黄金色の秋の宵

 002
「文紀殿は内面から滲み出るものですが、千歳殿ははっきりとお父上譲りが分かりますわね」
双子だから、二人並んでみればなるほど似ている。
しかしそこは男女の違いもあり、文紀は性格もあって凛とした雰囲気を持っているが、千歳は緩やかに波打つ髪も面持ちも明らかに父親似。
「艶やかなお召し物や飾りが、よくお似合いで」
「それでいて朗らかでよくおしゃべりになられるので、ついついお引き止めしてしまいますわ」
千歳が参内する機会は多くはないため、いざその予定が知れ渡ると当日は御簾から彼らを覗く者が大勢。
時折中の主や女房が声を掛けると、必ず彼女は立ち止まって振り返る。
贈り物でも差し出した時は、そのはきはきとした声でにっこり微笑み礼を言う。
「奥方様や妹君とお手を繋いでいるところなど、本当に可愛らしいお姿で」
父親とはまた違った形で、彼らは宮中を華やかにさせてくれる。
だから今回の重陽宴の期待は、皆半端ではない。
「千歳殿の琵琶を聞かせていただけるとのことで、私も楽しみにしています」
「琵琶の腕前も父親譲りだ。良い音色を響かせてくれるであろうな」
菊のつぼみがひとつ、またひとつと花開いて行く。
夏の面影はすっかり消えて、秋の花が京を彩り始める。

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秋の夜長に庭から聞こえてくるのは、小さな小さな虫たちの泣き声。
そんな虫の声に合わせるように、屋敷からは笛と琵琶の音が響き渡っている。
「父様、どうかしら」
一曲弾き終えた千歳が、耳を傾けている友雅に問い掛ける。
「短い時間で、よくここまで上達したね。十分に出来ていると思うよ」
「ホント?まゆきも大丈夫?」
「ああ。ちゃんと兄上と姉上の音に合っているし、心配いらないよ」
友雅のお墨付きをもらい、千歳たちはホッと胸を撫で下ろした。
自分ではちゃんと出来たと思っても、父が納得してもらえないと落ち着かない。
だが、頑張った甲斐があった。
これで取り敢えずは一安心、ということだろう。
「だからと言って、気を抜いてはいけないよ。当日まで、ちゃんと練習は続けなくてはね」
「主上によろこんでいただけるように、がんばりますわ」
「そうだね。練習すればするほど上手になるよ」
大きな琵琶を一生懸命抱えるまゆきの背中を、友雅は支えながら額に唇を付けた。

「もう入っても大丈夫かしらね?」
静かに戸が開き、あかねが部屋の中を覗き込んだ。
子どもたちの稽古を邪魔しないようにと、区切りがつくまで入室を控えていたのだった。
「構わないよ。今日はもう十分頑張ったからね」
友雅に言われて部屋の中に入ると、子どもたちは熱心に楽器の手入れをしている。
片付ける前にはきちんと手入れをすること。
友雅から教えられたことは、絶対に忘れないし怠ることはない。
「どうしたんだい。随分大荷物だね」
祥穂と侍女たちが葛籠を抱えて来たのを見て、彼はすぐに立ち上がり手を貸した。
葛籠は三つ。子どもたちの衣が入ったものである。
「せっかくだから、友雅さんにも一緒に選んでもらえたらと思って」
千歳の袿、まゆきの袿。そして文紀の装束。
少し落ち着きのある色合いが多いのは、秋冬向けを詰めた葛籠だからだ。
友雅の子どもたちは、かなりの衣装持ちである。
いや、それは子どもたちに限ったことではない。母親であるあかねも、こう見えて結構な数の装束を持っている。
大概は友雅が揃えたものだが、子どもたちの装束に至ってはそれに限らない。
恐れ多くも、帝や皇后から贈られたものが少なくないのだ。
「やっぱり宮中に上がるんですから、頂いたものから選んだ方がいいですよね?」
「そうだねえ…」
数日後に内裏で行われる重陽宴で、楽を奏でることになった文紀たち。
今回は帝からの招待であるし、贈られた装束を身に着ければ喜んでもらえるはず。
「三人とも、着たいものはあるかい?」
一応、本人たちの意見に耳を傾けてみる。
文紀は男なので、あまり悩まず落ち着いたものをいつも選ぶので楽。
だが、千歳たちは選択肢が多いので時間が掛かる。
「どれが良いかしら…。綺麗なものがたくさんあるから、なかなか選べないわ」
帝から贈られた袿は、織りも生地の質も自前の袿とは比べものにならない。
家宝のようなものなので、特別な時にしか着ないようにしている。
だからこそ、こういう時はあれもこれもと目移りしてしまう。
それに加えて重ねの色目や髪飾りなども合わせねばならないし、衣装選びは本当に一苦労だ。

