黄金色の秋の宵

 006
「だが、現実問題として…どうなのだ?」
運命の悪戯のおかげで、出会えるきっかけは貰えた。
としても、互いの世界は普通ならば相容れることがない。
どんなに千歳が詩紋を一途に思い続けても、次に会えるのはいつになるか。
いや、もしかしたら二度と再会出来ない可能性だってある。
そんな相手に、娘の将来を預けてしまって良いのか、と帝は考えた。
初恋を諦めさせるのは酷であるが、二人の間には困難な問題が多過ぎる。
ならば東宮のそばに…とまでは言わずとも、この世界で良い相手を見つけてやった方が幸せになれるのでは?。
彼女なら引く手数多だろうに、と余計な世話を焼きたくなってしまう。

帝の伝えたいことを察した友雅は、目を伏せてかすかに微笑んだ。
そして再び瞼を開けると、帝の方を振り向いて言う。
「主上、御言葉を返すようですが、あの子は私共の娘ですよ?」
あっ、と帝は声にならないまま息を飲み込む。
「両親が経験したことを、子どもたちが経験しないとは言い難いのでは?」
一見友雅の言葉は非現実に思えるが、彼が口にするとそれらは現実味を増す。
彼女たちがこの世に生まれた理由を辿れば、誰だろうと絵空事に思えなくなる。
彼らの両親は、時空を超えて巡り会った。
友雅は桃源郷の姫君を手に入れ、そして文紀たちが今ここに生きている。
「そなたに言われては、反論できぬよ」
夢のようで、夢ではないこと。
二人の血を受け継いでいる子どもたちなら、再び奇跡を起こしても不思議ではないかも、と。
「元服や裳着を済ませたからと言って、すぐに相手を決める必要もないでしょう。意外と年を過ぎてから、本当の相手に出会えることもありますし」
ま、これも経験者だから言えることですが、と友雅は笑った。
「我々凡人には理解し難いことも、選ばれしそなたらには、至って普通のことかもしれぬな」
「何を申されます。主上が凡人となれば、我々など人以下になってしまいますよ」
冗談めいた会話を交わしながら、舞と楽に包まれて夜が更ける。
そろそろここから立ち去って、選ばれし子らに会いに行こうか。



部屋の御簾を開けると、そこはまるで満開の花畑を見るかのよう。
決して広いとは言えない室内に、皇后と中宮、そしてあかねと藤姫。
更に小さな姫君が二人と、彼女たちに負けず劣らず品のある少年が一人。
「主上、今宵はお招き頂きましてありがとうございます」
最初にそう言って頭を垂れたのは、彼らの母であり友雅の妻のあかねだった。
「久しぶりだな。私の方こそ、皆の息災な姿を見る事が出来て嬉しかったぞ」
「そうですわよ。可愛いお顔と素敵な楽を聞かせて頂けて、とても良い宴になりましたわ」
小さなまゆきが大層お気に入りな中宮は、彼女を膝に乗せて抱きかかえている。
文紀や千歳は藤姫と会うのも久しぶりなので、彼女のそばでずっと話し込んでいたようだ。
シャラン、と金属の涼しげな音が。
千歳の髪に揺れているのは、金細工の髪飾り。
「おお、そうだ、それは」
「主上に頂いたものですわ。御会い出来る機会ですので、差して頂きましたの」
「そうかそうか、実によく似合っておる。やはりこういう華やかなものが、千歳殿にはぴったりだな」
彼女を目の前にして、相変わらずの溺愛ぶりを見せる帝の隣では、また中宮がまゆきに話しかける。
「まゆき殿の髪のお花は、藤が贈ったものですわね。可愛らしくてお似合いよ」
「皇后さまと中宮さまに頂いた扇も、ちゃんと持ってますのー」
「ふふ、そうですわね。皆様それぞれの雰囲気に合わせて、選んだ甲斐がありましたわね」
そして藤姫が、文紀に言う。
「お兄様らしく、頼もしくなられましたわね。姿勢が良くて凛々しいですわ」
「有り難う御座います、藤姫様」
今宵一番の賑わいは、間違いなくこの部屋の中。
ここに一歩足を踏み入れれば、誰でも笑顔になってしまう幸せの源。

