黄金色の秋の宵

 005
しかし友雅は冷静に、帝からの申し出を断った。
普通ならば帝から後見を貰えるなど、願っても得られないものだが。
「主上のお申し出は大変有り難いことなのですが、文紀自身もあまり出世欲がない子のようでして」
自分の家柄を理解しているのか、それとも生まれついての性分なのか。
おそらく後者だとは思うが、官位を持つことに全く興味がなさそうに見える。
「勿体ないな。その才を活かせば、明るい未来がいくらでもあるというのに」
「そうですね…。まあ、強いて言うならば、今あちらの舞台に立つ者たちには興味があるようですが」
友雅の視線の先に見えたのは、舞台に立っている雅楽寮の楽師たち。
雅楽寮とは、宮中儀式等で雅楽を演奏する者たちが集まっている役所で、楽師を養成する役目も担っている。
"うたまいのつかさ"と古くから呼ばれている通り、歌や楽を奏でる者だけに限らず、舞を披露する舞師も存在する。そして、笛工という職人もいる。
雅楽に関わる者たちが集うそこは、大きく捕らえれば現代の音楽大学に似たものだろうか。
「なるほど、楽師か…。」
例え雅楽寮の上部役職に就いたとしても、与えられる官位は高いとは言えない。
だが、文紀の性格を考慮するならば、むしろその方が良いのでは…とも思う。
貴族世界で常に付いて回る出世競争に、彼が参戦する姿がどうしても描けない。
階級も地位も生活も、平凡で良い。
好きなことに触れながら、地道に穏やかに生きて行くのが彼には合っている。
「そうだな。文紀殿は心優しい子だ。私も彼を出世争いに関わらせたくない」
位を争う周囲の渦の澱みと荒々しさは、十分なほど身に染みて分かる。
あんなものさえなければ兄弟の想い出をもっと刻んで行けたはずなのだ。
「自身で将来を見据える頃に、今一度話をしようと思いますよ。ですが今は、出来るだけ自由に動かせてやりたいですね」
「そうか。それが一番良いことだな」
月の明かりの下で楽を奏でる者たちの中に、いつか成長した文紀が立っているかもしれない。
今よりもずっと凛々しく、そして美しい音色を奏でる楽師として。
それは遠い未来のことだけれど、その姿が容易く目に浮かんでくる。


「しかし、文紀殿についてそのような考えならば、当然千歳殿についても同じなのだろうな」
向かいの廂に吊された香炉から、菊花の香が夜風に乗せて漂ってくる。
演奏を終えて舞台を下りる楽師たちを見ながら、帝が次の話題を話し始めた。
「実を言うと、そなたに残ってもらったのは…千歳殿のことだったのだよ」
「千歳の将来のことですか?」
「ああ、そうだ。…ここだけの話なのだが、東宮が彼女を気に入ったようでな」
………何だって?
さすがに友雅も、その言葉に耳を疑った。
東宮、つまり皇位を継ぐ者。
次の世代で、この国の頂点に立つことを決められた者である。
その東宮が?千歳を気に入った?
「私から見れば、まだまだ愛らしい姫だが、東宮の目には十分美しい姫君に見えたのであろう」
二人が顔を合わせたのは、まだ彼女が齢三つくらいの頃。
あれから時は過ぎ、今宵こうして目の前に現れた千歳の姿は、彼の記憶以上の成長を遂げていたらしい。
文紀の笛に聞き入っているのかと思ったが、実は彼女をずっと見ていたのだ。

