「私も京に来た頃は、元の世界が恋しくてたまらなかったですよ」
帰りたいと何度も思ったし、そのために戦った。
でも、彼と恋に落ちて結ばれて、自ら新しい人生を創ろうと決めた今では、そんな気持ちは消え失せた。
そのかわり、別の想いが心に芽生えた。
"恋しい"ではなく、"愛しい"という気持ち。
藤姫や八葉の仲間たち、土御門家の人々や町の人々、近衛府の人々。
いつもサポートしてくれる祥穂たち。
愛しいという表現とは違うけれど、帝や皇后、中宮からの御心も尊いもの。
生まれ育った世界より、京の方が今は愛しいものが溢れている。
「友雅さんは、その中でも特別ですけれどね」
彼と、彼との間に生まれた自分の子どもたち。
この世で一番愛しいものたちがいる京より幸せな場所なんて、どこを探したってあるわけがない。
「そうだね。あかねがここに来なかったら、私もこの世界を愛しいとは思わなかったよ」
愛しいから離れられない。
この世界も。そしてお互いも。
畳んだ衣を抱えながら、塗籠を出て彼らの元へ戻る。
友雅はあかねの肩を抱き、自分の衣の中へ引き寄せた。
「千歳が言っていたけれど、本当にひとつの種から増えるのかい?」
「そういう話を聞いたことありますよ」
花が散ってしまえば見た目は寂しくなるけれど、地中でどんどん球根は栄養を蓄えて行く。
上手くいけば、そこから子どもの球根が出来て増えるのだとか。
「出来ればもっと増やして、たくさん咲かせたいですもんね」
多く咲かせられたら切花にして飾れるし、プレゼントしたりも出来る。
可愛くて珍しい花だから、多くの人に見せてあげたい。
「あの花の種は、まるで龍神の神子殿だね」
「チューリップの球根が?私みたいってことですか?」
可憐で愛らしい雰囲気だけでなく、ここにある球根はまさに彼女とシンクロする。
「種も君も、異世界のものだ。それらがこの京に、突然降り立ったのだから」
「あ、そういうことなら…そうですね確かに」
あかねは龍神に呼ばれ、京を救い、守るために連れて来られた。
そして神子の役目を終えたあと、京の人間として生きる道を選び、子どもたちを授かった。
別の世界に根付いたチューリップが、あかねの歩み始めた新しい人生と重なる。
「それじゃ、尚更大切に育てなきゃいけませんね」
「あの子たちを育てるようにね」
日々子どもたちが成長していくように、この花も一緒に育って行ければ。
やがて彼らが大人になった時、チューリップ畑を見せられたらいいな、とか思ったりして。
「でもあの子、よく見つけましたよね」
後日あかねたちも庭を探したが、やはり同じ球根は落ちていなかった。
千歳が見つけたものは、おそらく京でただひとつの球根。
「花のような姫君に、引き寄せられたのかもしれないね」
彼女の手のひら目掛けて、球根の方から飛び込んで来たのか。
この子のそばなら、きっと美しく咲かせてくれるだろうと。
花を咲かせたら、きっと喜んでくれるだろうと。
本当に春は、不思議な出来事が起こる。
うららかな春の陽気が心地良くて、神様も少し上機嫌になっているようだ。
+++++
「お疲れさまでしたー」
土で汚れた軍手を外し、ようやく作業が終了した。
少しずつ紅葉が始まりつつある、秋晴れの日曜日。
来年開園する保育園の中庭に、春咲きの球根を植え付けるためボランティアが集まった。
クロッカス、水仙、そしてチューリップ。
入園式の頃には花が咲いて、新しく入園する子どもたちを迎えられるようにと、朝から大勢で作業に取りかかっていた。
秋と冬が入り交じる風はひんやりして、汗ばんだ身体には心地良い。
「はぁー疲れた。どっかで飯食って帰ろうぜ」
「天真先輩、がっつりお昼食べてたじゃない」
「重労働のおかげで、補給した栄養もすっかり消費しちまったわ」
詩紋が勤める洋菓子店は保育園や幼稚園を得意先としていて、おやつや誕生日ケーキなどの注文を多く承る。
その付き合いで奉仕活動にも、スタッフたちはよくボランティアで参加している。
今回は詩紋が花壇の手入れに参加。
人数は多いほど良いというので、暇を持て余していた天真にも参加してもらった。
「来年が楽しみだな。綺麗な花壇が出来るんだろうな」
幼い頃の自分が目にした遠い記憶を思い出しながら、土しか見えない花壇の前で後片付けをしていると、ボランティアスタッフが小さな紙袋を持ってやって来た。
「流山くん、これ良かったら持ってって」
そう言って差し出された紙袋の中には、チューリップの球根が5つ入っていた。
多めに球根を注文してしまったため、植えきれない分が残ってしまったのでみんなに分けているのだという。
もちろん天真にも、同じ紙袋が手渡された。
「チューリップ育てるなんて、小学校以来かな。久しぶりだなー」
「だったら俺の分もやる。おまえの方が、そういうの似合いそうじゃん」
ガーデニングに凝っているわけじゃないけれど、花がいっぱい咲き誇る景色は綺麗だし、見ているだけで幸せになれる。
せめて春くらい、そんな楽しみを味わっても良いかもしれない。
寄り道して軽く食事を済ませ、二人はいつものところにやって来た。
もう随分外は暗くなったけれど、近くまで来たときは立ち寄ることが習慣になっている。
昼でも夕方でも、神泉苑は相変わらず静かな場所だ。
「さーて、帰るか」
簡単に参拝を済ませ、外に出ようとしたときのこと。
「うわぁっ!」
背後から詩紋の声がして、同時に何かが足下に転がる音が。
「何やってんだよ」
「暗いから垣根に足が取られちゃって…」
転びはしなかったが、代わりに手が滑って紙袋の中身がこぼれ落ちてしまった。
「天真先輩も集めるの手伝ってよ〜!」
しょうがねえなと文句を言いつつ、石畳の上に散らばった球根を拾い集める。
ひとつ、ふたつ…薄暗い場所を手探りでかき集め、紙袋の中に戻した。
「全部見つかったか?」
「えーと………………あれぇ?」
5つずつ入っていた球根をまとめたので、全部で10個あったはずなのだが9個しかない。
もう一個、どこかに転がってしまったのか?
垣根の下も探ってみるが見つからない。
そもそも辺りが暗くて、もう探しようもない。
「池に落ちちゃったのかなあ」
「9個もあるんだから1個ぐらいは良いじゃん。この際神様にお供えしたと思って諦めろって」
…お供えかあ。
まあ、そう割り切るしかないかなあ。
なんて話しながら、詩紋たちは神泉苑を後にする。
詩紋が落とした1個の球根。
その行く先と受け取った相手は----------------龍の姿をした神のみぞ知るところ。
-----THE END-----
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