Little Princess

 006
スタジオに選ばれた部屋からは、窓の外に咲き誇る薔薇を望むことが出来るが、室内にも山ほどの花がセッティングされている。
千歳が隠れてしまうほど、ボリュームのあるたくさんの花。
「この薔薇、とっても良い香りがしますわ」
「でしょう?フランスの薔薇なのよ。形もまんまるで可愛いでしょう」
カメラマンがシャッターを押す傍らで、女性スタッフたちが千歳とおしゃべりを続ける。
顔の向きやポーズを指示されることはなく、アイテムを手渡す以外はまるっきり千歳の好きにさせている。
「もっと色々注文があるのかと思ったけど…全然ないんですねえ」
「自然体をお望みらしいからね」
撮影風景を部屋の隅で眺めながら、友雅とあかねはそんな言葉を交わした。

よそいきの顔を作るよりも、普段の表情の一瞬を捕らえたい。
だから、普通にお話でもしていてくれれば大丈夫。
プロのモデルが相手なら、きっと色々なポーズを取ったりするのかもしれないが、素人だから考慮してくれたのかもしれない。
そのおかげで、千歳も全然緊張せずリラックスしている。
まあ、昔から物怖じしない子ではあったけど。
「しかし、我が子ながら綺麗で惚れ惚れするねえ」
「ふふ…また友雅さんの親バカ発言」
でも、本当に綺麗。
雑貨屋でよく見かける、アンティークのポストカードみたい。
セピアカラーの世界だったら、そのまま絵本の挿絵になりそうな感じ。
「ねえ、来年の誕生日の写真は、文紀もこんな格好で撮ってみない?」
「ええっ!?」
スタッフに勧められた時も困惑したのに、今度はあかねまでそんなこと言うし。
それで終わるかと思ったら、友雅まで口を挟んで来た。
「では、まゆきの誕生日の時はどうだい?エスコート役として」
「父上までそんなことー…」
困った顔の文紀など気にせず、まゆきは嬉しそうにしがみついてくるから、彼も何も言えない状況。

「ホント、可愛いなあ」
少し離れた場所で、スタッフたちが笑う。
可愛い子どもたちと幸せそうな夫婦の、ほのぼのとした家族の会話。彼らの周りには笑顔しか存在していない。
「文紀くん、王子様タイプなんだけどなー。」
実際、幼稚舎の頃から彼は女の子たちの王子様的存在だった。
女子部に招かれると女の子たちが集まって来たし、"兄様のファンがたくさんいるのよ"と千歳もよく言っていた。
そういう千歳もまた、男の子たちには人気があったけれど。
「文紀くんがダメなら、いっそのことお父様に千歳ちゃんのエスコート役、やってもらっても良かったかなあ」
友雅の方に視線が向くと、皆うんうんと首を縦に振る。
十分華やかさを持った男性と、彼によく似た娘とを並べてみたら面白いのでは。

「いや、残念ながら彼女にとって、私は役不足だからね」
声を潜めていたつもりだったのだが、友雅の耳には届いていたようだ。
彼は笑いながら、こちらの方を振り向く。
「彼女にはね、もう王子様がおられるから。私なんかとてもとても」
「は…そうなのですか」
あれだけの美少女だし、女の子はいつの時代も大概おませさん。
ボーイフレンドの一人や二人、あれくらいの年齢でも珍しくないか。
「まあね。それに…私にもエスコートする姫君がちゃんといるしね」
友雅の手は、隣に座るあかねの手に添えられる。
プラチナリングの輝く手のひらが、包み込むように重なる。
誰にでも、特別な人がいる。
他の誰にも交代出来ない、とっておきの人。
守りたい人、守られたい人、愛したい人、愛されたい人。
様々だけれど、気持ちは同じ。

静かに部屋のドアが開き、執事のようなスーツを来たスタッフが現れた。
彼は友雅の背後に立ち、そっと耳うちするように小声でメッセージを伝える。
「橘様、差し入れが届いておりますが」
「ああ、では中まで運んでもらってくれるかい」
そういえば、撮影場所に手土産か差し入れをしよう、と先日二人で話した。
一度きりとはいえ、世話になる人々だ。しかも今回は素人相手なのだから、プロとしては気を使ってくれているだろう。
多分若い人が多い現場だろうから、甘いものでも手配しようと相談し、友雅に任せておいたのだが。
「失礼しまーす」
保冷バッグを肩に掛け、ミニカートにも大きめの保冷ボックス。
それらを引きながら現れた、コットンキャンディのような金色の髪。
「まあっ!詩紋殿っ!」
アンティークドールに、命が灯る。
瞳が輝き、迷わず彼の元に飛び出して行く。
「うわぁ…すごい千歳ちゃん!お姫様みたいだ!」
「本当?綺麗?」
「うん、すっごく綺麗。びっくりしちゃった」
詩紋は小さな彼女を抱きとめて、柔らかな髪を何度も撫でた。

「…友雅さん、狙ってましたね?」
あかねは尋ねたが、友雅は何も言わず微笑んでいるだけ。
知りあいの店に差し入れを頼んでおくから、と言っていた彼の言葉の意図が、ここでやっと明らかになった。
「せっかくのドレスアップなのだし。こういうのは、王子様に見てもらいたいものだろう、姫君は」
「用意周到ですねぇ、さすが」
まったく本当に、手を抜くことを知らない人。
愛しい人の喜ぶ顔を見るためなら、どんなサプライズでも仕掛ける人。
これまでに何度、経験させられただろう-----あなたに。

「見て見て!シュークリームがこんなにいっぱい!」
クーラーボックスを開けると、ぎっしり詰まったシュークリーム。
カスタードクリームにチョコクリーム、今年の新作で売り切れ続出のいちごミルククリームも。
「詩紋殿のシュークリーム、とっても美味しいのよ。大好きなの!」
「はいはい。じゃ、姫君も待ちきれないようだし、一旦ここで休憩というのはどうです?」
「ですね。そうしましょうか」
友雅が切り出さなくても、多分みんなそう思っただろう。
そして何となく、気付いたはずだ。
千歳の王子様が一体誰なのか、その正体を。

白いカップに注がれるコーヒーと、紅茶の香りが部屋の中に漂う。
アンティークのシャンデリアやインテリアに囲まれ、優雅な昼下がりのお茶会の雰囲気。
詩紋の隣に腰掛けて、まゆきは文紀の隣にくっついて。
甘いお菓子に美味しい紅茶。嬉しそうな子どもたちの顔。
「一人だけ大人なのに、しっくりハマりますねー」
金色の髪に青い瞳の王子様は、彼らと同じ目線で同じように微笑む。
昔から彼はそんな男の子だったから、今でも天使みたいに笑うことができる。
「ひとつ、注文をお願いできるかな?」
友雅はカメラマンに、声を掛けた。
「一枚、王子様と一緒のところを撮ってもらえないかい?記念として」
ただしこれは、門外不出で。
あくまで個人的な写真として、だが。
「良いですよ。きっと、一番良い笑顔の千歳ちゃんが撮れそうですね」

彼女もいつか大人になって、その写真を懐かしく思える日が来るだろう。
その時、隣にいる人は果たして誰だろうか?
もしかしたら?まだ未知数で何とも言えないけれど、奇跡は起こるもの。

「いくつになっても、あんな笑顔を見せてもらえたら良いね」
それが何よりの幸せ。
小さなお姫様の小さな笑顔は、幸せの花となって咲き誇る。




-----THE END-----



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2013.05.27

Megumi,Ka

suga