黄金色の秋の宵

 004
「ああもう、何て可愛らしいのかしら…!」
母屋から舞台を眺めている中宮が、思わず感嘆の声を上げる。
帝を中心にして、左右に皇后と中宮。
この二人が同じ場で帝と共にいるなど、一昔前は考えられないことだった。
それが今やすっかり打ち解けて。まるで姉妹のように日々親交を深めている。
「主上が差し上げた髪飾り、千歳殿によくお似合いだわ」
「まゆき殿のお召し物も、あどけないお顔の可愛らしさが映えますわね」
「文紀殿の落ち着いた色合いのお召し物も、凛としたお姿と物腰にぴったりで」
奏でられる音色に耳を奪われながらも、目に映る彼らの姿について話さずにはいられない。
あれもそれも、どれもこれも、文紀たちのことになるとおしゃべりが盛り上がる。
自分の子どもでもないのに、どうしてこんなにも興味をそそられるのか。
「否応にも人目を集めてしまうのは、やはり父親の血であろうな」
笑いながら言う帝自身もまた、その中の一人なのだが。

「それにしても、またひとまわりもふたまわりも上達されたようだ」
舞台で続けられている彼らの演奏を聴きながら、帝がつぶやいた。
文紀の笛と千歳の琵琶は、さすがに双子というものか、息はぴったり。
そこに加わるまゆきも幼いながら、しっかり皆の演奏に沿って小さな指で弦をつまびいている。
「どうだ、そなたも認めた文紀殿の笛は」
賑やかな母達とは正反対に、舞台からずっと目を離さない東宮に帝は問い掛けた。
じっくりと腰を据えて、文紀の笛を聞くのは久しぶりだろう。
しかし、彼は随分と集中しているのか、帝の声が耳に入っていない様子。
まあ…せっかくなのだし、存分に聞かせてやるとしよう。
自分とは違う質を持つ音を聞いて、吸収するのも学びのひとつである。



演奏時間はそれほど長くないのだが、今日は特別長時間に感じられた。
大丈夫だとは思いつつも、無意識のうちにやはり緊張していたのだ。
帝の御前で、というより彼らが失敗しないことだけが気がかりで。
楽師たちに楽器の片付けを頼んで舞台から下りると、千歳が友雅の袖を引っ張って顔を覗き込む。
「父様!父様!ちゃんと上手く出来たかしら?」
「勿論。これまでの演奏の中で、今日が一番素晴らしかったよ。よく頑張ったね」
友雅がそう答えると、嬉しそうに千歳たちが飛びついて来た。
こう見えて彼女たちなりに、神経を尖らせていたらしい。
張りつめた糸が緩んだあとの表情は、普段通りの満面の笑みに戻っている。
一方で文紀の方は、というと。
「満足頂けるような演奏だったかなあ…」
文紀が気になっているのは、帝のことだった。
今夜の舞台に立つ事が出来たのは、そもそも帝が機会を与えてくれたからである。
その帝への感謝の意も兼ねて、恥じないような演奏をしようと挑んだのだが、果たしてどうだっただろう。

「文紀殿は、常に向上心が尽きぬようだな」
急に背後からその声がして、文紀は驚きながら振り返った。
帝だけではなく皇后と中宮も、小さな楽師たちを労おうとその場を訪れた。
「熱心なのは良いことだ。だが、今宵の演奏も私は十分に楽しませてもらえたぞ」
「そ、そうですか…ありがとうございます…」
優しい声で帝は言い、文紀の背中に手を添える。
帝に満足してもらえた安堵感に加え、直に御手を触れて頂いている緊張感とが混じりあい、少々不思議な気分を味わっている。
続いて今度は女性の賑やかな声が、子どもたちのところに近付いて来た。
「皆様、大変お上手でした。演奏が終わるのが名残惜しくなるほどでしたわ」
「お褒めの御言葉を頂き、大変嬉しく思います」
「どうもありがとうございますー」
「まあ、お礼を言うのはこちらの方ですわよ?こんなに素敵な演奏を聞かせて頂いたのですもの!」
望まれていただけの結果を出せた、と確信しても良いか。
やれやれ…滞りなく、無事にやり過ごせて一安心…と思っていたら、帝が文紀に声を掛けた。
「そうだ文紀殿。次に参内する際には、東宮に会いに行ってもらえぬか?」
「東宮様にですか…?」
「うむ。東宮はそなたの笛が大変気に入っているようでな。是非今度は一緒に奏でてみたいと」
敵対心という感情ではなくて、自分にないものを持っている文紀の音に素直に惹かれている。
だからこそ近くて耳を傾けて、共に奏でながら切磋琢磨出来たら、という思いがあってのことだった。
「僕なんかでよろしんでしょうか?」
「文紀殿だから、だ。それに、永泉も楽しみにしているようだしな」
楽しみなのは、永泉だけではないだろう。
今夜の演奏を聴いた者ならば、二人の合奏に耳を澄ましたくなる。
無論、帝自身…そして皇后や中宮も例外ではない。

