幸せの花

 002
部屋の中に運び込まれた葛籠は、数えたところで十五個にもなる。
異国で作られた更紗の生地を貼り込んだ、華やかな外観の葛籠を開けてみると、中から出て来るのはこれまた華やかな織物生地が。
「こちらなんて、まゆき様によくお似合いだと思うの」
中宮が手に取ったのは、薄紅梅にうっすらと唐草の文様が浮かぶ。
割と大柄な文様である生地は、どこか愛らしさがあって確かにまゆきには似合いそうである。
「あかね様に、よく似てらっしゃるまゆき様ですもの。紅梅の色目はきっとお似合いだわ」
ねえ、とこちらを覗き込み、中宮は笑う。
そんなあかねが身につけている今日の小袿も、唐花丸文様の明るい紅梅色だ。

「しかし、これを全部とは…本当なのかい?」
「えっと…実はこれでも選りすぐって来たんです…」
どっさり積み重なった葛籠の山。
生地、おもちゃ、調度品や雑貨物…中身の品揃えは多岐に渡る。
中宮たちはこれらを数ヶ月前からコツコツと集め、更に吟味を重ねてこの日を待っていたのだ。
三つになるまゆきが、元気に参内する今日という日を。
「何だか参内する度に、色々とお世話になっちゃって申し訳ないなぁ…」
「まあ…そんなことおっしゃらないで下さいませ。皆様のお喜びになる顔が楽しみなのですから」
「ええ、そうですわ。まゆき様のお誕生日祝いですもの」
藤姫と中宮は声を揃え、あかね達にそう言って和やかに微笑む。

近々、まゆき殿の誕生日がやって来るであろう。
久しぶりに、一家での参内を許そう。
皆の元気な姿で、寒々しい内裏に一足早い春風を吹かせてくれぬか。
------------と、ある日帝に声を掛けられた。
親である自分やあかねなら当然なのだが、実は帝は子どもの誕生日をしっかりと覚えている。
文紀たちの生まれた弥生月、そしてまゆきが生まれた睦月末。
毎年の日になると、使いの者がやってきて祝いの品を置いて行く。
なので、今回のこの山のような葛籠も、それを考えればいつも通りのことと変わりないのだが。

「それにしても、ねえ…」
まだ三つの娘に対して、この贈り物の量といったら。
今のうちからこんな調子では、年頃になったら貢ぎ物で屋敷が溢れるかも?
いや、まゆきの前に千歳がそうなる可能性が高いか。

ああ、だめだめ。そういう話はもっと先のことだ。
もうしばらく、二人にはそばにいてもらわねばならない。
何せ、まだまだ彼女たちを愛し尽くしていない。
もっともっと、出来るだけ長く自分の傍らで愛でさせてもらいたい。
…なんて言ったなら、あかねに笑われるだろうけど。


「友雅さん、千歳たちが年頃になったら、理解のあるお父さんでいてくださいね」
顔を上げると、あかねがこちらを見て微笑んでいる。
心の中に、知らず知らず忍び込まれていたのか?と、少しはっとする。
「まああかね様、友雅は十分良いお父上じゃあございませんの?」
中宮は不思議そうに首を傾げる。
文紀たちが生まれた時から、彼の様子は見ているし噂にも聞いている
とにかく家族を最優先にして、子どもたちを連れて町に出掛けたり、遠出に連れて行ったり。
彼らが興味を示せば武芸を習わせてみたり、市で土産を見繕う姿も頻繁に見かけると噂に聞く。
「昔はどうあれ、今は立派に素敵な父親になられたじゃないの」
「ふふ…ええ、そうなんですけれど。でも、もうしばらく経ったら困ったこと言いそうで」
今でも時折、冗談めいた感じでこぼすことがある。
千歳たちが年頃になったら、それを本心として口にすぐ日が来るだろう。
「他の男性に大切な娘はやらん!とか…」

ぷっ…。
誰が火蓋を切ったのか分からぬが、ほぼ一斉に皆が吹き出す。
ぽかんとしているのは子どもたちくらいなもので、帝も笑い声を押さえている。
「やだわ、そう言ってる友雅の姿がすぐに浮かんでしまったわ」
「ふっ、実に容易く想像出来るものだな」
見ず知らずの他人に、大切にしてきた宝を簡単に譲れるものか。
あかねと築いた想いの果てに、授かった愛しいものたちを奪われるなど。
「不機嫌になってる友雅さんが、目に見えるようです」
「やれやれ…私の奥方殿は、今も心の中を見抜く力を持っておられるらしい」
ずっと一緒にいるんですから、それくらい分かりますよ、とあかねが笑った。

すると、千歳がとことこと友雅の隣にやって来て、ちょこんと横に腰を下ろした。
小さな手で父の袖をぎゅっと握り、きらめく瞳で父を見上げる。
「私、父様とずーっと一緒にいますわっ」
「まあ、千歳様ったら…」
突然の告白に、藤姫たちが驚きながら笑顔になる。
「私、父様のこと大好きですものっ。ずっと一緒にいたいですものっ」
子どもの心に、冗談や取り繕いなんてものはない。口にするのは、素直な心そのままの言葉だ。
澱みなく、無垢な想いを傷つけぬように。
そんな教えを伝えながら育った彼らに、嘘をつく習慣はまったくない。
「母様もよ。母様も大好きですもの。兄様も大好き。まゆきも大好き。だからずっと一緒にいますわ」
そう言って人目も憚らず、空いていた父の腕の中に飛び込んで来た千歳を、友雅は優しく抱きとめた。
「これじゃあ…友雅が子離れ出来ぬはずだな」
帝が苦笑しながらつぶやくと、中宮たちも微笑んでうなずく。
両親に寄り添う子どもたちの様子は、まるで一枚の絵を見ているかのよう。
この図以外は考えられないほど、しっくりとすべてがひとつにまとまっていて、他人が入る隙などどこにもない。
蒸し暑い夏でも、紅葉に染まる秋でも。
そしてこんなにも凍えそうな冬の最中でも…彼らの背景はいつも春だ。
新しい芽吹きの若草が、明るい日差しを吸い込んで眩しく輝く。
咲き誇る花に彩られた暖かな世界が、彼らの周りには存在している。


「あら、まゆき様」
藤姫の近くで葛籠の中を探っていたまゆきが、一枚の紅い生地を掴んで引っ張り出した。
小花模様が絹糸で刺繍された生地は、光沢があって手触りが気に入ったらしい。
「ほう、良い生地だ。まゆき殿は審美眼も優れておるのだな」
確かこの生地は、縫殿寮から分けてもらったものだ。
予定違いで余分が結構出来てしまい、使い道がなく困っていたと聞いたはずだが。
「もう少し残っているか、後で尋ねてみよう。まゆき殿が気に入ったのだから、姉上や母上とお揃いで何か作るのも良かろう?」
「主上!そんな…子どもたちだけでも有り難いことですのに、私の分までは…」
動揺しながら恐縮して肩をこわばらせるあかねに、帝は軽く背中を叩いた。
「良い良い。そなたたちに貢ぐ楽しみを、私にも味わわせて欲しいのだ」
それに--------と、帝が続ける。
「私ぐらいのものだろう?そなた方へ貢ぐことを友雅に許してもらえる男は」
くすくす…周囲から漏れてくる笑い声。
そこんじょそこらの結界よりも、橘家の主の検問は手厳しそうだ。



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Megumi,Ka

suga