花ひとつ、春うらら

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「私の世界では一般的に咲いている花で、春になるとあちこちで見られるんです」
一番最後にやって来たあかねが、その花のことを説明してくれた。
木の実のような種から育ち、厳しい冬の寒さを越えて春になると花が咲く。
株元から数枚の細長い葉が生えて、その間から細い茎が一本すっと真っすぐ伸びている。
その先端に、まるでつぼみのようなピンクの花が。
「どことなく、蓮の花に似ていますね」
「あ、そういえばそうかもしれませんね」
永泉の言葉を聞いて、あかねもうなづいた。
あれほど大きな葉ではないが、蓮の花の蕾の状態と良い茎の長さと良い、確かにチューリップと似ている。
「じゃあ、これもあんな風に開花するのか?」
「開くことは開くけど、その時はもう花の終わり間近かな」
あくまでもつぼみの状態が、チューリップの開花した形。
少し口が開きかけたくらいが、一番の見頃と言って良いだろう。
「ですが、蓮の花よりもこちらの花の方が、どことなく可愛らしい気がしますね」
ぱっと広がってしまう形ではなく、咲きかけのような形。
淡く優しいピンクの色と、爽やかな茎や葉の色の組み合せがとても良い。

「でも、何でこの種がこの庭にあったのか…それが分からないんですよねえ」
そう、一番の謎はそこである。
この世界にはない植物の球根が、どうしてここにあったのか。
庭に咲いていた気配もなく、散々探しまわったけれど結局ひとつしか見つけられなかった。
たったひとつだけ、何故ここに?
果たしてどこからやって来たのか。
そして、やって来た理由及び原因は何なのか…謎は深まるばかり。
「泰明はわかんねえの?」
「分からぬ。だが、どのような事であれ、意味のないことはあり得ないはずだ」
答えは分からないけれど、この花の種は理由があってここに根付いた。
環境や土壌の質が合わなければ、花を咲かせることもなく育つこともない。
それがこうして咲いたのは、適応するための要素が整っていたことは間違いない。
「母様がね、今年は一輪しか咲いていないけど、ちゃんと手入れをすれば来年は増えるかもって」
「それは素敵ですね。たった一輪でも愛らしいのですから、たくさん咲いたらさぞかし美しいでしょう」
今は、この奇跡の一輪を大切に愛でて。
来年はもっと増えるように。
一輪ずつでもこの庭にチューリップが増えるように、と未来のことを考えてみるのも楽しい。



珍しい花を前に話が尽きないので、酒や料理をこちらへ移動させることにした。
祥穂たちが広間とを行き来する合間に、あかねは塗籠へと向かう。
「友雅さん?どうしたんですか?」
葛籠の中から数枚衣を取り出していると、背後に友雅の気配を感じ振り返った。
「あかねこそ、何をしているんだい?」
「夜はまだ冷えるから、みんなの分の衣を用意しようかと思って」
桜の季節といっても、夜はまだ肌寒い。
広間であれば暖を取ることも出来るが、あちらでは庭からの空気を諸に浴びてしまうので。
「友雅さんの分も出しておきますね」
落ち着いた萌葱色の衣を取り、あかねは彼に手渡す。
そして自分の衣も取り出そうと葛籠に手を伸ばすと、背中がふわりとかすかに暖かくなった。
「私の分はありますよ?」
今、彼に渡したばかりの萌葱の衣が、あかねの背中に掛けられている。
仕舞う直前まで薫いていた侍従の香りが、意外にもまだ消えていない。
薄手の衣一枚だけでも、羽織っていると体感温度が違う。
だが、彼の腕に抱きすくめられれば、もっと暖かさが深くなる。

「あの花、最初から気付いていたんだろう?」
耳元に唇を近付け、彼は問い掛ける。
もしかしたらそうじゃないか、という程度には気付いていた。
子どもの頃に、チューリップは何回も育てたことのあったから。
だが確信はなかったし、違ったら子どもたちをがっかりさせそうなので、開花するまで曖昧にしていたのだ。
「可愛い花でしょう?」
「そうだね。あかねによく似ている」
彼女を例える花は、数多に存在する。
優しい色、甘い香り、可憐な花びら…重ねる要素は無限。
彼女自身が、友雅にとって花そのものであるから。
「久しぶりにあの花を見て、懐かしいと思ったりした?」
「うん、そうですね。春になると必ず見かけた花でしたし、こちらにはないものですからね」
あのチューリップはピンクだけれど、白や黄色や赤に紫と色は豊富にあったし、変わった八重咲きのものもあったりした。
改めて思い出してみると、単にチューリップと言っても品種が色々あったのだな、と気付く。

「でも、恋しいとは思っていませんよ」
胸の前に組まれた友雅の手にそっと触れて、あかねはそうつぶやいた。
こんな風に両手を組んで抱きしめる時、彼の心にどんな想いがこみ上げているのか…何となく分かる。
「"懐かしい"と"恋しい"は、違うものだと思いますし。同時に芽生えるものではないでしょう?」
生まれ育った世界にいたとしても、この京に暮らしていたとしても、懐かしいと感じるものはたくさんある。
懐かしいという感情は、想い出と同じ。
刻まれた記憶が鮮明で印象強い事柄が、後になって懐かしいと思うようになる。
逆に恋しいというのは、過去の記憶が今よりも勝っているから。
現状に不満があればあるほど、昔の出来事を恋しく思う。
あの頃に戻れたらいいのに-----と考えてしまう。
「そんな風に思っていませんよ。今がとても楽しいですもん」
一秒ごとに、"今"は"過去"に変貌する。わずかしかない"今"という時間。
だけど時間が過ぎるたびに、また新しく楽しい時間がやって来る。その繰り返し。
「終わった一秒前より、私は一秒後のことが楽しみですよ」
手を触れれば、手を握り返してくれる。
唇を近付ければ、それらが重なる。
ひとつの動きから始まる出来事。
この世界に生きていると、そんな楽しさを毎日味わえる。
--------------二人で一緒に生きていると。

「似ているようでいて、あかねと私は全く考え方が違うな」
昔の自分も、今が楽しければそれで良いと思っていた。
だが、彼女は"今"という時間の中で、必ずやって来る未来を楽しみに待っている。
何の宛もない確信もない先の事を、考えることも期待することも放棄した自分とは全く違う。
それに気付いた時から、彼女の言葉や想いが気になって来た。
何故彼女は、そんなに前向きでいられるのだろう。
どうして、未来を待つことが出来るのだろう。
彼女の話を聞けば分かるかもしれない。直接会って言葉を交わし、自分とは違う彼女の考えに耳を傾けたい。
けれど一日とは非情なもので、時間が来れば別れなくてはならなくなる。
でも、明日になればまた彼女に会うことが出来る。
夜が明ける。太陽が昇る。新しい一日が始まる。そして、また彼女に会える。
早く朝になれば良いのに。
知らず知らずのうちに、次の日のことを思い描いていた自分。
ただ、また彼女に会えるからという理由だけで、いつのまにか明日という未来を待ちこがれていた。
そして、ようやく分かった。
彼女に会いたいからだ。そんな気持ちがあるから、未来に目を向けることが出来たのだ。



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Megumi,Ka

suga