Everyday Happy Hour

 001
【AM5:30】

柔らかなデジタル音のアラームが朝を告げる。
ベッドの中で寝返りを打ったりしながら、ゆっくり時間を掛けて意識を目覚めさせる。
「…おはよ…ございます」
ぼんやり寝起き顔のあかねに手を伸ばし、頭を優しく撫でるのが彼の朝の挨拶。
数分は意味を持たない時間を過ごす。
他愛もない日常の話だったり、夕べ見た夢の話や思い出話だったり。
時には少し、甘いひとときとして費やしたりも。
こんなわずかな時間が、実は意外と重要だったりする。
結婚して家族を持ってから、二人きりで過ごせるのは24時間で少ししかないから。
「ん、じゃあそろそろ起きますか」
むくりと身体を持ち上げて、ぐっと両手を上げて伸びをした。
布団から逃げるように足を地に下ろし、窓に向かうとカーテンから朝日が漏れている。良い天気のようだ。
天候の悪い日以外は雨戸を閉じない。
自然に暮れて、自然に明ける太陽の明かりを感じるために。


【AM6:00】

リビングのドアを開けると、ふわっと湿気が肌に触れた。
間続きのキッチンでは、ケトルがコトコト音を立てながら湯気を噴いている。
「おはようございます」
祥穂が振り返って挨拶をした。
大抵は彼女が一番早く起きていて、キッチンに下りて湯を沸かす。
朝食の支度を始めるのは、あかねが起きてきてから二人で行う。
…と、正確には二人ではなく三人である。
同じ部屋、同じベッドで寝起きするため、あかねが起きれば自然と友雅も目が覚める。
友雅は仕事の疲れもあるだろうからと、起こさないようにあかねは腕時計のバイブで起床していたりもした。
だが、いつしか彼女が起きる習慣に友雅の方が慣れて、前日がどうあろうと同じ時間に起きるようになっていた。
あかねと祥穂が朝食の支度をする間、彼は何をしているかというと、なかなか主夫らしいルーティンを持っている。
配達された新聞や牛乳などを受取に出たり、時間があれば庭の水まきなどもする。
それでも時間が余れば朝食作りの手伝いもするし、子どもたちの起床時間が近付くと起こしに向かったりも。
「意外と働き者でらっしゃるので、正直驚きましたわ」
と、祥穂は笑いながら言ったことがある。
昔からずっとそばで見ている彼女の目を通しても、友雅の変化は想像以上だったようだ。


AM6:30】

「おはようございますっ!」
寝起きの悪い大人とは正反対に、子どもたちは毎日元気な声でリビングに下りて来る。
まゆきの着替えを手伝っている千歳を待って、文紀も含め三人一緒にダイニングテーブルに移動した。
既に朝食は仕上がっている。
メニューは和洋どちらもこだわりないが、和朝食は時間にゆとりがある週末が比較的多いかもしれない。
本日は平日なのでパンが主食の洋食。
ライ麦パン、卵料理は具沢山のスパニッシュオムレツ、きのこのミルクスープ、フルーツサラダ。
食べ方は個人の自由で、最低限の食事マナーが守られていれば指摘されることはまずない。
「母様、オムレツ挟んでも良い?」
「良いわよ。食べやすいように切ってあげるから待ってて」
余っていたレタスも一緒に挟んで、ボリュームのあるサンドイッチの出来上がり。
四等分にカットすれば、子どもの口にも丁度良い。
隣のまゆきが興味津々で覗き込んでいるのを見ると、千歳は半分を彼女のお皿の上に置いてあげた。
寝るのも起きるのもいつも一緒の仲良し姉妹。
そんな二人を後ろで文紀がサポートするのも、今も昔も変わらない。


【AM7:50】

公園前の停留所に送迎バスが来るのは8時15分。
千歳と文紀は制服に着替え、登校の準備を整えて玄関の鏡で最後の服装チェック。
「いってきまーす!」
「今日も一日、楽しんでおいで」
二人の額にキスをして、友雅は彼らを送り出す。
バス停まで送って行くのはあかねの担当だ。
母親同士の交流の場でもあるらしいので、彼女が戻る間は友雅がまゆきの相手をしている。
幼稚園の送迎バスは千歳たちより少し遅くて8時半過ぎ。
「きょうはね、お歌のはっぴょうかいなの」
3クラスそれぞれに、合唱を披露するイベントがあるという。
「帰ったら、父様にも聞かせてくれるかい?」
「うん。上手に歌えるようにがんばる」
もうすぐ出掛ける時間だろうとリビングから玄関に向かうと、あかねのシルエットがドア越しに見えた。
「ただいま帰りましたー。まゆき、そろそろ行く?」
「おかえり。今度は私が送って行くよ」
「え、でも…良いんですか?」
「たまにはね。あかねは少しゆっくりすると良い」
幼稚園の送迎バスは橘家の裏手にやって来る。歩いて2分くらいの距離なので、散歩にも足りないほどだ。
この家で一番小さな手をしっかりと握り、彼はまゆきを連れて出掛けて行く。
送迎場所に来るのは母親が多いから、友雅が姿を現したらびっくりするだろうな、と想像して笑いを浮かべながらあかねは家に入った。


【AM9:30】

会社の車が到着し、友雅も出勤の時間。
「いってらっしゃい」
玄関で見送るあかねと出がけのキスを交わし、彼は会社へと向かう。
無事に全員を送り出すと、午前中の大仕事はほぼ終わったようなものである。
洗濯物はすべて機械におまかせして、その間は祥穂とお茶を入れて一息つく。
「今日はお買い物は出掛けられますか?」
「うーん…週末結構買い込みましたからねえ。ちょっとパントリー確認してみましょうか」
あかねと祥穂が買い物に行く頻度は週に1〜2回。日持ちしない食材が必要な時のみ、近くのスーパーや商店街に出掛ける。
それ以外の食材は、土日の買い出しまで待つ。
毎週家族で郊外のショッピングセンターに出掛け、日用品などをまとめ買いするのだ。
「そういえば冷凍室にカレーがありました。お昼に頂きましょうか」
「良いですね。チーズ乗せてドリアにしても良いな」
そうこうしているうちに、洗濯機からミッションコンプリートの合図。
朝から雲の少ない青空が広がって、これならあっという間に洗濯物も乾きそうだ。



***********

Megumi,Ka

suga