「莟菊…かな」
選べないでいる二人に、友雅はさりげなく助言を促した。
菊花の宴だから黄色は合うし、明るい黄は朗らかな千歳に映え、紅色は愛らしいまゆきに似合う。
この色目に合わせて袿を選べば良いのでは。
「唐衣は柑子や淡蘇芳なら似合うかな」
「ありますよ。ただ、柑子色の唐衣は友雅さんが買ってくれたものですけど」
そう言ってあかねが取り出したのは、確かに見覚えのあるものだった。
彼が千歳の何度目かの誕生日に、縫殿寮に頼んで特別に仕立ててもらった唐衣。
さて、どうするべきか。帝の期待に応えるべきか、それとも彼女に似合うこれを選ぶべきか。
そんな風にこちらが策を練っている間に、千歳自身があっさり答えを出した。
「じゃあ、父様の下さったこれにするわ」
「え、そう?じゃあ…これで良いでしょうかね?」
本人が良いというのなら、反対する理由はないが。
「これが良いの。父様が柑子色を勧めて下さるんだもの、間違いないわ」
帝が贈ってくれた唐衣は、豪華できらびやかでとても綺麗だ。
だが千歳にとっては父が心を込めて選んでくれたそれも、大差ないほど美しいものに見えている。
「姫君は父様を喜ばせるのが上手いねえ」
この世で一番深い愛情を注いでいるのが誰か。
そしてその愛情は、疑う必要がないことを彼女は知っている。
絶対的に信頼出来る相手なのだと、彼女の笑みは理解している。
「それでは、千歳の髪飾りは主上から頂いたものを使わせてもらおう」
まゆきには藤姫から貰った、花の髪飾りをあしらうと良いだろう。
三人に持たせる檜扇は、皇后と藤壷中宮から贈られたお揃いのもので。
「良かった。ようやく当日の装いが決まって、ホッとしました」
祥穂たちと顔を見合わせて、あかねは安心した表情でそう言った。
帝の御前で披露したことは
あるけれど、今回は多くの官人や女房たちの目もある。
市井の人々に混じって演奏するのとはワケが違う。
身支度にも、一層気を使わずにはいられない。
「私も着いているから、そんなに心配しなくても大丈夫だよ」
友雅も横笛を手に、子どもたちと舞台に上がる。あくまで黒子的な存在で、だ。
まあ本番に比較的強い子らなので、大きな失敗はしないだろうと思われるが。

「では、そろそろ床の方へ参りましょうか」
稽古の時間が長かったので、子どもたちは既に床に着く時間を過ぎている。
祥穂たちが三人を促しながら、彼らを寝所へと連れて行った。
「最後は、あかねの番だね」
「え?」
今しがた選んだ装束を丁寧に畳むあかねに、友雅が言った。
「おそらくあの子たちのことで頭がいっぱいで、自分の装いはまだ決めていないのだろう?」
ああ、やっぱり彼には見抜かれていたか。
全くその通り。自分は舞台に立つわけではないから、無難なものを選べば問題ないと思って後回しにしていた。
「いいや、適当な選び方は駄目だよ。子どもたちだって正装なのだから、母親の君がおざなりではいけない」
「そうですね…」
友雅は、苦笑してためいきを着くあかねの手を取る。

「さあ姫君、私にお任せを。これは、君の美しさを知り尽くしている私にしか出来ないことだからね」
「も、もう…そこそこで良いですから!そこそこで!」
頬を寄せられ耳元で囁かれ、心臓の鼓動が彼に伝わってしまいそう。
こんな甘い台詞を口にしても、全然違和感を覚えないのが本当に凄い。あまりにも自然に耳に入ってくる。
それでもやっぱり、慣れる事はない。
何度聞いてもぞくっとするし、どきっとしてしまうから困ってしまう。

……けど、ホントはやっぱり嬉しい。



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Megumi,Ka

suga