幸せの花

 003
「主上、弘徽殿の皇后様より、お届けものがございます」
「うん…?」
女房が一人部屋にやって来て、そう告げた。
特にこれと言った用はなかったかと思うが、急にどうしたことか。
御前に上がることを許し、女房が数人中へ入って来る。
その手には、溢れんばかりの花を盛った漆の小鉢が抱えられていた。

「ほう、これは見事なものだが…どうかしたのかね」
「橘大将殿の御子様方が参内されているとお聞き致しまして、こちらを贈り物にと申されて参りました」
女房は花鉢を、子どもたちの前にそっと差し出した。
小鉢とは言っても花の量を思えば十分な大きさで、おそらくまゆきだけではなく千歳たちの分も考えて、花をたっぷりと合わせて来たのだろう。
「どうぞ、お受け取り下さいませ」
「まあ、とっても可愛いお花!母様、うちのお庭じゃまだまだなのに、こんなに綺麗に咲いていますわ」
鮮やかな色の紅梅と白梅。
雪が消えぬこの時期に見つけてくるのは、さぞかし苦労したことだろう。

「今の時期は花も少なく、これほどしかお届け出来ないのが心苦しいと申されておりました」
「そ、そんな…とんでもないです!」
帝に関しても言えることだが、一国の主とその皇后が、自分の子らをここまで気にかけてくれるなんて、考えただけでも恐れ多いこと。
帝の懐刀と言われていた友雅と違い、あかね自身は異世界からの異人みたいなものである。
本来ならこんなに近くで、会話を楽しめる相手ではないというのに…不思議な気持ちだ。

「これ、そこの女房。皇后は御用がおありかな?」
弘徽殿の女房を呼び止め、帝は皇后の予定を尋ねた。
何か用事があったとしても、こちらの言うことが最優先されることは分かってはいるが、一応。
「いえ…特にお聞きしておりませんが」
「そうか。ならば是非、こちらにお渡り下さるよう伝えてもらえるか?」
えっ……。
息を飲むのは、弘徽殿と藤壷の両女房と友雅、そしてあかね。
以前から比べれば、とある一件以来両者の関係は穏やかになってきている。
しかし、そこに仕える女房たちはと言うと、まだ派閥的な違和感を覚えている者がいないわけではない。
だが、本人たちは歩み寄ろうとしている。
「私も賛成ですわ。頂いた美しいお花も、皆で愛でた方が楽しいとあかね様も思いません?」
「あ…はい。私も皇后様に、直接お礼を申し上げたいですし。無理でなければ、お願いできないでしょうか」
帝と中宮、そしてあかねに詰め寄られては、女房たちも反論出来るわけもない。



しばらくして、再び女房が清涼殿にやって来た。
以前よりも今回はややかしこまった様子で、空気もぴしっと糸が張りつめたように堅い。
「皇后様が御前に参上致します」
友雅が正す前に、文紀たちはきちんと姿勢を整えた。
両親に習って頭を垂れ、三つ指をつき皇后の御声を待つ。
「お顔をお上げになって、皆様」
優しく穏やかな声がすると、ゆっくり皆が顔を上げる。
中宮とは幾度も顔を合わせるが、こうして皇后と会うのは随分と久しぶりになるかと思う。
相変わらずしとやかで、控えめがちな美しさは変わっていない。
「あかね様、またこうしてお会い出来てとても嬉しいわ」
「こ、こちらこそ本当にご無沙汰しておりましたのに、今日は素晴らしいものをお贈り頂きまして…」
初めて会った頃は、自分もまだ世間知らずの娘で、彼女が皇后であるというのに、随分と砕けた態度で接してしまっていた。
今となっては、それが恥ずかしい限りだが。

「皇后様、私からも今回はお心遣いを頂き、御礼申し上げます」
「ああ、構いませんよ友雅。…あら、お隣は千歳様ね?」
「美しいお花を有り難う御座いました、皇后様」
この子たちを目にしたのは、もう何年前になるか。
まだ言葉もたどたどしい感じだったのに、今は随分と見目麗しくなって。
「文紀様も凛々しい若君になられて…。武芸の才は噂に聞いておりますよ」
「いえ、まだまだ皇后様のお気に留めて頂けるようなものでは…」
凛とした清々しさを持ちながら、柔らかな面持ちと物腰の文紀が微笑ましくもあり、皇后は二人を優しく見つめた。

「さ、堅苦しい空気はそこまでとして。皇后もこちらに来て、今日の主役の彼女を愛でては如何かな」
振り向くと、帝の膝の上には再びまゆきが。
人形のように丸く大きな目を輝かせて、皇后の方を見ている。
「まあ…まゆき様。初めてお会いしますわね、可愛らしいこと」
母親のあかねによく似ている、と聞いていたが、確かに。
文紀は母似だと言われるが、やはり同じ女性だからかまゆきの方が母の面影を映している。
「んー、ふふー」
「まゆき様が笑ってらっしゃるわ。皇后様にお会い出来て嬉しいのですわね」
帝の膝からころりと滑り落ちて、彼女は膝で這い歩きながら、皇后の近くまでやって来た。
その愛らしさに、女房たちがつい手を差し伸べる。
小さい手を撫でては、見せてくれる笑顔に一同が湧く。
「本当に、心を和やかにさせてくれますわね…」
純真無垢な子どもたちの姿は、どんな時でも気持ちを暖かくさせるもの。
だが、この子らは特別な気がする。
普通とは違う、独特のきらめきと共に醸し出す、春の日差しのような暖かさ。
そばにいてくれるだけで、幸せな気持ちをくれる。
それは、この子たちの両親のせいでもあるのだろうか。

まゆきが、皇后からの花鉢をしげしげと眺めている。
どうやら花が好きなようだ。小さな梅の花やあしらった小花をつついている。
と、その一輪を手に取った。
「しゅ、きー」
「しゅき?どういう意味なのだ、友雅」
彼女の発した言葉が聞き取れずに、帝は友雅に尋ねてみたのだが、彼は微笑んだまま黙っている。
そのうち、まゆきは花を手にしたまま、ちょこんちょこんと文紀のところにやって来た。
「にーに、しゅき」
またそう言って、手の花を差し出す。
それを照れくさそうに笑って、受け取る文紀。
頭を撫でてもらってから、またまゆきは花鉢から小花を一輪取り、今度は千歳のところへ。
「ねーね、しゅきー」
「ええ、姉様もまゆきのこと大好きよっ」
ぎゅっと千歳が彼女を抱きしめて、ようやくその言葉を帝は理解した。
「まゆき、父上と母上のことはどうだい?」
「しゅきー!」
「これはまた…良い言葉を教え込んだものだなあ、友雅」
わざわざ教えたのか。
それとも、友雅たちが彼女に言っている言葉を、そのまま覚えたのか…。

まあ、どちらでも良いか、そんなこと。
好きな者
を好きだと素直に口にし、愛することが出来る日々が彼らの中にはある。
ああ…だからこんなにも、彼らは幸せにしてくれるのだ。
自分たちの幸せを、我々にも分けてくれるのだ。

「しゅきー」
笑いながら花を手にして、帝や藤姫、中宮や皇后へと手渡して行く。
それはまさに、彼女からの幸せの花。





-----THE END-----




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2012.01.30

Megumi,Ka

suga