが、帰りにも今一度ここを通らなくてはならないことを忘れていた。再び、緊張が走る。
「あの…主上のお部屋から、幼い子の声が聞こえた気がしたのですが、もしかするとあのお声は……」
「貴女のご想像通り、我が家で実った瑞々しい二つの香木実だよ」
一拍、空白の時間が流れる。-----------と、次の瞬間。
「ちょっと!やはりそうですってよ!」
「ええ?少将殿のお子様!?あの、姫君と太郎君のお二人のお子様が!?」
「そうそう!主上にお会いになるためにいらしてるのですって!」
「まあまあ!!どんなお子様?お姿はどちらから見えるの!?」
こちらが気圧されるような、女性達の響めく声が御簾の向こうから聞こえ、数人の女房たちがこぞってこちらに近付いて来た。
すると、あろうことかその御簾がさっと開いたかと思うと、奥に居た彼女達の姿があらわとなった。
「…一体、何の騒ぎだい?。女性が御簾を上げて男の前に姿を現すなど、はしたないことではないのかな?」
あり得ない展開に驚いた友雅達だったが、彼女たちのお目当ては彼ではなかった。
「いいえ、いいえ。もう少将様のお噂は耳に入っておりますわ。どれほどの姫君であろうと、奥方様の他には目に映らないのでしょう?」
そんな噂が立っていたのか。
今の今まで、まったく自覚の無かった友雅だったが、隣に居る鷹通が笑っている所を見ると、随分と巷に浸透してしまってるようだ。
まあ、構わない。それは真実に違いないのだし、敢えて言えばその中に、この子供達も含まれるというくらいのことだ。
「ですからせめて、お子様のお顔を拝ませて下さいませ。皆、少将殿のお子様に興味津々ですのよ。」
帝以外にも、ここにもまた子供達を見たいという面々がいたのか。
そこまでして他人の子供を見たいものなのかと不思議だが、せっかくの機会なのだし顔を見せるくらいなら良いだろう。
友雅はあかねの背に手をかけて、その場に腰を折るようにと告げた。
そして、二人の腕の中で、大きな瞳を輝かせる彼らの顔を覗かせる。
「まあちょっと!なんてお綺麗な!それでいて品があって…さすがに少将殿のお子様ですわ」
きゃあきゃあと賑やかな彼女達に囲まれ、さすがに文紀たちもやや驚いている様子だが、意外と泣く事はなさそうだ。
「奥方様のお優しい面持ちも、よく似ていらっしゃいますわ。この、きらきらした瞳の綺麗なこと…!」
友雅は良いとして、自分の事を言われると少し照れてしまう。
ようやく、ここで顔を隠す扇を使う機会が訪れた。
橘重ねと同じ色の飾り房に、彼と同じ侍従の薫りを焚き込んだ扇を広げる。
すると、一番奥にいた女官が、こちらにゆっくりとやって来た。
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