Everyday Happy Hour

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【PM2:00】

打ち合わせが終了し、少し遅れて昼食を摂ることにした。
子どもたちが弁当持参の日は友雅の分も用意してくれるが、普段は個人で適当に済ませる。
かと言ってわざわざ店を探すのも面倒なので、灯台下暗しの近場に頼るのが殆どだった。
「いらっしゃいませ。いつものお席ご用意しております」
秘書(男性)が先に連絡を入れていたため、席も料理もオーダーする必要はなかった。
氷入りのウォータージャグに、レモンのスライスが三枚。
気温が高くなり始めの時期には、このほのかな酸味と香りがリフレッシュさせてくれる。
さほど時間を待たず、料理が運ばれて来た。
今日は和食の日だったようで、松花堂弁当のように盛り付けられた料理と、おばんざい小鉢に汁物。
旬の食材を必ず取り入れており、瑞々しい筍が今回はメインの食材だ。
多過ぎず少な過ぎずのちょうど良い量、気取らないが丁寧に作られている品々。
優しい味付けになっているので、子どもたちを連れて来ても毎回喜んで食べている。

「こんにちは、今日はお昼遅めなんですね」
「外での打ち合わせが長引いてね。でもかえって空いていて良かったよ」
友雅たちの姿を見つけて声を掛けて来たのは詩紋だ。
彼もまた混雑のピーク時間を終え、昼休憩に入るところなのだとか。
「詩紋も一緒にどうだい。これから食事だろう?」
「すいません、僕ちょっと銀行に行かなきゃいけなくて」
現在詩紋は一人暮らしをしている。
なので日々の雑用も自分自身でこなさなければならないため、月末や週末になると慌ただしい。
とは言いつつ、彼の住むアパートは実家に隣接しており、更に彼の両親が管理人というわけで、まあ半分実家住まいと言えなくもない。
独り立ちするにはまだ自分は未熟だ。それでも、いつか来る時に備えて自活の習慣はつけておきたい。
そんな考えもあって、今の生活を続けているそうだ。
優しい風貌と性格とは違い、芯のあるしっかりした青年である。
「そうだ、新発売のクッキーがあるんですよ。良かったら帰りに持ち帰ってください」
季節に応じたフルーツを使い、旬の味を活かしたクッキーやマフィンが人気。
初夏の訪れが近付いている今の時期は、さくらんぼをちりばめた爽やかなスイーツ。
「千歳ちゃんたちの分もどうぞ」
今夜のデザートはこれに決まった。
甘酸っぱい旬の味わいと特別なエッセンスも加わって、彼女の喜ぶ顔が見えるようだ。


【PM3:00】

「ただいまー!」
元気な幼い声が玄関先から聞こえ、母と手をつないでまゆきが帰宅した。
早めに夕飯の支度に取りかかっていた祥穂も、この時は手を止めて玄関先で出迎える。
「あのね、お花の苗をもらってきたの」
ビニール袋に入った緑の苗。細いつるが少し伸びている。
幼稚園の庭を管理している業者から、生徒たちにひとつずつ朝顔の苗が寄付されたらしい。
花の色はランダムなので、咲いてからのお楽しみだという。
「朝顔でしたらつるが伸びますし、支柱を立てないといけませんわね」
「しちゅうってなーに?」
「長い棒とかを土に挿すの。そうすると、つるがどんどん巻きついて伸びてくるの」
ひとつの苗でどのくらい伸びるか分からないが、ネットで広げていく方法もあれば植木鉢で行灯仕立てにもできる。
「お花いーっぱい咲かせたい!」
「そうよね。出来れば大きくしたいものね。今夜父様に相談してみましょ」
夏の暑さは年々厳しくなって、大人も子どもも日差しの強さに体力を吸い取られそう。
それでも朝顔やひまわりという季節の花があるだけで、気分は清々しく感じられる。
涼しいうちに水まきをして、早起きして朝顔の花を観察して。
ささやかな楽しみをちりばめて過ごすのが、橘家の夏を乗り切る方法。


【PM6:00】

千歳は4時半頃に帰宅したが、文紀はまだ帰ってこない。
今日は弓道の稽古日で、友雅が会社帰りに迎えに行っている。
もうそろそろ着くとの連絡があったので、千歳はまゆきと一緒に座敷に食器を並べている。
夕食に限っては、和食洋食関係なく日本間で頂く。
こういう家柄なので、畳と正座に慣れるための習慣も兼ねている。
堅苦しいことに拘らないが、基本的な作法やマナーは身につけていて損はない、というのが友雅たちの教育方針だ。
ちなみに今夜の献立は、鶏の竜田揚げ、アスパラのベーコン巻き、きゅうりと大根の梅肉和え、トマトとあさりの酒蒸し、そして雑穀ごはんにイワシのつみれ汁。
揚げものは大人しかできないけれど、ベーコンを巻いたりつみれ団子を作ったりと、千歳たちが手伝ってくれるので品数も多くなる。
そして玄関のインターホンが鳴り響くと、二人が一目散で出迎えに駆けて行く。
「おかえりなさいませ!!」
今にも飛びついてきそうな勢いの二人を、友雅は両手で抱え込む。
「ただいま。毎日熱烈歓迎されているようで、帰って来るのが楽しみだよ」
「されているようで、じゃなくてされてるんですよ」
後からやって来たあかねが、笑いながら友雅に言う。
学校に行き、会社に行き、毎日それぞれバラバラに過ごす時間がある。
それらが終わって再びみんなが揃ったとき。
会えない時間が…という昔の歌謡曲の歌詞があったような。まさにそんな感じだ。
「ご飯の前にお風呂どうぞ。文紀も汗かいたでしょ」
弓道は激しい運動ではないけれど、神経を集中する分じんわりと汗もかく。
心身の披露を癒すためにも、ゆっくり湯船に浸かるのは大切だ。


【PM7:00】

友雅と文紀が風呂を終えると、夕飯の時間がやって来る。
祥穂も家族の一員なので、皆と座敷で共に食事をする。
「朝顔ならトレリスが良いんじゃないかな」
まゆきのもらってきた朝顔の苗について、さっそく友雅に相談してみた。
「バラに使ったものが物置にあったはずだよ。プランターに植えて絡めればそこそこ高く伸ばせると思うよ」
確か1メートルくらいのトレリスが二つほどあった。
高さと広さを組み合わせれば、結構大きく育てられるのではないかと思う。
「秋になったら種が取れるわよね。そうしたら来年はもっとたくさん苗が作れるわ」
「千歳は気が早いね。でも、それは楽しみだね」
ひとつの苗から種がたくさん出来て、それらがまた芽を出して行く。
どんな花が咲くのか。まだまだ分からないことばかりだけれど、想像することが彼女たちの楽しみのひとつ。
バラの季節が終わり、庭では紫陽花の花が彩りを添えている。
それが終わる頃には朝顔の苗も、きっと今以上に大きくなっていることだろう。




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Megumi,Ka

suga