もうすぐ全員の分が出来上がるので、友雅たちもコーヒーを貰うことにした。
もちろん、子どもたちが飲むのはミルクたっぷりのカフェオレ。ただし、まゆきだけはハニーミルク。
「でも、意外と本格的な朝食が出来ているんじゃないかい?」
「そうですね、なかなかですよ?」
地元で人気のベーカリーで買ったバターロールを、レンジでチンしてふわふわに。
チーズとジャムとバターを添えて、ソーセージにケチャップを。
野菜は母に手伝ってもらって細かく刻み、コンソメと煮込んでミネストローネ。
食後のデザートには、地元産のメロンを冷やしてある。
「ホントはサラダも作りたかったのだけど、お野菜買い置き出来ないからスープにしましたの」
最初はハラハラしていたが、特に心配することもなく朝食は完成。
日頃からあかねの手伝いをしていたからか、見よう見まねで手際を覚えたらしい。
「夏休みになったら、早起きして母様のお手伝いしようかしら」
「良いね。夏休みが終わる頃には、一人前のシェフになっているかもしれないよ」
ここにもまたひとつ、成長の形。
たくさんのことを吸収しながら、子どもたちは新しい楽しさを見つけ出していく。
朝食を終えて少しくつろいだあとは、いよいよ今回のメイン。
「文紀の着付けは、私が手伝おう」
「あ、ありがとうございます。助かります」
女性と比べれば男性の着付けは楽だし、友雅も自分で帯くらい結べる。
いずれ時期が来たら文紀にも教えてやろうと思うが、取り敢えず今は父が手伝ってやることにする。
「文紀は落ち着いた柄が似合うね。大人っぽく見えるよ」
紺地に縦縞とトンボ柄。鮮やかなブルーの帯をアクセントに。
「最後にこれを文紀にあげよう」
そう言うと友雅は、懐から扇子を取り出した。
広げてみると、水色の地に夏草とトンボ。文紀の浴衣柄にぴったりだ。
「父様のものだけれど、これは聡明な文紀の方が似合う」
「良いの?こんな立派なものなのに…」
「だからだよ。文紀なら絶対に大切にしてくれる、と信じているから」
友雅の曾祖父が、名のある人物から贈られた扇子。それは、芸術に詳しい人なら誰でも知っている相手だ。
子どもに譲るにはいささか重荷ではがあるが、慎重で丁寧な文紀なら預けても心配はない。
「用意出来ましたよー」
千歳たちがやって来て、一気に空気が華やぐ。
「今回は手軽にしようと思って、作り帯にしちゃいました」
「十分だよ。あくまでプライベートなのだから」
ピンクのリボンに格子の赤い帯。彼女たちの前では、どんな花でも霞んでしまいそうだ。
「さあ、お楽しみの場所に参りましょうか、姫君たち」
ドアを開けると、まゆきと手をつないで真っ先に飛び出して行く千歳。
彼女にはまだ、しとやかさよりも朗らかさの方が似合うな。
友雅は苦笑しつつ、玄関の鍵を閉めた。
パンフレットで見た通り、植物公園の紫陽花は品種も数もかなりのものだった。
花の色で揃えられていたり、或いは西洋アジサイなど品種ごとに植えられていたりと、子どもにも見やすい工夫がされてある。
「父さま父さま、幼稚園のあじさいはこんなピンクなの」
西洋アジサイのエリアでまゆきは立ち止まり、友雅に指差してみせた。
「あ、ホントだ。そうです、色はとても似てますよ」
目にも鮮やかなピンク。南国に咲いていても違和感がないほど、はっきりとした色味をしている。
「凄く綺麗!こんなピンク色の紫陽花があるのね!」
千歳にとっては初めて見る紫陽花。漢字の通り、紫色の花ばかり見ていた彼女の目には、新鮮に映ったことだろう。
「でも、あっちにあるピンクも綺麗だわ!」
ピンクと言っても色々あるもので、薄いピンクや縁取りのあるものや小さい花がびっしり詰まったもの。
他にも絞り模様があるものなど…数えきれないほどの種類がここには集まっている。
「今からあんなにはしゃいで、最後の場所まで持ちますかね?」
「各所楽しみ方は違うからね。むしろ、私たちがあの子たちに着いて行けるか心配だよ」
