春を呼ぶ声

 003
赤い布を敷かれたひな壇の上に、揃って並べられているのは、生まれたときに帝から千歳へ贈られた、公達の人形と十二単の姫人形。
そこにあかねや祥穂たちが、昨日から作っていた菓子などが添えられる。
庭の橘と桜の枝も、既に飾られていた。
それらを囲むように、文紀が調達してきた桃の枝が飾られる。
「こんなに立派な枝を、たくさんお持ち帰られて。随分と大変でございましたでしょう?」
「ううん、そんなことないです。ホントなら、もっと持ってきてあげたかったんですけど…」
出来ることなら、全部持って帰りたかったくらい。
どれもこれも、華やかで美しいものばかりで、目移りしてしまい困ってしまった。
「とんでもございません。これらだけでも、お部屋が華やかになりましたわ。」
庭を見れば桜が咲き誇り、部屋を見渡せば桃の花が辺りを彩る。
どこもかしこも、目に映るのは春の光景。
見ているだけで暖かな気持ちにさせる、そんな気がする。

「あの…、少しだけ枝をもらっても良いですか?」
「ええ、結構ですわよ。」
桃の枝はひな壇に飾る分には多すぎて、まだまだ余裕が残っている。
文紀はそこから数本、花付きの良いものを選んで、みっつに束ねた。
「文紀様、そちらはどこかにお飾りになられるのですか?」
「あ、うん…。僕らの部屋と、あと父上と母上の寝所と、それと…まゆきの籠のそばに飾ろうかなあって」
一輪挿しに差すほどの、細い枝ではある。
それでも春色の花を咲かせたその枝は、そばにいる人を心和ませてくれるはず。
「枕元に置いたら、良い夢を見せてあげられそうだから…」
「ふふっ、そうでございますわね。」
彼の言葉を聞いて、祥穂は目元が揺るんだ。

ようやく六つになる、まだまだ幼い文紀。
それでも彼の心優しさは、大人の公達よりも聡明で、そして暖かい。
「お待ち下さいね。枝を差して飾れる筒を、今すぐ探して参りましょう。」
祥穂はそう言って、その場から立ち去った。




「うぁん…」
友雅と千歳に交互に抱っこされながら、まゆきは時折むずむずしつつ、周囲に目を泳がせる。
しかし、そのつぶらな瞳は少しとろんとしていて、やはり眠たくてたまらなそうな雰囲気だ。
「まゆき、もうおねむしても良いのよ?姉様が眠るまで、子守歌を歌ってあげましょうか?」
母が歌ってくれた子守歌は、無意識のうちに記憶に刻まれて、すっかり覚えてしまった。
いくつか種類の違う歌があるけれど、どれもこれも和やかな旋律を持つ歌ばかり。
安らかな眠りを誘うには、ぴったりの曲だ。
「それじゃ父上が、籠を持ってきてあげようか。」
千歳に抱っこを任せた友雅は、まゆきの寝床にしている籠を、乳母の部屋から持ってこようと思い、立ち上がった。

すると、それまで席を外していた文紀が、部屋に戻ってきた。
彼の手には桃の枝が、数本握られている。
「母上、枝がたくさんあるので…それぞれのお部屋に飾れるように、分けておいたんですけど…」
青竹をすぱっと斜めに切った、シンプルな一輪挿し。
だが、ほんの一本の枝を差しただけなのに、美しく様になる佇まいが出来上がっている。
「それはステキね、ありがとう文紀。本当に文紀は、優しくて気が利く子ね。」
男の子にしては大人しいけれど、何よりしっかりして真面目だし。
それに、優しさとか思いやりを常に忘れない彼は、自分たちの自慢の息子だ、とあかねも友雅も嬉しく思った。

「……あら?まゆき、どうしたの?」
何故かまゆきが、今までよりもじたばたと手足を動かし始めた。
そして言葉にならない声をあげて、どうも意思表示をしているようなのだが。
「どうしたの、まゆき?何か欲しいものがあるの?」
すかさず文紀もやってきて、千歳の腕に抱かれているまゆきの顔を、そっと覗いて声を掛けた。
とたんにまゆきは、じーっと文紀の顔を見つめてから、ニコニコと微笑み始める。

「そうか。まゆきはきっと、兄上に抱っこされたいんだね?」
「えっ?ぼ、僕に?」
そっと友雅は千歳の背を叩き、文紀に抱かせてやるようにと促した。
まゆきは、静かに彼の腕の中へ移る。
ふにゃっと柔らかい小さな身体は、いつも抱くたびにどきどきしてしまう。
壊れちゃうんじゃないかと、びくびくして。
それでも出来るだけ、優しく抱いてあげようと意識を集中して。
そんな兄の緊張など、まったくまゆきは気付いていない。
いつもニコニコ上機嫌で、笑顔を見せては朗らかにはしゃぐ。

「まゆきはまだ小さいのに、本当に表情が豊かだねえ。」
「ホント。そこはやっぱり兄妹だから、よく似てるのね。」
まゆきをあやす子どもたちを眺め、友雅たちが微笑みながらそんなことを言う。
「二人も意思表示が早くてね。早いうちからみんなにじゃれて、随分と可愛がられたんだよ。」
言葉は分からなくとも、無垢な笑顔で近寄ってきては、小さな手足を動かす子どもたち。
親だろうが他人だろうが、その愛らしさに皆心を和ませたものだ。

「あうんー」
文紀の持ってきた桃の枝が、気に入ったのだろうか。
小さな花を揺らしてみせると、きゃんきゃんと元気に笑い出す。
「もう少し、兄様たちと遊んでもらってから、寝かせてあげようか。」
友雅が言うと、あかねは黙って静かにうなずいた。
そろそろ寝かせてあげようと思ったが、あんなに文紀や千歳と一緒になって笑っている彼女を、一人で寝かせるのも忍びない。

今夜はもうちょっとだけ、夜更かしをさせてやろう。
そして、優しい兄と姉に囲まれて、楽しい夢路に旅立たせてあげよう。

「まゆきのところにも、桃の花を飾ってあげるね」
「明日になったら、ひなまつりよ。明日はまゆきも一緒に、主上に頂いた綺麗な衣を着ましょうねっ?」
右と左から顔を覗かれ、ほんの少し戸惑いながらも、まゆきの瞳は嬉しそうに二人を見ていた。





-----THE END-----




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