「さあ、皆様お部屋に戻りましょう。お母様ともゆっくりお話ししたいわ」
あかねや藤姫も交えて会話を楽しみたい二人は、すぐにでも彼女たちの待つ部屋へ移動したいようだ。
「では、子どもたちに付き添ってやってもらえるか?」
「勿論ですとも!じゃあ参りましょう。お部屋には今頃、美味しいものがたくさんあるはずですわ」
皇后と中宮に手を引かれて、子どもたちは母たちの待つ部屋へと向かう。
そして友雅はその場に残された。帝の、意向だった。
舞台では再び雅楽寮の者たちが集まって、雅やかで荘厳な音色を奏でている。
さすがにプロ。楽を職にした者たちだから、完成された安定感のある演奏である。

「文紀を東宮様の御前に伺わせて頂いて、本当によろしいのですか?」
「構わぬよ。私もそなたと同じく親だ。子の希望を尊重してやりたいではないか」
東宮という立場になってしまうと、同世代の少年と接する機会がなくなる。
大人ばかりに囲まれて、自らも子どもの感情を抑えなくてはならない。
それはとても大きな重圧で、逃げ出したくなることもしばしば。
帝自身、東宮時代はそういう経験をしてきた。
気の合う同世代の友人がそばにいてくれたら、悩みも打ち明けられたのに…と何度も思った。
「文紀殿ならば、きっと良い友人になってくれるのではと思ったが、どうだ?」
どうだ、と言われても…文紀には大役過ぎる気がしないでもない。
が、彼は真面目でしっかりした性格だから、礼儀をわきまえて対応出来る。
「そうか。これからも遠慮なく、文紀殿を連れて参内してくれ」
帰宅したら、文紀にきちんと話してやらねばならないな。
年が近いとは言え相手は東宮。
常に敬うことを念頭に置いて、その上で着かず離れずの距離感を持つこと。
まあ、文紀のことだからそれくらいは、ちゃんと理解しているだろうけれど。

「東宮の友人ともなれば、先のことも考えてやらねばならぬな」
いかにも大人らしい笛の音が舞台から漂う中、帝が扇を手に添えつつ言った。
「楽だけではなく、美しい書を認めると聞いておるぞ」
その他にも、蹴鞠や弓なども優れていると噂がある。
「あの年でそこまで網羅しているのであれば、将来は大成するであろうな」
「さあ、それはどうでしょうか。何より我が家の名では、それほど出世は望めないと思いますが」
京に存在する貴族の中で、橘家の位は自慢出来るものではない。
高い官位を受けて出世していく為には、家柄というものが強く左右する。
故に橘家という名前で昇れる地位は、限界があるということだ。
「そう言うな。何なら、私が後ろ盾をしても構わぬぞ?」
友雅の子どもたちを、赤子の頃から見守って来た。
どんな風に育ってきたか、どんな性格なのかも帝は詳細まで理解している。
文紀は後ろ盾をするに値する子になった。そう自信を持って言える。
それに、あれだけ優れた男子を昇格させないのは、はっきり言って勿体ない。
遠い将来、この国を支える礎になるに相応しいものを、その身に兼ね備えているのだから。



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Megumi,Ka

suga