翼の設計図

 009
西の対の母屋へ近づくたびに、赤子の声が強くなる。
部屋に入ると、産湯を終えたばかりの小さな我が子たちが、白い布にくるまれて胡葉たちの手に抱かれていた。

「お二人とも、とてもお元気でらっしゃいますよ。姫様は目元が殿に似てらっしゃいますね。小君様はどことなく奥様に似てらっしゃるような気がします。」
そう言って微笑みながら、彼女は手に抱いていた女子を友雅に差し出した。
片腕にも余るほど小さな身体は、思った以上に柔らかくて暖かいぬくもりを持っていた。泣き声はどこか心地よさを感じさせてくれた。
「さあ、若君様もお抱きになってくださいませ……。」
もう片方の腕で、今度は男子を抱きかかえる。男と女という性別の違いがあるはずなのに、生まれたてのぬくもりは全く同じだ。
「お父上に抱いていただいているのがお分かりなのでしょうか。先ほどよりお泣きにならないようですね」
侍女たちが揃って友雅に抱かれる二人を、微笑みながら眺めていた。


自分の命が、いつのまにかこぼれ落ちて、そしてこの腕の中に戻ってきた。
自分の命だけではなく、愛する人の命をも重ねて。
生まれ出る命の不思議さ、愛し合うことの不思議さ、その結晶たちが透き通った瞳をして自分を見つめている。

「困ったねぇ……愛しいものが一気に三つに増えてしまったよ。想いの割り当てをどうすれば良いのか悩んでしまうね。」
これ以上ないほどの、幸せな悩み。
溢れて出してきた想いと共に小さな身体を抱きしめると、それぞれの手が友雅の頬に触れた。


■■■


橘邸は今までになく、一層賑やかに沸いていた。現代に帰ってしまった詩紋と天真を除く八葉が勢揃いして、あかねと友雅の子供達を一目見ようと集まっていた。
あかねの出産だけにとどまらず、来客のもてなしまでこなさなければいけないとあって、屋敷中の侍女は大わらわというところだ。

「おおっ!来た来た〜!」
子供達を抱いて西の対の母屋に行くと、イノリがその姿を見て立ち上がった。
いつのまにやってきていたのか、部屋には大勢の懐かしい顔が揃っている。
「友雅殿、神子のご様子はいかがですか?」
永泉が尋ねた。
「今は疲れて眠っているところですよ。何も問題なく終えることが出来たのも、永泉様のお心遣いのおかげでしょう。あかねに代わってお礼申し上げなくては」
「そんな……私など何もしておりません。ですが本当に無事出産を終えられて良かった……」
永泉は瞳を緩ませて、ホッと溜息をついた。

「どれどれ!うおっ〜ちっちぇー手してんなぁ」
友雅の腕に抱かれた子供たちを覗き込んで、イノリが興味深そうに言った。
もうあまり泣くことがなくなった二人は、父親である友雅以外の者の顔を見てもあまり驚く様子もない。思った以上に度胸がすわった子のようだ。

「しっかし、いきなり最初から男と女を授かるなんて、友雅もツイてるんだかなんだか……」
イノリがほがらかにそう言った。
だが、その中で鷹通だけが少し何かを考えていた。
「友雅殿……お二人ともお育てになるおつもりで?」
「それはもちろんだよ。何故そんなことを聞くんだい?」
鷹通は、この祝いの場で告げていいものかどうか悩んでいたのだが、いずれ遅からず早からず、その事は友雅の耳にも入るだろう。

「いえ………風の噂に聞いたことですが…双子というのは禁忌との伝えを聞いたことがことがあるものですから……」

古の伝説、伝承に登場する双子の存在は、良い話を聞くことが少ない。今でも少し京を外れれば、そんな言い伝えが残る場所も存在するだろう。

だが、友雅には迷うことなど一つもなかった。何人子供が生まれようと、それは自分の子供だ。
「それは私も聞いたことはあるよ。どちらかを捨ててしまうとか、養子に出してしまうとか話を聞く。だけどね鷹通、こんなに可愛らしい姿を一度腕に抱いてしまったら、そんなことが出来ると思うかい?」
自分を見つめる、この生まれたての瞳が自分の分身であり、あかねの分身である子供たち。手放せるはずなどない。

「この二人が生まれたことが、もしも禁忌だと咎めるものがあるのなら、私はこの二人をすべての災いから守っていくつもりだよ。それはあかねも同じ気持ちで居るはずだろうしね。彼女の中にひっそりと生きる龍神に、この二人を守ってくれと…思っていると思うよ。」
鷹通たちは、その友雅の淡々とした言葉を静かに聞いていた。

「子供達を守ることが、父親である私の仕事だろう?例えそれが二人の子供だろうが、三人だろうが…変わることはないよ。そして、この二人を産むためにあんなに苦しんだあかねを、私はずっと見ていた。彼女だけに苦労を背負わせるなんて…出来ないよ」

二人がこの世に産声を上げるまで、自分のその身体で一年余り抱き続けた二つの命を、母であるあかねが簡単に手放すはずはない。
彼女の持つ優しさに加えて、それ以上の意志の強さを友雅はずっと愛している。その結果として生まれた命を愛さずにいられない。

鷹通はこの時、友雅という男がとてつもない強さを持っていることを、改めて認めざるを得なかった。
彼は自分に降り注ぐ運命の悪戯さえも、その身体で消し去ろうとしている。その背後にある愛しい者たちのために、揺るぎようのない岩さえも、崩す覚悟をいとも惜しまずにいる。

「貴方がそう決意されたのであれば…誰一人その意志に背く方はいないでしょう」
「いたとしても、それを貫かなくてはね。この子たちのためにも…そうそうのんびり構えてなどいられないからね」
そう言って友雅は笑った。

「なぁ!子供の名前とかって決めるんだろ?もう考えてんのか?」
イノリにそう尋ねられて、友雅は思い出した。
これまでの間、あかねと話していた子供達の名前のことだ。ここ一年は何かと言えばそんな話題が中心で、生まれるのが男か女か分からないうちから、両方の名前を何度も二人で話し合っていたものだ。
「一応ね、男の時も女の時も慌てないように、とね……二人で考えていた名前がある。でも二人とも授かるなんて思わなかったから、二つ決めて置いて良かったよ。」
どこで功を奏するか分からない。
まさかさんざん悩んだ二つの名前を、無駄にせず使用することになるとは。



「息子は…文紀(みのり)。実り多き人生を過ごせるように、そして文などの才にも優れるように…という意味でね。歌や文などに長けていないと、いざと言うときに困るからねえ?」
「友雅の子供だろ?親父の血を受け継いでりゃあ、そっちの技量は心配なしじゃん!」
イノリが突っ込むと、全員が笑った。


「娘は…千歳(ちとせ)。長き時を健やかに過ごせるように。そして、私とあかねのように…千年と時空を超えたとしても、素晴らしい出会いを迎えられるよう……ってね。」

愛することをためらうことなく、愛する人を愛し続ける情熱の灯火を永久に消さぬよう。
自分たちの恋のように、運命の悪戯に感謝できるほどの人に出会えるように。

心からの想いを込めて、名付けようと考え出した二人の名前の通りに、彼らが理想の人生を送れるように見守り続けよう。
幸多かれ、これからの日々を。





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Megumi,Ka

suga