翼の設計図

 008
「友雅、どこへ行く?産室に入ろうとしても無駄だぞ。お師匠が余計な物の怪が入らぬよう、周りには強い結界を張っている。おまえでもそこをくぐることは出来ぬ。」
いてもたってもいられずに、部屋を出ていこうとした友雅の背中に向かって泰明が言った。
「どうにもならないのかい?産室に入れなくてもかまわないから、せめて御簾越しに手を握るくらいのことでも無理な願いなのかい?」

泰明は思った。おそらく友雅はどんな違法を侵したとしても、あかねのそばに行こうとするだろう。そしてあかねは、それを待っている。
あかねが無事に子を産めるので有れば。心安らかに子を産み落とせるのであれば……晴明の結界でも泰明なら、その程度はこじあけることが出来る。

「………断じて産室に入ってはならぬ。入れていいのは、片手だけだ。」

その言葉を聞くと、すぐに友雅は寝殿へと足早にかけていった。


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真っ白な世界に閉じこめられてから、もう数時間が過ぎていた。身体がどんどんと重くなっていく。
気を失いそうなほどの激痛が身体を走っているというのに、ふと頭の中に雑念が何度もよぎった。

……こっちの世界って、子供を産むときって…みんなこうなのかな。
……私の住んでた世界だって、このごろは旦那さんが付き添いながら、っていうのも多くなってるのに。
……こっちはそういうの、ダメなのかな。

……あ、泰明さんのお師匠様…ということは、泰明さんが来てくれてるんだ。
……友雅さんは泰明さんと一緒なのかな。
……一緒に、どんなこと話してるんだろ。

……赤ちゃんが生まれたら……すぐにでも抱いてもらいたかったのにな…………。

そんな言葉が浮かんでは消えた。
両側であかねに付き添いながら、励ましてくれている胡葉。祓いを行っている晴明。僧侶たちの祈祷の声が響く中、近づいてくる誕生の瞬間に備えて、あかねは力一杯気をためた。

その時だった。

「あかね……」

声とともに、手のひらに懐かしいぬくもりが甦る。でも、それは幻でも夢でもない確かな感触。

「友……雅さん……?」
絞り出すような弱々しい声で、あかねが名前を呼んだ。それに反応するように、握りしめる手の力が強くなる。
「無理言って産室までやって来てしまったよ。さすがにこの御簾の中には入ることは禁じられてしまったけれどもね…。だからこうして、御簾越しにあかねの手を握ってあげることくらいしか出来ないが許しておくれ。」

真っ白な布の向こうには、確かに友雅の影がある。そして自分の手を、強くしっかりと握ってくれている。
嬉しくて涙がこぼれて。痛みがやわらぐような、そんな気持ち。
たった一人の手のひらが、こんなにも心に安らぎを与えてくれるなんて。
「安心しておいで。私がずっと付いていてあげるから、何の心配もせずに君は精一杯頑張れば良いんだから…」
つながれているのは片手だけで、いつものように両腕で抱きしめてくれているわけでもないのに、今はその手の暖かさが自分と友雅との間をしっかりとつなぎ止めていてくれる。
その感触が、あかねにとって最高の支えとなった。


「奥様、もう少しでございますよ…!」
耳元で祥穂の声がした。

……ねえ、分かる?このあったかい手はね、あなたのお父さんの手のぬくもりなんだよ。
……おかあさんの手をずっと握りながら、あなたが生まれてくるのを待っていてくれるんだよ。
……おかあさんも、おとうさんも、あなたの声が早く聞きたいよ。
……だから、顔を見せて。







--------------------------この世に響く、生まれたての声。








ふっと友雅の手から、あかねの手が力無くほどけていくと同時に、その清らかな声が産室に響き渡った。
「殿!お生まれになりましたっ!……元気な姫と…皇子のお二方でらっしゃいます!」
「………二人……?」
「そうでございますよ!それは可愛らしい、元気なお子さまでございます……。」
慌ただしく動き回る侍女たちに紛れて、友雅は全身から力が抜けていくのが感じられた。さっきまで聞こえていたあかねの苦しそうな声は消えて、遠くから聞こえるのは高らかな赤子の声。
生まれ出たことを知らせようと、二人揃って泣きやまずに声を上げている。
「……そう、か……。生まれた…か………」
張りつめた緊張感が途切れて、腰が砕けてその場に座り込んでしまった。手のひらの汗は消えかかり、友雅は目にかかる前髪を軽く掻き上げて目を閉じたが、すぐにはっと何かに気付いて祥穂の腕を引き寄せた。

「あかねは……?あかねの容体はどうなんだい?何も問題はないんだろうね?」
平静を装いながらも、その目はいつになく真剣で……これまで見ていた友雅の姿とは思えないほどの動揺ぶりに、思わず祥穂は吹き出しそうになりながら彼の手を取った。
「殿、落ち着いて下さいませ。奥様もお子様方も…共にお元気でらっしゃいます。奥様はお疲れになっていたのでしょう…今は溶けるようにお眠りになられております。」
カタン、と廂から晴明が近づいてきた。
「少将殿。神子はよく頑張られましたぞ。龍神と四神の守護に護られ、御子たちは健やかにお育ちになられるだろう。神子にも何一つ心配などいらぬよ。これからは二人とも子の親として、今まで通りに幸せに過ごされると良い。」

晴明の言葉と入り交じって、あかねの寝息が聞こえている。今すぐこの御簾を開けて、その身体を抱きしめてやりたい。言葉にならない想いを、その腕で抱きしめて伝えてやりたい。
そんな友雅に、祥穂が手招きをした。

「さあ、殿…あちらへおいでくださいませ。奥様から何度も言いつかっております。無事に御子様がお生まれになりましたら、殿に抱いていただくようにと。」



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Megumi,Ka

suga