Oh,happy rainy day

 002
日曜の朝だというのに、子どもたちは朝からちょこまかと走り回っている。
ただ一人、まだ足下もおぼつかないまゆきだけが、友雅の膝ではしゃいでいた。
「兄上たちは働き者だねえ…」
ダイニングテーブルの上に、人数分のランチョンマットとカトラリーを並べ、ジュースのグラスやマグカップも揃える。
あかねが焼いたふわふわのオムレツに、千歳が手作りのサラダを添えると、それらを文紀が運ぶという共同作業。
たまには友雅も手伝ってやるが、今日は父の日だから手出しは禁じられている。
というわけで、彼はまゆきのエスコート役に任命されたのだ。

それにしても…ホントに元気な子たちだよ。
朝なんて、なかなか布団から出たくないと、ゴロゴロしてしまいがちだというのに、まるで子鹿みたいに元気良く飛び起きる。
生きるということ…つまり、人生というものを謳歌しているような。
彼らにはそんな難しいことなど、まだ理解していないだろうけれど、理屈なんかじゃなく無意識のうちに、一日一日を楽しく過ごしてくれたら良い。
こんな風に考えてしまうのが、つまり"父親の感情”というものだろう。

父を喜ばせるために、と彼らは試行錯誤しているようだが、そこに彼らがいるだけで十分に喜びとなる。
どこを探したところで、同じものは見つからない。
この世にただひとつの存在で…それは、彼らの母親であるあかねと同じだ。
あかねがいなかったら、自分は父親にはなれなかっただろう。
こんなにも愛しいものを、手にすることも出来なかっただろう。
はじまりは------ひとつの恋から。
そうして、互いの間に愛が増えて行く。
「父様ー!朝ご飯の用意ができましたわよー!」
テーブルの向こうから、身を乗り出して友雅を呼ぶ声。
子どもたちの後ろに、あかねの微笑みがある。
「はいはい。さあ、姉様たちが腕によりを掛けた朝ご飯を、食べに行こうね」
「んー」
ぴと、と頬に小さい手が伸びて、まゆきは母親似の笑顔を見せた。



それにしても……外は雨が止まない。
天気予報でも一日中雨だと言っていたし、やはりこれでは休日の予定は組めなそうだ。
「ねえ父様!何かして欲しいこと、ある?」
リビングのソファにもたれ、手持ち無沙汰に新聞を広げていた友雅のところに、まだ元気の尽きない千歳がやって来た。
「今日は父の日ですもの。父様がしたいことを、お手伝いしてさしあげるわ」
「うーん、そうは言われてもねえ?」
困ったような苦笑いをする友雅を、片付け物を済ませたあかねが見た。
「良いじゃないですか。今日はわがまま言っても通りますよ。ね、千歳?」
「そうよ、何でもおっしゃって。兄様と一緒に、何でも父様の言うことを聞くわ」
顔を近付けて来た千歳は、目を輝かせて友雅の返事を待っている。
さて、どうしたものか。
彼らに喜んでもらえる答えは何だろう?と、気付いたらこちらが子どもたちを喜ばせることを考えている始末。

-------ま、それが一番だよね。
そう思い直し、友雅は新聞を閉じた。
「じゃあ、午後から出掛けようか」
えっ?とそこにいた誰もが、彼の返事にびっくりした。
窓の外は相変わらずの雨だし、外出するには生憎の天気だろうに…また何で?
「どこに行くつもりなんですか?」
「そうだねえ、うちのミュージアムにでも行こうか」
それもまた、いきなりだな…と、あかねは首を傾げる。
いくら自分が経営している施設とはいえ、わざわざ雨の中を家族揃って出掛ける意味は、あまり思い当たらない。

「いきなりどうしてあんなところに?…って顔だね」
えっ、とあかねは声を上げる。
まるで自分の心を、見抜いたような絶妙のタイミングでの、彼の言葉。
「まあ、たいした場所ではないけれど、子どもたちにも面白いシステムもあるしね。何しろ屋内だし、濡れることもないよ」
静かに鑑賞するのが常識の場所だが、文紀はもの静かでしっかりしているし。
千歳だって元気は良いが、空気を読んではしゃぎまわったりはしない。
「まゆきは…まあ、子ども向けの展示室もあるし。そこで遊ばせても良いしね」
それに…
「お腹が空いたら、レストランに行けば良い。個室もあるし、とびきり美味しいスイーツもあるよ?」
友雅がそう言ったとたん、ぴくっと千歳が反応を示した。
「父様が行きたいっておっしゃるのなら、私、良いですわっ!」
「そうそう。父様はみんなとお出かけをしたい。だから、支度をしておいで」
軽く千歳の背中を押すと、彼女はたたたっとリビングを出て行った。
慌てて文紀がその後を追いかけ、あかねはといえばまゆきを抱いたまま、こちらを伺っている。

「友雅さん、いきなりどうしたんですか?」
彼の隣に、あかねが腰を下ろした。
「どうもしないよ。あの子たちが楽しそうな顔を、見たいなあと思っただけでね」
「本当にそうなんですか?」
「それ以外に、私が喜ぶことがあると思うかい?」
…それはそうだけれど。
何せ、呆れるくらいに親バカな彼だから、間違いではないと思うけれど。

友雅はまゆきの頭を、包むように優しく撫でる。
そうして、あかねに顔を近付けると、額をこつんと押し当てた。
「私が父親として喜ぶことなんて、これしかないだろう。夫としてなら…また別だけどね」
まゆきを胸の中に閉じ込め、視界を塞いだ隙を見て、軽くあかねの唇を奪う。
「文紀はいろいろな事に興味津々だし、千歳は何より…あそこには詩紋がいる。彼らにとっては、退屈する場所じゃないよ」
「ん、まあそうですけどねえ…」
どうもしっくり来ないなあ、というあかねの前から、彼は立ち上がり祥穂を呼ぶ。
まゆきも含め、子どもたちの支度を手伝って欲しいと頼むと、あかねの手を引いてリビングを出る。
「さ、私たちも出掛ける用意をしよう」
艶やかに磨かれた白木の廊下を歩いて、奥にある寝室に向かった。

ドアのノブを握り、静かに手前に引く。
「……ん?」
部屋に入ったとたんに、優雅な甘い香りが飛び込んで来た。
これは、百合の香りか。
千歳を中に入れた時の花の香りが、まだ残っているのか?と周りを見渡してみると----窓辺にあるテーブルに、白百合と夏椿が飾られていた。
「あの子たちからの、父の日のプレゼントですよ」
背後にいたあかねが、つんつんと背中をつついて花瓶の下を差す。
ハガキ大の、萌葱色のカード。
友雅はそれを取り上げて、中を開いてみると------まだ幼さが残る二つの文字。

『父様へ。ずーっとこれからも大好きです。文紀、千歳、まゆき』

まゆきの名前はやたらとぎこちないので、察するところ千歳が筆を支えながら書いたのだろう。



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Megumi,Ka

suga