金銀砂子

 005
友雅と永泉が到着したあと、最後に土御門家を訪れたのは鷹通だった。
季節柄、藤原家でも星合の儀が催されている最中であったが、このような宴に招かれては無視も出来ない。

「やはりこちらに伺って、正解でした。このような素晴らしい楽を楽しめるとは」
子どもたちの歌声と演奏に耳を傾けながら、鷹通は目を細めてそう言った。
既に歌い終えたばかりの七夕の歌だが、後から来た面々にも聞いて欲しいからとのことで、改めて彼らは歌い始めた。
「文紀様、また一段と笛がお上手になられて…。とても豊かな音色でしたよ」
「あ、ありがとうございます!」
彼にとって、憧れの対象でもある永泉。
笛の技能を誉められた文紀は、照れくさそうに指を付いて頭を下げる。

「それにしても、すごいご馳走になりましたね」
帝が持たせてくれた、瑞々しい果物や食材が皿が並べられた。
大人には清酒を、子どもたちにはあかねが即興で作った、甘酸っぱい桑の実を絞ったジュース。
燈台と吊り灯籠に点された、小さな明かりが夜の闇を照らす。
「主上には、お礼を申し上げないといけないですよね」
「そうだねえ…。まあ、近いうちに子どもたちを連れて行くことが、一番喜んで頂けるかな」
あかねに酒を注いでもらいながら、友雅は笑って答えた。


そうこうしているうちに、千歳たちに急かされつつつ鷹通と永泉が、それぞれに短冊に願い事を書き上げた。
鷹通の認めた文字は、"五穀豊穣"。
多くの荘園を管理する彼らしい言葉を選んだものだ。
「あそこに飾った網の飾りはね、お魚がたくさん捕れるようにってお願いするものなのですって」
「そうなのですか。海の豊穣も大切ですね。私もお願い致しましょう」
千歳が説明する七夕飾りの由来に、鷹通は耳を傾けていた。
そして永泉が認めた文字は、"温柔敦厚"。
「他人を心遣う、穏やかで優しい心のことですね。人として、大切な心だと思いますよ」
彼の口からそういう言葉が出ると、本当に真実味溢れる。
まさに永泉自身が、その言葉通りの人格を持っているのではないだろうか。

「母様、父様もいらっしゃいましたし、短冊にお願いごと書いて飾らなきゃ!」
友雅が来るまで、先延ばししていた短冊。
さて、二人でひとつの札の表面に、一体何と言う言葉を書こうか。
「どうします?友雅さん」
「…そうだねえ」
まゆきを腕の中であやしつつ、少し考えていた友雅だったが、すぐにひとつの言葉が脳裏に浮かんた。
「漢字一文字にしようか」
色々な言葉を並べてみても、欲が出てしまってまとまらない。
何が一番大切なのか。
余計なものをそぎ落とし、根本にある真実の想いをひとつの文字で表せば-----------辿り着くそこには、愛しい命の名に通じていく。

「"幸"ですか?」
「そう。すべての幸い。これで十分なんじゃないかな」

まゆきが生まれる時、最後に落ち着いたのは子どもたちの幸せを願うことだった。
すべてにもたらされる幸いは、連鎖反応を起こして広がっていく。
個々の幸せの形は違えど、幸せを抱く人は幸せを分け与えられると。
「母様がね、そう話してくれたのだよ」
子どもたちに向けて、友雅はそんな懐かしい昔話を伝えた。
「そうですわね。幸せそうなあなた方を見ていると、私たちも幸せになりますわ」
中宮は、そう言って微笑む。
隣にいる藤姫も、頼久や鷹通やイノリも、永泉や…泰明でさえも、その言葉に納得したかのようにかすかな微笑を浮かべて。

「じゃあ、書きましょうか」
硯の墨に筆を浸して、あかねがまず一の字を。
筆を受け取った友雅は、それに続いて縦の一本を。
一角ずつ気持ちを込めて、筆を交替しながらひとつの文字を認めて行く。
幸せがすべてのものに訪れますようにと、願いを抱き、ゆっくりと。
そして、最後に友雅が筆を受け取った。
が、あろうことか彼はその筆を、まゆきの手に握らせた。
「文紀と千歳は願い事を書いたけれど、まゆきはまだだろう。ちゃんとみんなで、短冊を書かねばね」
まだ文字さえろくに書けない子に、短冊を任せることは無理に決まっている。
だから、父と母が認めた大切な言葉の、〆を彼女に書いてもらおう。

筆を握る小さな手。
その手を父が包むように支えて、筆は最後の一本を書き終える。
「まあ、しっかりした文字!まゆき様はきっと、書の達人になられるかもね?」
漆黒の墨で強く真っすぐに、友雅の手を借りつつも怖じ気づくことなく、彼女は筆を握りしめて文字を描いた。
「父様、一番高いところが良いわ。お星様から見えるところ!」
千歳にせがまれて、最後の短冊は笹竹のてっぺん近くにくくり付けた。
幸と書かれた桜色の短冊が、見上げた夜空を背景にひらひらと舞い踊る。

「見てごらん。星空がきらきらしていているよ」
角盥に映るものを眺めるより、見上げれば夜空には数えきれぬ満天の星が散らばっている。
空は、どこまでも広い。
人々の想像を超えるくらい、限りなくどこまでも続いている。

金銀砂子の天の川。
降り注ぐ星屑の明かりを目で追いながら、それらの星に願いをかけよう。




-----THE END-----



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2013.07.29

Megumi,Ka

suga