葉桜の空

 002
永泉たちが部屋に通されると、さっそくお茶が運ばれて来た。
しかしそれだけではなく、話が弾んでいるうちにあっというまに昼食までもが、きちんと祥穂たちの手で人数分用意された。

「申し訳ありません、お昼前においとませねばと思っていたところを…」
「良いですよー、お食事は大勢で食べた方が、賑やかで美味しいんですから」
遠慮しないでくださいね、と言いながらあかねは、テーブルの上に次々と料理を並べはじめた。
綺麗に盛り付けられたちらし寿司に、いちごやキウイなどのカットフルーツ。
こどもの日らしく、ちまきや柏餅も並んでいる横で、大人のためにと簡単なお造りも添えられた。

「はい、兄様の分のちらし寿司よ」
金色の錦糸卵やきらきらしたいくら。千歳がうっすら青い皿を文紀に手渡した。
「実はこのちらし寿司はね、千歳があかねと一緒に手伝ったんだよ」
「え、そうなの?」
びっくりして詩紋が顔を上げると、千歳はこくりとうなづいた。
「ここのところ、すっかり料理に興味を持ってねえ。いつも親子で台所に立っているんだよ」
「そうなのですか…。やはり、女の子でらっしゃいますね」
去年のクリスマスやバレンタインのチョコなど、千歳は今、手作りというものにハマっている。
自分だけのオリジナルが作れることが楽しいのか、それとも誰かのために作るのが楽しいのか。
「だって、今日は兄様のお祝いの日ですもの。美味しいものを、作って差し上げたかったのよね、母様!」
「ふふ、そうねー」

張り切って夕べから仕込みを手伝っていた、彼女の姿が思い浮かぶ。
そういえば自分も、小さい頃はこんなだったなあとか。
父だろうが母だろうが、作ったものを美味しいと言ってもらえるのが嬉しくて、色々なものに挑戦したくなったのだ。
詩紋のように、その道を極めるほどの腕は付かなかったけれど、今でも料理をするのは大好きだ。
子どもたちと一緒に何かを作り、それをみんなに美味しく食べてもらえること。
大好きな人に喜んでもらうことが、やっぱり今も嬉しい。
千歳だって、きっとそうだ。
幼いけれど気持ちはもう、立派な女の子だ。
兄の文紀や父の友雅や……そして詩紋とか。
彼らから嬉しい返事を期待して、少しずついろいろなことを覚えて行くのだろう。

「さあ皆様、詩紋様から頂いたケーキをお切り致しましたよ」
祥穂がケーキと小皿を乗せたトレイを抱えて、部屋の中へ入って来た。
今回彼が作って来たのは、新緑のように鮮やかな緑の抹茶を使ったケーキ。
和栗と小豆などを使ったそれは、和菓子のような雰囲気で今日のような日にはよく似合う。
「文紀くんは男の子だから、可愛いのよりもすっきりした感じの方が、良いかなあと思って」
「あ、すいません…そんな気を使ってもらって」
軽くぺこり、と文紀は頭を下げる。
そんなことたいした話ではないのに、奥ゆかしい控えめな態度は小さい頃からずっと同じだ。
「う〜ん」
友雅の膝の上から、ころんとまゆきが下りる。
そして彼女は文紀の膝に向かって、ちょこちょこと歩き出した。
「ふう、やっぱりずっと父様の膝でおとなしくは、してくれないか」
苦笑いする父を尻目に、すぐにまゆきは文紀の膝に辿り着くと、大好きな兄に抱っこされてにこにことはしゃいだ。
「母上、つぶしてもらったいちご、僕がまゆきに食べさせるから」
「はいはい、おねがいねお兄ちゃま」
ミルクの中に小さめのイチゴを潰して、すくったスプーンを近付けると、あーんとまゆきが口を開いた。

