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Little Princess
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| 004 |
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「お茶入れますね」
食事を終えたあと、あかねは家にいる時と同じように茶を入れた。
口直しのための、やや薄めの緑茶。それを傍に、冷たい柚子のソルベをいただく。
「さて、そろそろ本題に入ろうか」
友雅は自分のデザートを、あかねの方へと差し出して身を起こした。
「今朝、私の方に連絡があってね。例の千歳のことだ」
彼が切り出したのは、先日撮影した千歳の写真についての報告だった。
しかし今回連絡してきた相手は、カメラマンではなくメーカーの広報スタッフ。
「奇跡というか何と言うか……決まってしまったらしいよ」
「え、え、え…ええっ?」
一度溜息をついて、友雅は天を仰ぐように目を閉じる。
「決まったというより、決めたいという話だった。で、保護者である私たちの返事を聞きたいとのことだよ」
「ちょ、ちょっと待って下さいよ。つまり…あの子をモデルにしたいって、そういうことですか!?」
まさかの事態が起こった。
いくら何でもまるっきり未経験の千歳が、そんな大役に選ばれるなんてさすがに思ってもみなかった。
それなのに現実というものは、想像を超えた結果をもたらすことがある。
「だ、だって素人も素人ですよ?他にもモデルの子が応募してるって…」
「それは私も言ったんだけど。そうしたら、今度はデザイナーが直々に電話に出てきてねえ…」
多くの応募者があり、写真選考も連日連夜行った。
素人を起用するのはどうなのか、という意見が出たのは事実だが、それでも皆前置きは"この子が良いけれど"と付け加えていたほどの圧倒的な評価。
最終的に、ほぼ全員近くが千歳を起用したいと考えていた。
「モデルらしい女の子ではなくて、絵になる女の子が欲しいのだと言われたよ」
「それが…千歳だって言うんですか」
流行のファッションを身に付け、同世代の女の子の憧れになるような子ではない。
ブランドイメージを形にするような、物語から飛び出して来たみたいな女の子。
「新作を着る子は、他に選出しているそうだよ。千歳は、ポスターやフライヤーのイメージにだけ使いたいんだそうだ」
何だか話を聞いていたら、とんでもない大事に思えて来た。
新しく立ち上げるブランドイメージを、千歳が背負うなんて出来るのだろうか。
「他にいなかったんですかぁ…?」
キャリアよりも、イメージの方が勝った。
商品のイメージとブランドのイメージは別だ。彼女には、そのイメージを具体化出来る魅力がある。
かれこれそんな話を、30分以上も電話で熱弁奮われてしまった。
「どうしようか?」
「どうしようって言われても…」
どうしよう、ホントに。
「父親の私の意見としてはね」
友雅は湯のみを一旦テーブルに置き、緩やかに足を組み直した。
「他人がどう見るかは知らないが、私にとっては見せびらかしたいくらい自慢の娘だよ。」
それは言われなくても十分承知。
女の子二人の姉妹なら、大概洋服などのアイテムはお下がりがあるものだが、一切そういうことはさせないし。
千歳にもまゆきにも、それぞれに彼女だけのものを買い与えるし、安物なんて妥協もしない。
まあ、それは一人息子の文紀に対しても、だが。
子どもたちを喜ばせることなら、どんなことでもする。
それほど彼にとっては、子どもたちの存在は大きい。
「だがね、もしこれを機会に千歳が世間から注目されたとしたら…その後のことが気がかりだ」
「モデルを受けたあとのこと、ですか」
「最近のメディアは、ちょっと目立った子がいるとすぐに追いかけ回す。それが…私としては受け入れられない」
例えばの話。
話題のブランドのモデルに、まったく見た事もない女の子が登場する。
あの子は誰なのか、どんな子なのか、マスコミはこぞって詮索しようとする。
