春の足音

 後編/006
出産を全て終えたあかねは、西の対にある寝所に移動されていた。
床の中で横になり、一人安静にしていた彼女だったが、友雅がやって来ると肘を着いて起き上がろうとした。
「ああ、ダメだよ。もう少し横になっておいで。」
慌てて友雅は、あかねをもう一度寝かせる。
何時間も苦痛に耐えた身体は、完全に体力を消耗しているはずだ。
すぐに食事な出来ないだろうから、しばらくは眠って力を蓄えるしかないだろう。

「眠った方が良いよ。疲れているだろう?」
「うん…。でも…もうちょっとだけ、友雅さんのこと見ていたいから。」
ふふふ、と愛らしく笑って、あかねはこちらを見る。
「君が普通の身体で、そんな台詞を言ったなら、絶対に眠らせないんだけどねぇ」
そんなことを言いながら、友雅は横になった。
あかねの隣に寄り添い、普段一緒に抱き合って眠るような格好で。

「まゆきは?」
「兄上と姉上に、お守りを頼んできたよ。」
もちろん、五つの子ども二人にお守りが出来るわけがない。
でも、鷹通や頼久、イノリや永泉も一緒にいるし、何より祥穂がいてくれるから…大丈夫だろう。
「喜んでいたでしょう、あの子たち」
「今にも飛び付いて来そうだったよ。特に千歳の方がね。」
光景がすぐに思い浮かんで、あかねは声を上げて笑った。
今までは文紀の妹扱いだった彼女も、今度はれっきとした姉になる。
「千歳以上のおてんばさんになったら、どうしましょうねえ?」
「ま、それも可愛くて良いんじゃないかい?」
我が子に対しては、本当に甘い彼。
きちんとした指導もするけれど、基本的にはやっぱり親バカ…だなあ、なんて思うと吹き出したくなる。

出会った頃は、こんな人だとは思わなかったよね…。
恋をして、結ばれたあとでも、自分の中にあった友雅さんのイメージは、今の友雅さんとは違ってた。

だけど…そんな友雅さんが好き。
私たちの子を、惜しみなく愛してくれる、父親としての友雅さんも好き。
そして、いつもそばにいてくれる友雅さんが…。
辛いときも、病めるときも…って、結婚式の誓いの言葉みたいに、私のそばにいてくれる。
離れずにこうして、今も隣にいてくれるから…。


「よく、頑張ってくれたね…」
彼女の頬を両手で包んで、友雅は上半身を起こす。
唇を重ねて、優しく抱きしめて、そうしてもう一度唇を重ねた。
「改めて、君をこんなにも愛している自分に気付かされたよ」
「……友雅…さ…ん」
目を閉じて、彼の腕に抱かれる。
今は遠慮なく、愛してくれ…と甘えてみたい気分。
これからはまた、母親として忙しくなりそうだけれど、今日くらいは…。

「友雅さん…そばに…いて。ずっとここにいて…」
「離れないよ。どんなことがあっても、君の側にいるよ。」
指と指は、しっかりと結びあって、ほぐれないように。
寄せ合う身体は、ぬくもりが伝わるほどに距離を狭めて、疲れた彼女を胸に抱く。

「愛してるよ…あかね……」
幸せをくれる、君のことを誰よりも愛している。
そして、そんな君が私にくれた愛の証の子どもたちも、同じように。
君に寄り添って、君を愛して、初めて分かる"愛"というものの意味。
出逢えなかったら…恋に落ちなかったら。
それが君じゃなかったら……こんな幸せを感じることはなかっただろう。
もう、そんな自分を想像することなんて、とても出来ないけど。



「あかね、眠ったのかい?」
手と手を握りあったまま、あかねの反応は言葉ではなく、寝息のリズムに変わっていた。
汗ばんでいた肌も落ち着きを取り戻し、彼女は穏やかな眠りに身を投じている。

外は、いつの間にか暗くなっていた。
今夜は雪がしんしんと降り積もる、静かで寒い夜になりそうだ。

けれど、君のそばにいれば。
こうして手を繋いでいれば…いつだって春の暖かさに包まれる。

ふと思い出して、友雅は小窓を少し開けてみた。
白い雪景色の中に、ひっそり咲き続けているのは、枯れることのない永遠の桜。
淡い紅の花を雪に負けないほど多く付けて、まるで…まゆきの誕生を祝っているように思える。

いずれあの子にも、この桜を見せてやろう。
春の美しさや夏の緑の鮮やかさ、色づく秋の木の葉も…そして、白銀の景色の美しさも全部。
そしていつか、見えないものの中にある幸せの意味も、聞かせてあげようか。
君たちが生まれた意味。
君たちが、愛の証として命を授かったことを。

いつか、ちゃんと教えてあげよう。
愛することの尊さを。
”彼らに幸せが訪れますように。"
愛する人と共に、愛する者たちの幸せを願う……そんな毎日が、幸せに溢れていることを。

また明日から、幸せな日々が季節に溶けてゆく。
遠い未来も、近い明日も。
愛する者たちに囲まれている限り…永遠にこの春は、終わることはない。






-----THE END-----




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2010.1.17〜1.24

Megumi,Ka

suga