しかし、いくら相手が相手だと言っても、彼女に言いたいことを言われているだけでは、娘の前で立場がない。
敢えて非礼と思いつつも、藤壺宮に返答させて頂こう。
「文紀の聡明さは、私ではなく母譲りでしょう。」
彼女の素直さや、身分など隔たり無く心を広げられる、大きな優しさ。
それらは、自分にはまったく縁遠かったものばかりで。
そして、それらに自分は、どれほど惹き付けられただろう。
引き寄せられて、惹かれて。
……そして、愛さずにいられなかった、彼女の心。
抱きしめているのに、包み込まれているような暖かさ。
それを彼女は、初めて自分に教えてくれた。
肌に感じるぬくもりだけじゃない。
胸の奥にまで染み込む暖かさを、彼女は与え続けてくれている。
だから、今も…想いは深まって行くばかりだ。
「彼女の中にある一番大切な部分を、あの子はしっかりと受け継いでくれている。父としては、何よりそれが有り難いですよ。」
「そうだな。文紀殿の将来が楽しみだな、友雅。」
友雅がうなづいて答えるのを見ながら、藤姫は昔のことを思い出した。
あかねが初めて、この京にやって来た時のこと。
彼女が龍神の神子だと知りながらも、自分たちとは全く違う考えや感性に、少し戸惑ったり驚いたりしたものだ。
それでも、彼が言うように、あかねはすべてを包みこむ、新しい優しさがあることを教えてくれた。
そんな想いが、本当の幸せや安らぎにつながること。
あかねに会えなかったら…そんなことにも気付かないでいただろう。
神子様に御会い出来て、私も友雅殿と同じように幸せを知ることが出来ましたわ。
例えば、千歳様方を眺めているだけでも…。
「でもねえ、友雅?文紀様はあなた以上に、引く手数多かもよ?」
物思いに耽っていると、藤姫の耳に再び姉の声が響いた。
「あんなに愛らしくてお優しい殿方なら、私だって心揺れますわよ。ねえ、皆もそう思いません?」
華やかに微笑んだ藤壺宮が問うと、これまた女房たちが顔を見合わせては、そろって首を縦に振る。
「ええ、そうですわねえ。とても素敵な殿方ですものねえ…。」
声を殺すように、友雅の隣で笑う帝が彼の肩を叩く。
「こらこら、どうしてくれるんだ、友雅?藤壺宮まで、そなたの若君に奪われてしまいそうだよ。」
「さて、どういたしましょうかねえ…」
果たして冗談か……それとも?
まだまだ年は若すぎるけれど、もうしばらく時が流れて…彼が元服を終えたなら、冗談さも本気に変わるかも。
…あの子も、一人前の恋をする時が来るんだろうな。
今は想像さえも出来ない、遠い未来に思えるけれど。
「さあさあ、お話はこの辺に致しましょう。せっかく千歳様をお連れ頂いたのですから。」
女房頭が部屋の奥から、両手にきらびやかな反物を抱えてやって来た。
そうだ。わざわざ昇殿してまで、雑談をしに来たわけではない。
宮中用に良い織物が多く入ったので、是非二人の新年用の晴れ着にも…との、帝直々のお達しがあってのことだったのだ。
「千歳様にお似合いの、素敵な柄がたくさんありますのよ!ささ、お好きなものを、お好きなだけ選んで宜しいのよ?」
藤壺宮や女房たちに、眩しいくらいの生地を見せられると、千歳も目を輝かせる。
「友雅、そなたの審美眼に任せる。文紀殿の分も、いくつか選んで持ち帰ってやると良い。」
「度々のお心遣い、感謝致します。」
「なあに。千歳殿はもちろんだが、将来有望の若君も、新年は華やかな出で立ちに身を包まねば、勿体無いからな。」
美しい装束を身に着け、新しい年を迎える彼らの姿。
おそらくそれは、高貴な貴族たちなど足元に及ばぬほどに、光り輝くに違いない。
自宅に戻り、千歳を抱いて友雅は車を降りた。
入口に立つと、出迎えてくれたのは…二人の侍女と祥穂の三人。
「おや…留守を護ってくれた、頼もしい若君はどちらかな?」
「文紀様は、しっかりと奥様を護ってくださっておりますよ。」
にこっと祥穂たちは微笑み、手を添えて千歳を床に降り立たせた。
足音を忍ばせて、声を出さないように。
何度もそう言い聞かせられながら、友雅たちは祥穂に案内されて、寝所となる西の対へ向かう。
「お声を出さぬよう、お願い致しますね。」
すうっと戸を静かに開けて、彼女に続き二人は部屋に入る。
そうして几帳の陰から顔を覗かせると………
「ああ、なるほどね…」
声にならぬ潜めた口ぶりで、友雅は彼らの姿を目に映した。
厚手の袿を肩から掛けて、壁にもたれて目を閉じるあかね。
そんな彼女に寄りかかるように、寝息を立てている文紀の姿。
「奥方様のお側にいて下さることが、一番良いと思いまして。そう文紀様にお頼み致しました。」
「そうだね。確かにそれが…彼に出来る大切な役目だね。」
祥穂は気を利かせて、そう文紀に言ったのだろう。
だが、彼がああして寄り添ってくれて、自分に対し暖かく見守ってくれる心を、母であるあかねが気付かないはずがない。
母の身体に、まるで耳を傾けるように目を閉じて眠る。
文紀の耳には、生まれくる兄妹の声が聞こえているだろうか。
とくん、とくん、と新しい命の吐息が響いて、その子にこんな優しい兄が待っていることを、早く教えてやりたいものだ。
「よく眠られているから、起こしてはいけないわね?」
「ああ、そうだね。目が覚めるまで…東の対で、しばらく待っていよう。」
それまでの間、千歳に琵琶でも教えてやろうか。
遠くから音を奏でて、自然に二人が心地良く目覚めるように。
そして、もう一人のわが子にも、その旋律が聞こえれば良いのだが。
「そうそう、祥穂殿。主上から頂いた反物だけれど、産着用に木綿の生地も頂いてきたよ。」
「すごいのよ!みんなきらきらしてて、すごいの!やや子のために選んだ布も、色がとっても綺麗なのよ。」
渡殿を歩きながら、千歳がはしゃぎながら祥穂に話した。
「では、千歳様。もう一着、新しい産着をご一緒に縫いましょうか?」
「ええ!きっとやや子も喜ぶと思うわ!ねえ、父様?」
「もちろんだよ。優しい兄君と姉君が、今からこんなに大切に思ってくれているんだものね。」
あと少し。
もう少しで…彼らの腕にも、生まれたての命が抱かれる日がくる。
時が流れ、そして新しい一年の幕が明けたら----------幸せな日々もまた、幕を明けるだろう。
凍えそうな冷たい空の下で、ひっそりと咲き続けている永久の桜も、新たな命が産声を上げる日を待っている。
-----THE END-----
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