まあ、出来るだけ自由に遊ばせてあげて、こちらはほどほどのペースで楽しんで行こう、と友雅は言った。
今日は青空が見えない。白い雲で覆われていて、天からの日差しを遮っている。
雨の予報はないらしいが、そのせいかとても涼しく感じる。
「似合うよ」
「え?」
突然友雅に言われて、はっとして顔を上げた。
「浴衣。袖を通して正解だったね」
ああ…そうだ。昨日話していた例の浴衣。
身につけた自分を鏡に映してみたけれど、似合っているか?と考えるとやはり未だ何とも言えず。
でもまあ、きちんと着付けていれば変には見られないだろう。そう自分を納得させて出て来たのだが。
「あかねは元から、自分を過小評価するクセがあるね。そんな必要などないのに」
「そうですか…ね?」
「そうだよ。だから、こちらとしては何としてでも理解させたくなってしまう」
……君の魅力がどれほどのものなのかを、ね。
耳元で囁かれて、びくっと身震いがした。
「父様ー!園長様がいらっしゃってるの」
あかねの腰に手を回そうとしたら、千歳の大きな声が。
子どもたちのそばに初老の眼鏡の男性が立っていて、頭を下げながらこちらへとやって来た。
「お話は伺っております。ようこそいらっしゃいました」
彼は、この自然公園の園長である。
今日友雅たちがここに来ることを、別荘の管理人から伝えられていたらしい。
「子どもたちが騒いですみません」
「いえいえ。ここは子どもさんが植物を見て、触れて学ぶ場でもあります。存分に楽しんで頂いて結構ですよ」
植物にはすべて名前の札がついていて、簡単な説明も書かれている。
文紀は気になる植物を見つけると、その名をメモしていた。
「勉強熱心なお坊ちゃんですね。お嬢さん方は明るくて可愛らしい」
まるで孫たちを見るような目で園長はつぶやいた。
「ご家族で浴衣とは、風情があって良いですね」
特に…と、園長の目があかねに向けられる。
「奥様の紫陽花柄。古風で清楚で、しとやかな奥様によくお似合いです」
「え、あ、ありがとうございます…っ」
まさか他人からそんなことを言われるとは思わなかったので、びっくりしてどもってしまった。
しとやかな奥様って…私が?何だか一番不釣り合いな言葉をもらった気が。
お世辞なのかなあ。お世辞でも悪い気はしないけど…。
「私の言った通りだろう」
園長が立ち去ったあと、改めて友雅が腰に手を回して来た。
「出会った頃の可愛らしさはまだ消えていないけれど、女性の色香も今のあかねは持っているよ」
「色香!?」
それこそ自分には縁のない言葉だと思うが。
「だったら、あかねがそばにいると常に滾ってくる私の想いは、どう説明するつもりだい?」
身体をぐっと近づけてきて、しっかりと腰を掴まれて。
ちょ、ちょっと、いくら平日で人気があまりないと言っても、こんな公園の真ん中でまさか…っ。
「父さま、母さま」
いつのまにか足下に、まゆきが。
「あのね、園長さまが中でお茶をどーぞって」
「あ、そうなの?じゃ、早く行かなきゃですね!」
二人がまゆきを連れて足早にテラスハウスへと向かうと、一足早く着いていた千歳たちが出迎えた。
「仲良きことは美しきかな」
あかねたちを見ながら、にこにこしてその言葉を口にする。
「この間、国語の先生に教えていただいたの。それって、父様と母様のみたいな二人のことを言うのね」
「千歳っ!」
頬が熱を帯びて赤く染まって行くのが分かる。
それでも千歳たちは悪びれる様子もなく、天使の表情で両親を見る。
「まあまあ落ち着いて。父様と母様だけでなく、千歳も文紀もまゆきもみんな仲良しだよ」
仲良きことは美しきかな。
きらきらと輝く笑顔に溢れた美しい光景が、いつも彼らの周りには広がっている。
-----THE END-----
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