「友雅さん、主上とお話していたみたいですけど、何だったんですか?」
皇后と中宮が子どもたちを連れて来たときは驚いたけれど、友雅と帝がそこにいなかったので疑問に思った。
尋ねてみると、二人で話したいことがあるからと、彼は帝に引き止められていたと聞いた。
「何か失礼なことがあったとか…じゃないですよね?」
「大丈夫。全然そういうことではないよ」
うん、確かに子どもたちと向き合う姿を見ていると、特にそんな気配は感じない。
だったら何故、彼を引き止めて話す必要があったんだろうか。
「色々なことをね、話していたんだよ」
そう、自分たちのことや子どもたちのこと。
すべて、私と君が出会ったことから始まったこと。
過去の出来事を思い出していくうちに、また彼女への愛しさがこみ上げて来たようで、つい手を伸ばしてしまう。

「…ちょっ、友雅さんっ!?」
突然彼に抱きすくめられて、慌てるあかねの声に皆の視線が集まる。
「あらま、友雅ったら相変わらず奥方様に関しては、お盛んなのねえ」
「姉様…はしたないですわよ」
妹にたしなめられる中宮に、千歳があっけらかんと答える。
「父様は母様のこと大好きですもの。屋敷でもこれくらいのことは、しょっちゅうですわ」
「何言ってるの千歳はー!」
あかねがじたばたしても、友雅はまったく手を緩めようとしないし。
暗黙の了解で平然としている子どもたちに甘えて、いつも通り抱きしめて離そうとしないし。
こんな人目に晒された中で、唇を奪われないだけまだマシか…なんて、そんなこと納得してられないが。
「別に部屋を用意してやろうか、友雅」
「その御言葉には、正直心が揺らぎますね」
まあ、それはあくまで冗談。
続きは自宅でのんびり繰り広げてもらうこととして…。

「失礼致します。永泉様がお越しになられておりますが」
女房の声が聞こえて帝が入室を許すと、永泉が顔を出したとたん子どもたちが彼を出迎えた。
「永泉さま、こんばんはー」
「こんばんは、皆様。先ほどの演奏、とても素晴らしかったですよ」
文紀にとって永泉は憧れの存在。彼から褒められるのは、父に褒められるのと同じくらいに嬉しい。
そんな文紀に、彼は伝えることがあってやって来た。
「この後、もう一曲私と東宮様が演奏する予定なのです。如何でしょう、文紀殿もご一緒致しませんか?」
あまりにも突然のことで、文紀も喜んで良いのやらどうしていいのやら。
東宮と親交を深めて欲しいと、ついさっき帝から言い渡されたばかりなのに、こんなにすぐ顔を合わせる機会が来るなんて。
「行っておいで。せっかくのお招きだよ」
戸惑っていた文紀だったが、友雅に背中を押されて少し気が引き締まった。
以前一緒に演奏した曲だから大丈夫だ、と永泉にも促されたおかげで、ようやくその気になったらしい。

「これはまた、素晴らしい演奏になりそうだ」
帝は残された者たちと共に、御簾越しから舞台を見る。
側には千歳とまゆき、皇后に中宮、藤姫。興味津々に、皆これから聞こえてくる音色に耳を澄ます。
そして友雅は…さっきからあかねを抱え込んだまま、御簾の透き間から外に目を向ける。
「あの…」
顔を上げて口を開こうとした彼女の唇を、友雅はそっと指先で塞いだ。
「聞きたいことはあるだろうけれど、今は文紀の笛の音を聞いてあげよう」
そう言われてあかねはうなずくと、彼と同じ方向へ視線を向けた。

部屋のあちこちに飾られている菊の花。
丸みのある柔らかそうな黄金色の花を見ていたら、ふと誰かを思い出した。
屋敷に戻ったら色々話してあげたいのだけれど、どこから始めたら良いのかな。
予想してもいないことが多くて、そのたびに君は驚いたり笑ったりと、表情をころころと変えて見せるのだろう。
出会った頃の、初々しい君の面影そのままに。

君と語れる物語は尽きることを知らないから、焦らずにゆっくりとその時間を楽しんでいこう。
そしてまた、新しい物語が刻まれていく。
一日一日、君と生きて行く時間の中で。






-----THE END-----




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2015.09.30

Megumi,Ka

suga