金銀砂子

 004
空が少しずつ暗くなってゆき、宵の明星が輝き始める頃になると、土御門家にまた一人来客が訪れた。

「あ、泰明さんいらっしゃい!」
紙細工がそこら中に散らばった広間に、泰明が足を踏み入れたとたん、ぱたぱたと勢い良く小さな足音が近付いて行った。
「やしゅあきさーまー」
嬉しそうに彼の足にしがみつくまゆきの身体を、泰明は両手で抱え上げた。
表情を変えない泰明と、ニコニコしているまゆきのアンバランスさには、毎回おかしくてつい噴き出しそうになる。
「ふわぁふわぁ」
まゆきは泰明の首掛飾りの羽根が気になるようで、何度も手で掴んだり撫でたり。
「…待て。今、外してやる」
泰明はあかねのそばにまゆきを下ろすと、自分の首飾りを外して彼女に渡した。
「良いんですか?大事なものですよね?」
「構わん。遊び道具になるのなら問題ない」
大人に対しては素っ気ないのに、子どもたちに対しては本当に寛容なのだから、まったく不思議だ。

「お師匠より、短冊を預かって来た」
あかねの話によると、短冊には個々に願い事を書いて笹に飾るのだそうだ。
念を込めるのであれば、祓を唱えた紙を使う方が効果がある。
というわけで、泰明の師匠である晴明が、使用する短冊の穢れを祓ってくれた。
それと併せて持参してくれたのは、山奥で湧く清水が入った小瓶。
そこは晴明が自身で見つけ出した岩場で、彼以外誰も場所を知らない。
「墨を擦る際に、この水を使えとの指示だ」
「わあ、いろいろとありがとうございます。晴明様によろしくお伝えくださいね」
「おまえたちが直々に、礼を言いにやって来る方が、おそらくお師匠も喜ぶだろうがな」
京で随一の稀代の陰陽師・安倍晴明。
その一番弟子として名高い泰明。
隣にいるのは、東宮の教育係として女官となった藤姫。
そしてその隣には、今上帝の妻・藤壷中宮がいる。
「何だか改めて考えると…凄い面々に囲まれてるんだよねえ」
「まあ、あかね様、どうなさったの?お疲れなら少しひと休みいたしましょうか」
大きな瞳を輝かせて、中宮が覗き込むので思わず苦笑する。

夢のような世界。
でも、夢じゃなくて、ここは現実。
家族がいて、愛する人たちがいる。
そして、愛してくれる人たちがいる。


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夜も更けて、星と星とが会合を交わす。
それらを祝福するように、宮中では厳かに歌や舞が披露されている。
「友雅殿が笛を奏でられるのは、久々ではありませんか」
楽の演奏が終わったあとで、顔を合わせた永泉がそう言った。
確かに、このような場所で笛を使うのは久しぶりだったかもしれない。
いつもは適当に琵琶で誤摩化すのだが、今宵はかさばるものは止めておこうと思ったからだ。
「永泉様の美しい音色を損ねるような腕で、お恥ずかしい限りです」
「とんでもない。皆、あなたの笛に聞き惚れておられましたよ」
観衆が耳を奪われていたのは、それこそ永泉の笛の音であろう。
落ち着きがあり雅やかで、どこまでも響き渡る…彼らしい聡明な音色だ。
「文紀も、今宵は永泉様にお会い出来るのを、朝から楽しみにしておりましたよ」
そんな会話を交わしながら、二人は内裏を出て陽明門へと急いだ。
門の外には既に牛車が待機していて、主が戻るのを待っていた。
宴を早めに抜けるように、とは帝からの直々の命だ。それは、今宵土御門家に招かれている永泉も同じ。
行く先はいつもと違うけれど、待っていてくれる彼らの元へと急ごう。


「さーさーのは、さーらさらー」
子どもたちが歌うのは、母の世界に伝わるわらべ歌。
七夕の夜に飾り付けた笹を眺める光景を、歌にしたものだという。
「お歌がお上手ですこと。文紀様の笛の演奏も素晴らしかったですわ」
歌い終わると、皆が拍手で賞賛をする。
さらさらと夜風の音。
飾り付けを終えた笹の葉が、歌のように揺れながら宴を彩る。

「赤い短冊は、イノリ殿のねがいごとが書いてありますのね」
千歳が指差す赤の短冊。"一人前の職人になれますように"と認めてある。
「もっと腕を上げて、親方の上を目指さなきゃな」
十分な技術を身に付けた今でも、更に歩き進もうとする。向上心の強いイノリらしい願い事だ。
薄藍の短冊には、頼久の文字が。
「ええと、何て読むのかしら」
短い言葉だが、難しい漢字で書かれているため、千歳には難解で分からない。
「"慢心を禁ず"と認めました」
現状がどうあろうと、それに満足していい気になってはならぬ。
自慢など無意味。おごりの感情を持っては向上出来ぬ。
「頼久のは願い事というよりも、信条のようねえ。もっと気楽に考えなさいな」
中宮に窘められて、頼久は苦笑した。
だが、そんな生真面目すぎるところも、彼ならではというところだろう。
しかし、頼久の短冊などまだ良い方。
小難しい漢詩のような言葉が認めてある短冊は、泰明が書いたものだ。
「結界を護る呪を書いた」
「それ、お札じゃないんですから〜」
泰明には、願い事という概念がなさそうだ。

主上が息災でありますように、とは中宮。
穏やかな世でありますように、とは藤姫。
「私と兄様はね、みんな元気でいられますようにって書きましたの」
「そうですわね。それが一番ですものね」
まゆきを抱っこしたまま、藤姫の隣に座った千歳はうなずいてみせた。
「母様は?まだ書いていないの?」
「うーん、父様がいらっしゃったら、一緒に書くわ」
きっと彼も、自分と同じ願いを持っていると思うから。
一枚の短冊に二人分の思いを込めて、彼と共に認めてみよう。



「失礼致します。主上より贈り物を頂きましたわ」
「えっ?」
現れた女房たちの手には、それぞれ大きな箱が二つほど抱えられて。
その後を付いて来たかのように、友雅と永泉が揃って顔を出す。
「父様と永泉様だわ!」
「遅くなってすまなかったね。でも、主上から温情を賜って、これでも早めに退散して来たのだよ」
駆け寄った千歳を抱き上げ、ふっくらした瞼に唇を落とした。



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Megumi,Ka

suga