「千歳様もまゆき様も、お兄様が大好きですね」
「文紀くんは、優しい男の子だからなあ」
「二人とも、少々ブラコンが過ぎる気もするけどね。まあ、それでも仲が良いのは良いことだよ」
友雅はそう言いながら笑うが、そういう彼も重度の親バカだろう、とあかねたちは笑う。
自分を皆がそんな目で見ているだろうと、友雅自身も自覚はそれなりにある。
「でも、文紀は今のまま成長してくれれば、それで良いと私は思うよ」
ふと目をやった彼の視線の先には、雄々しい鎧飾り。
今にも立ち上がり、弓を手に敵を射るのではないかと思うほどに、強そうな風貌をした鎧である。
「文紀に五月人形を買ってやろうとした時、本当はこういう鎧兜みたいなものじゃなく、もっと柔らかな雰囲気のものにしよう、とあかねと話していたんだよ」
ね、とあかねの顔を見ると、彼女は昔を思い出してくすりと笑った。

強く勇ましい鎧を着た武将より、可愛らしい童人形が良いのではないか。
最初にそう言い出したのは、あかねだった。
「戦うための強さとかじゃなくて、優しさの"強さ"を持って欲しいなって思って」
「優しさの…"強さ"ですか」
力をひけらかし、相手をねじ伏せて負かす強さではない。
本来の心の強さ。例え文句を言う相手であっても、その人の寂しさや辛さを見逃さずに、手を差し伸べられる心。
「確かに男として力は必要だけれど、他人に耳を貸さずそれを振りかざすようではね、困る」
人は、一人で生きているわけではない。
家族はもちろんのこと、友達や、友達の友達や…特に知り合いでもない人もいる。
だがそんな人たちがいるからこそ、世界はこうして成り立っている。誰一人、欠けて良い存在は無い。
「力も権力も、自分のためにあるものじゃない。自分だけが持っていても仕方ないことだ。それを使う知恵を持つことだね」
「そっかあ…。うん、そうかもしれませんね!」
色々な知恵や知識は必要。勉強だけではなく、心の知識。
あかねは友雅にも、そう教えてくれた。
心の豊かさが、すべてを作り上げるものなのだ-----と。

「大丈夫よ父様!兄様はとっても優しいものっ」
話を聞いていたのか、千歳が振り返ってはっきりと言った。
「そうだね。文紀は小さいころから、誰よりも優しくて思いやりのある子だ」
うん、とあかねもうなづくので、文紀本人は少し照れくさそうにうつむく。
そんな風に、持ち前の思いやりを見せびらかさないところも良い。
「父様の、自慢の息子だよ。理想的な少年に育ってくれて、本当に嬉しいよ」
友雅は手を伸ばし、彼の頭をそっと優しく撫でた。
母によく似た、さらりと細くしなやかな髪。素直な彼の性格、そのものの感触だ。
「母様も、文紀が優しい子でいてくれて、本当に嬉しいわよ。ずうっとそんな文紀でいてね」
「ええっ?ぼ、僕は別にいつも、普通にしてるだけで…」
両親と永泉たちに見守られ、ますます文紀は頬を赤らめる。

「もう、母様も大丈夫よっ!兄様より優しい男の子なんて、どこにもいないわっ」
「んー…にーにー」
「ほらっ、まゆきもそうだって言ってるもの」
彼の腕の中にいたまゆきが、赤くなった頬に手を伸ばす。
「学校のお友達も、みんな兄様は優しくって素敵だって言ってるもの。これからも、ずーっと兄様は優しい兄様よ」
ああ、ほらまた…そんな風に言えば言うほど、文紀の顔は赤くなってゆく。
だからみんな、彼から目を離せなくなるのに。

「千歳、兄様が優しいのは分かったけれど…もう一人くらい心当たりがいるんじゃないのかい?」
ん?
友雅に言われて数秒考えて、はっと千歳は目の前にいる彼に気付く。
「詩紋殿もっ!詩紋殿もとっても優しいわっ!…え、えっと永泉様もっ!父様もみんな優しいわっ!」
「ふふ、ありがとうございます千歳様」
「ありがとう、千歳ちゃん」
彼らから笑顔の返事をもらうと、今度は彼女のほうが顔を赤くする。

「みんな良い子に成長してくれて、父様たちは幸せだ」
子どもたちの小さな手を取り、指先にキス。
いくつになっても、彼らは自分たちにとって宝物。
この世にひとつとない、まばゆい暖かな宝石だ。




-----THE END-----



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2011.05.08

Megumi,Ka

suga