素人なのにモデルに起用された美少女、とか適当な肩書きをつけて、あれやこれやと引っ張り出そうとするかもしれない。
「テレビだとか雑誌だとか、映画とかドラマとか…最近は注目されれば余計な方向にまで利用しようとする。それがね、私としては好ましくないかな」
その気はないのに、芸能界とかに引きずり込まれて。
大人の世界に無理矢理連れ込まれ、子どもの時間を削られて。
「子どもの頃にしか、楽しめないことはたくさんあるだろう。大人の世界なんて、大人になってからで良いと思わないかい?」
「…うん、そうかもしれませんね」
「子どものうちは、遊びも仕事だよ。そこから学ぶことがある。大人と対等に接して、世渡りを早くから覚えるよりも、仲の良い友達と過ごす時間の方が大切、と私は考えているんだけどねえ」
思っている以上に、子ども時代は短いものだ。
だからこそその時間を、その時しか経験できないことで楽しませてやりたい。
「------これは、大人の意見だけどね。それも、個人的な意見だが」
これは、保護者としての父親の意見。
でも、最終的には千歳にどうするかを尋ねてから、決めるべきだと思っている。
「で、母上殿の意見はどんなだい?」
男親の自分と、女親のあかねとでは考えも意見も違うかもしれない。
彼女の意見も聞きたいので、こうして昼食を兼ねて呼び出したのだが。
「友雅さんの考えに、私は全面的に賛成ですよ」
あかねはそう言って微笑むと、彼の隣に移動してそっと寄り掛かった。
彼は、子どもたちの"今"を見つめてくれている。
未来を考えながら、同時に今しか出来ないこともしっかりと把握してくれている。
しかし、問答無用で決め事を作るのではなく、最後に子どもたちの意見もきちんと聞いてくれる。そして、最終決断をする。
人生経験も世界もまだ狭い彼らに、すべての決定権を与えるのは無謀すぎるし危険も伴う。
そこをアドバイスしながら、安全に快適に過ごしていける道を教えてやるのが、父親としての彼のやり方だ。
「私は、友雅さんを信用してますから」
父親としての彼も、夫としての彼も。
家庭を築いて行くパートナーとして、この人を選んで良かったと何度も思った。
この人に出会えて、恋に落ちて…良かったと。
「しかし、複雑なものだねえ。見せびらかしたいとか、見せ物にしたくないとか…やれやれだ」
「友雅さんに似ちゃいましたからねー、あの子」
いつか彼女と恋する人が出来たら、きっとその男性も同じような気持ちになるんだろう。
そういえば、自分も似たような経験があったような。
「あかねが?」
「そーです。友雅さんとお付き合いしてるとき、そんな感じのこと思ったっけなあって」
あの頃の女子高生にとって、"大人の男性と恋愛してます"なんて言ったら鼻高々。
しかも、元華族の若手実業家。
ルックスは、ご覧の通り。
彼と付き合っているなんて言ったら、学校中の女子生徒の羨望の的になる。
同級生たちが恋愛談義をしている中で、どれだけ彼のことを話したかったか。
自慢げに紹介してみたかったことか。
それが出来なかったのは…女の子たちの目が彼を追うのが面白くなかったから。
「私より可愛い子や綺麗な子は、たくさんいましたからねー」
もし、そんな子たちが積極的に彼に近付いたら、負けちゃうかもしれない。
「なーんてこと、考えてました」
「へえ?初耳だね」
でも、それが取り越し苦労だったことは、すぐに分かった。
今でも、身分不相応な相手だと思ってる。
だけど彼の手が、自分を引っ張ってくれるから。
解けないくらいに強く手を握って、真っすぐその瞳に自分を映してくれるから----お互いの世界に、その人しかいないことを確かめられる。
「私があかね以外の女性に、目移りをしないこと教えてあげないといけないかな」
「大丈夫ですよ。もうちゃんと分かってます」
繋いだ手は、今もずっと解けない。
伝わるぬくもりも、甘い口づけの味も、あの頃のまま永遠に向かって続いている。
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