Little Princess

 003
市民ホールの会議室に、賑やかな保護者の声が響く。
これから、書道コンクールの表彰式が始まる。
我が子の晴れ姿を見るために、多くの親たちがパイプ椅子に腰を下ろして、その時を今かと待っているところ。
受賞する子どもたちは、保護者とは別の場所に待機している。
最前列に座った千歳とまゆきは、文紀を見つけてぱたぱたと手を振った。

「それにしても…ホントびっくり」
子どもたちの隣で、あかねが小さく言葉をこぼした。
本当に予想もしなかった、驚きの展開だ。
まさか、自分の娘がモデルにスカウトされるなんて。
『街中で歩いていたらスカウトされた』とか、芸能人のプロフィールではよく耳にするエピソード。
それが目の前で現実になるなんて…。自分自身のことじゃないにしても。
「ちょっと廊下ですれ違っただけですよ?なのに…」
可愛い女の子は、この世に五万と居る。
昨今のテレビや雑誌で、子役タレントを見ない日はないくらいの需要だ。
そんな業界で、グラビア撮影をメインにしているカメラマンなら、年齢問わず多くの女性を見て来ただろうに、その目が千歳に止まるなんてこと。
「綺麗なものは、誰でも目を奪われるものさ」
「はあ…」
さらりとそんな溺愛振りを、ちょっとした会話でも披露する彼。

「ま、それほど警戒しなくても良いだろう」
一人ずつ表彰を受ける子どもたちを眺め、文紀の番が来るのを待ちながら、友雅がそう言った。
千歳の写真は、メーカーの広報へ渡される。
フランスの有名デザイナーから独立した日本人が、新たに立ち上げることになった女の子ファッションブランド。
そのフライヤーに登場する、10歳前後の少女モデルを探していると説明を受けた。
業界でも話題のブランドであるため、あちこちのモデル事務所やスタジオからも多数応募があり、広報も毎日写真選考で大忙しなんだそうだ。
それは、今回の応募要項のせいだった。
プロのモデルに限らず、"イメージに合う女の子"ならば素人でも構わない。
デザイナーからそんな通達がされたもので、プロから一般人までこぞって応募が続いているのだと。
「いくら何でも、プロがそうやすやすと完全な素人の子を目に止めるなんて、ないと思うよ」
「うん…そうですけどー」
現役のモデルじゃなくても、素人の子だって憧れて応募してきたはず。
憧れているなら、少なからず何かアピールするパワーを持っているだろうし。
それと比べたら千歳は、外見はともかくそういうことに全く興味のない子だし。

確かに、母親であるあかねの目を通しても、千歳は綺麗な子だと思う。
親の贔屓目というのも否定はしないが、何せ彼女は三人の子どもたちの中で、一番友雅の血を色濃く受け継いでいる。
父親似の外見は、彼を知っている人なら誰もが認めること。
振袖など着せて正装させた時の艶やかさは、完全に友雅譲り。
年頃になったら凄い美人になりそうだなあ…と、そんな想像をしながら着飾らせるのも楽しい。
「ん?」
ちらっと彼を覗き込むと、彼もまたあかねの顔を見下ろす。
だよねえ…。
友雅さんだって、保護者会に出たらママさんたちが凄いもん。
ほら、今日もあちらこちらから、こっちに向けられる視線に切りがない。
…その人の娘なんだから、周りから注目されるのも遺伝ってことで仕方ない、ってことかぁ。
「父様、母様!次は兄様の番よ!」
気付けば壇上のすぐ下で、文紀が順番を待っている。
名前を読み上げられて、一歩一歩ゆっくりと舞台に上がった文紀は、手渡された賞状を受け取り会場からの拍手を浴びた。
場内と関係者に一礼をして、下りてくる文紀に千歳とまゆきが手を振る。
ああ、こんなところはまだまだ無邪気なのだけれど。
自分たちにとっては、可愛い我が子以上のなんでもないのだけれど…。
「例え奇跡の結果が出たとしても、そう簡単に引き渡すつもりはないからね」
彼女たちががこの世に生を受けた時から、笑顔を守ろうと心に誓った。
自然に微笑むことが出来る世界を与え続ける、それが永遠の約束。

しかし、奇跡というものは常に、可能性がゼロではない。

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先日までチューリップが咲き誇っていた花壇は、緑の範囲が広がって来た。
そんな中で紫陽花の葉のすき間からは、密集した小さな蕾が見えるようになり、百合の背はどんどん延びている。
春から初夏へ移り行く季節の中で、花はその時期に合わせて咲き誇る。
鮮やかな色の花は少ないが、雨の季節にしっとり溶け込む控えめさも美しい。
「あ、大きくなってる」
子どもたちが花壇の隅に蒔いたひまわりも、結構成長してきた。
夏になれば青空を背に、太陽のような花が何本も咲き乱れるに違いない。

「奥様、旦那様からお電話が入っておりますよ」
庭で水やりをしていたあかねの元に、祥穂が子機を手にやって来た。
外に居たので気付かなかったが、もう11時を過ぎているらしい。
「ランチのお誘いなのだけどね。ご都合は如何かな、奥様?」
「良いですよ。どこかお店で待ち合わせします?」
「いや、部屋に来てくれれば良いよ。食事を用意させておくから」
昼食は接待を兼ねたものが殆どだが、余裕がある時はあかねにお呼びが掛かる。
家族みんなで外食も楽しいけれど、たまには二人で過ごす時間も欠かせない。
「お昼はお出かけですか」
「はい。時間によっては、そのまま保育園のお迎えにも行ってきますね」
午後3時が保育園のお迎え時間。
1時過ぎまでランチをして、ちょっとついでに買い物でもすれば丁度良いかも。
そうとなったら、早く支度をしなくちゃ。
「そうだ。祥穂さん、会社の皆さんに差し入れするもの、何かありましたっけ?」
「そうですわねえ…パントリーを探してみますわね」
勤務している社員にも、手土産の心遣いを忘れずに。

あかねが社長室にやって来ると、既に昼食の用意が出来ていた。
宅配ランチとは言っても、馴染みの日本料理店から取り寄せたもの。
懐石膳の他に、数種類の単品料理や汁物にデザートと、店と大差ないメニューが一式揃えられている。
「店に予約を入れても良かったのだけど、やっぱり水入らずの方が良いだろう?」
静かで、他人の声も視線もない空間。
社長室という名前の、彼のプライベートルーム。
仕事をするための部屋だけれど、この時間だけは二人で昼下がりを過ごす部屋に変わる。
「それに、ちょっと話したいことがあったのでね」
「話したいこと?私にですか?」
「というか、一応相談かな」
重箱に詰まった料理を、小皿に取り分けて彼に渡す。
でも、まずは食事の方が先。
口に運んだ厚焼き玉子から、ほのかに甘い出汁の香りが鼻をくすぐった。



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Megumi,Ka

suga