「それで、だ。少々早い話だが、いずれ宮中に上がるつもりはないだろうかと思ったのだがな」
「主上、さすがにそれは…」
「言わぬでも良い。分かっておる、無理強いはせぬよ」
ただ、と帝は続けて
「私も親なのでな、少しは手を貸してやりたいと考えただけだ」
自分の子の希望ならば、出来るだけ叶えてやりたい。
しかし、それによって他人の将来を強制的に束縛することはしたくない。
……密かに本音を言うなら、千歳が我が子の妻となったら良いだろうな、くらいは考えたりしたけれど。
「まあ、忘れてくれて構わぬよ。想いを抱いていた者がおった、と覚えておいてもらえればな」
「驚きました。全く想定しておりませんでしたので」
既に千歳はいくつか文を貰ってはいる。
しかし、文を送られる意味を理解しているとは言い難く、返信内容に困って結局友雅が代筆することに。
外を自由に出歩ける子だから、他にも好意を抱いている子がいるかもしれない。
子どもたちは大人が思っている以上に、早い時期からそんな感情を知るようだ。
しかし、だからと言って入内の話とは…。
二人が元服や裳着を執り行なうのは、年齢的にもうしばらく先。
それらが済んだら、彼らは成人として認められるのである。
当然、結婚を許されるようになる。
「先のことと考えていても、意外と、あっという間だぞ」
「そうですね。早いものです」
「そうだぞ。千歳殿が婿取りをするようになるのだ。想像出来るか?」
あの子が他人の妻となり、夫を迎える。
生まれた時の重さをまだ身体が覚えているのに、まったく年月の流れは早過ぎる。

「父として、どんな相手が彼女の婿に相応しいと思うか?」
友雅のことだから、子どもたちの意見を重視するだろう。
とは言っても親だから、最低限というか親の理想条件もあるはずだ。
「千歳に相応しい相手の条件ですか…そうですね」
しばらく考えて、舞台に舞師が上がった頃。
彼は少し遠い目をして口を開いた。
「心優しく誠実で、聡明。他人の心に寄り添える、そんな青年が良いですね」
妙に現実的な言葉が返って来て、帝は少々驚いた。
まるで友雅が誰かを思い描きながら、特徴を挙げているように思えたからだ。
「私からも、ここだけの話をさせて頂けますか。実はあの子には、もう心に決めた相手がおりまして」
-------------!!!
思わず帝の目が点になる。そして、すぐに問いつめる。
「あの年でそんな相手がおるのか!?そなた、承知なのか?」
「ええ。今、申し上げた条件すべてを備えた、素晴らしい青年です」
「何と…!どこの男だ。市井の者か?それとも貴族の子息か?」
「そうですね、主上も何度かお会いしている方ですよ」
帝の御前に上がることの出来る者など、かなり限定されてしまう。
既にその地位を持つ者か、それとも親が殿上人であるとか。
どちらにしても、かなり高位の出だと思うが、誰だと言うのだ。
あの姫君の心をつかんだ男は。
「もう少し情報をくれぬか。私が会った事があるのなら、ここに連れて来ることは出来ぬのか?」
友雅の子どもたちは、帝にとっても我が子同然のようなもの。
その子が心を寄せる相手は誰なのか、どうしても聞き出したい。
しかし友雅の返事は、意外なものだった。
「残念ながら、この京にはいない者ですので、お連れする事は出来ないのですよ」
この京にはいない者…?既にこの世の者ではないという意味か?
怪訝な表情で尋ね返すと、静かに笑みを浮かべ友雅は首を横に振る。
「元々、この世界の者ではないのですよ。私の妻のように」
この世界に住む者ではない。
あかねのように、龍神の神子のように異世界から来た者。
帝が思い当たるのは、八葉の二人。
性格を把握出来るほど直に接したことはないため、詳しくは分からないがどちらかと言えば…。

「敵に対しても、彼らの苦悩を理解しようとする。例え、同じような風貌で自分が虐げられても。」
「詩紋殿か!地の朱雀の…ああ、そうなのか」
柔らかそうな金色の髪をして、空色の瞳を持った地の朱雀。
鬼と似た外見に最初は驚いたものだが、八葉の中で一番幼いながらも懸命に現実と向き合った彼。
「何年か前に彼らが偶然こちらに来た時、それがきっかけだったようですよ」
「そうか…。うーむ…それは読めなかった」
千歳が恋した王子様は、黄金色の髪をした異世界の人。
彼の住む世界は、我々が行くことが出来ない桃源郷のような場所。


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Megumi,Ka

suga