夏の終わりの秘密のKiss

 003
生まれも育ちも全く違う。
こちらは完全な庶民中の庶民で、彼は由緒正しい古くからの旧家。
金銭感覚や日常的な価値観、それらはあかねと全然違うもので、未知の世界というか別世界とも言えるくらいの差があった。
でも、それでも何故か遠い存在には思えなかった。
話をすれば、距離が近付く。
一歩あゆみ寄ると、彼もまたあゆみ寄ってくれて、いつしか同じ位置にいる。
そこは決して格差がある場所じゃなく、目線も何もかも同じところ。
そうやって一緒にいることが、むしろ自然に思えていたのが不思議だった。
「本当に不思議ですけど…でも、だからこうしていられるのかなあって思って」
見上げた顔が、またすぐにうつむく。
恥ずかしそうに目線をそらし、それでもつないだ手のひらは解けない。

「運命…と、いうものだね」
友雅の声のあと、顎に添えられた指先で顔が持ち上げられる。
もう一度見上げると、近付いてきた鼻先同士がこつんとぶつかった。
「出会う運命、結ばれる運命。そういうもので引き寄せられたんだよ、私たちは」
夢物語と笑われるかもしれないが、そうじゃなければこんな現在があるだろうか。
あかねが言うように、普通だったらすれ違うことさえもないくらい、別々の場所で生きて来たのだ。
そんな二人が巡り会って、恋に落ちて、離れられなくなった。
幾度かの女性と恋愛のようなことを経ても、得られない想いが彼女と向き合ったとたんに目覚めるなんて。
「縁談もあったけど、妥協せず断り続けて良かったよ」
きっと、この出会いを運命が待っていてくれたのだろう。
自分に相応しいのは彼女だから、出会う時を待っているように、と。


「誰もいないよ」
「え?」
耳に近付いた友雅の唇が、囁くようにそう告げた。
「誰も見ていない。ここは薄暗いし、例え人が来ても見つからない」
だから------------------------
瞼が下りる。薄暗い闇に視界が塞がれる。
背中に回った腕があかねを引き寄せ、互いは同じものを求めようと近付き…そして重なった。
「ん、だめ、まだ離れては」
「でも…っ…人が来ちゃうかも…あっ、もう…」
言っているそばから唇は塞がれて、言葉も塞がれて。
抱きしめられる腕に、つい身体が自然に傾いてしまうから困る。
「見られたって構わないさ。この神社で結婚式した二人は、こんな風に幸せになれるって噂になるかもしれないよ」
「何言ってるんですか、もう…」
ちゅっ、と軽い口づけを繰り返し、人目を忍んで少し甘い口づけを。
ダメ、とか言ったって身体は正直。
彼とのキスは、止められない。いつも。

「家に帰ったら、私も父親あかねも母親に戻る。だから、それまではね?」
ここで結ばれたあの日のように。
または、結ばれる前の二人の気持ちで…ひとときを過ごそうじゃないか。
「じゃあ私、もうちょっと屋台で遊んじゃおうかな」
「何だ、そっちかい?屋台の魅力に、私は負けてしまったということかな」
くすくす…笑うあかねの声。
胸の中に寄り掛かる、彼女のぬくもり。
「友雅さんも、一緒に遊んでください?」
そういえば、夕飯も済んでいないから、少しお腹がすいてきた。
たこ焼き、今川焼、焼きそばにチョコバナナ、かき氷…よりどりみどり。
洒落たレストランや料理屋じゃなく、こんなジャンクフードも楽しくて美味しい。
「いつもはあの子たちに、食べさせるのが大変ですけど、今日は好きなだけ食べちゃいますよー!」
「ふう、仕方ないな。腹が減っては戦は出来ぬ、か」
キスの盛り上がりを振り払われて、少し残念な気もするけれど。
それでも、子どものように無邪気にはしゃぐあかねを見ると、まあいいかと思ってしまう。
「こんなところに、惚れてしまったんだからねえ…」
「え?何か言いましたー?」
先を歩いて行くあかねのあとを、友雅は笑いながら着いて行く。

あの子たちに、良く似ているよ。
いや、逆か。あの子たちが、良く似ているんだな…彼女に。
明るい笑顔も、人を和ませる話し方も。
私の心を満たす力を持っているのも、みんな母親から譲り受けたものなのだね…。
愛しさが溢れる。とめどなく常に沸き上がる。
それらに浸って生きる毎日は、幸せ以外の何ものでもない。


そんなことを思いながら、あかねに辿り着こうと歩いていた友雅だったが、少し先で彼女は立ち止まっている。
「どうしたんだい?」
追いついた友雅は、彼女の肩をぽんと叩いた。
「な、何でもないですっ!」
「何でもないとは思えないけどねえ。一体何が…」
逃げ出そうとするあかねの手を掴んで、その場に引き止める。
すると参道の奥にある森の中から、何やら甘い雰囲気が……。
「ふうん…なるほど、私たちだけじゃなかったみたいだね」
夏祭りはカップルも多いし、季節柄少し気持ちも大胆になったりする。
屋台の並ぶ表参道と違い、本堂裏にある森の参道は人の通りもなく薄暗い。
つまり、盛り上がるにはうってつけの場所、ということだろうか。

「い、行きましょうっ!お邪魔ですからっ!」
真っ赤になって、あかねは友雅の手を引いて歩き出した。
今しがた、自分だって同じようなことをしていたのに、頬を染めたりして可愛いじゃないか。
「やっぱり私たちも、見られていたかもしれないねえ」
「だ、だから、ここじゃダメって言ったじゃないですかっ!」
キスだけだったから、さっきのカップルよりもささやかだけど、それでもやっぱり恥ずかしくて赤面する。
「じゃあ、人の目が着かないところに行く?」
「ど、どこですかそれ!」
ぎゅっと手を握り返され、かあーーーーっと、更にあかねの顔が真っ赤に染まる。
まるで千歳にお強請りされた、りんご飴と大差ないくらい。
「ま、取り敢えず、あの子たちのお土産を調達するのが先だね」
そう言って、今度は友雅があかねの手を引く。


薄暗い参道から表へと向かうと、吊り下げられた屋台のランプや灯籠の明かりで、周囲がぼんやりと照らされて来る。
甘い恋人たちの雰囲気は消え、ここは賑やかな子どもたちの声でいっぱい。
リクエストの綿菓子にりんご飴。
「文紀は…確かべっこう飴が好きだったね。買って行ってあげよう」
しっかりと覚えている、子どもたちの好物。
黄金色に輝く、動物の形をした飴を一袋。
それらを買い求めた友雅は、続いて隣にある玩具屋に移動すると、そこにあるビーズの髪飾りを手に取った。
「最初に前を通り過ぎた時、これは良いかなと目をつけていたんだよ」
「え、そうなんですか…素早い」
いつのまにそんなものを見ていたんだろう。
本当に、子どもたちのことになると目が利くというか…ぬかりのない彼。

「二人の姫君にお土産だ、おそろいのね。それと、もう一人の私の姫君にも」
髪飾りと一緒に手に取った、桜色したビーズのブレスレット。
ピンクのヨーヨーにピンクのマニキュア。
あかねの指先が、春色に染め上げられる。

「さ、姫君。もうしばらく…恋人同士の時間に付き合っておくれ」
自宅には連絡を入れておいて、あとちょっとだけ甘酸っぱいひとときを。
シンデレラみたいにタイムリミットが来るまでは…恋人時間の魔法に包まれて、少し懐かしいキスを味わおう。






-----THE END-----




お気に召して頂けましたら、ポチッとしていただければ嬉しいです♪



***********

Megumi,Ka

suga