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翼の設計図
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| 006 |
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夏が清水の流れと共に過ぎてゆき
秋が枯葉の舞いと共に流れゆき
天上から粉雪が降りそそぎ………地を白銀色に染め上げた。
常緑樹の橘の葉は白く化粧を施し、池にはうっすらと氷が張りつめる。
驚くほどの静寂の時間が続く。
そして年は移り変わり、新しい一年が始まりを告げる。
同時に………梅の蕾が少しずつ膨らみはじめる。花咲く時を待ち焦がれるようにして、ほのかな紅を差した蕾が雪をかぶっていた。
新しい季節が近づく。
………もうすぐ。新しい息吹が声をあげる。
■■■
「奥方はいかがお過ごしかな?そろそろ産み月が近いだろう。」
ここのところ友雅が昇殿すると、帝からこのような言葉が第一声としてかけられる。
「昨日、ご紹介頂きました侍医に診ていただきましたが、母子共に問題なく健康だとお言葉を頂きました。」
「そうか。それは良かった……その日が楽しみだな。」
まるで我が子が生まれるかのような面持ちで、帝はこの数ヶ月を友雅と接してきた。御前に上がる殿上人の中でも、別格の扱いを受けている友雅のこと。ましてやその彼に子が生まれるというのであるから、帝としても気が高揚せざるを得ない。
「予定は……今週末頃と聞いた。出産の支度は足りておるか?何か必要なものがあれば、遠慮なく申すと良い。即座に整えさせよう。」
友雅はこの何ヶ月かのうちに、新たに気付いたことがある。
自分の仕える帝は………思いの外、世話焼きだということだ。
■■■
根雪は姿を消しているが、小雪はまだ今日も降り続いている。寒さは日ごとに控えめになってきているが、それでもまだ『暖かい』と言えるほどではない。夜になれば寒さは肌を貫く。
「今夜は少々冷え込みそうですね。火桶をお近くまでご用意いたしましょう」
そう言ってあかねのそばにやってきたのは、土御門家からこちらへ手伝いにやってきた侍女の胡葉だった。土御門家に世話になっていたころから、ずっとあかねの世話をしてくれていた中堅の侍女である。
彼女と、この屋敷であかねの世話をしてくれている祥穂。二人は常にあかねの近くに待機して、いつやってくるか分からない、その瞬間のために彼女を見守っている。
「友雅さん、今日も遅いのかなぁ……」
静まりかえった部屋の中で、横になったままあかねがぼんやりとつぶやく。
「今夜は宿直のお当番と申されておりましたから、帰りは少々遅く鳴られるかもしれませんね。お先にごゆっくりお眠り下さいな。」
「うん………分かりました。」
胡葉はあかねの身体に厚手の衣を何枚も重ねてかけると、灯りを少し暗めに落とした。強い炎が部屋全体を照らすよりも、ほのかな灯りが暖かさを感じさせる。
あかねは黙って、そのまま目を閉じた。だが、ゆっくりと眠りにつけないのが現状だ。
身体は日に日に重みを増して、寝返りを打つのも辛い。時折自分の胎内の中で、子供の身動きする振動が身体に伝わる。それは時に痛みを帯びて、汗が額を滴ることさえある。
こんな時に一番欲しいのは、夕暮れの太陽に似た灯などではなくて……この手を握り返してくれる大きな手。そのぬくもりがあれば、どれほど心が安まるか知れない。
………そんなこと、思っちゃダメ。友雅さんはお仕事なんだから……。外は雪が降ってるんだし、寒い中をお仕事してるんだから……友雅さんの方だって大変なんだから………。
既に十分理解していることを何度も繰り返して唱えたが、どうしても心がぬくもりを欲しがっている。そばにいてくれたら……いいのに。
………………!
やっと意識が落ち着いてきた時、手のひらをしっかりと包むぬくもりに気付いて目を開けた。
「すまないね…起こしてしまったかな?」
緩く流れる長い髪に、ほのかに残る香の薫り。上から覗き込む彼の手は、しっかりとあかねの手のひらを包み込んでいる。
「……どうして?今夜はお努めだったんじゃ……。まだ帰るには早いんじゃ……」
水時計のような時間を計る道具はないが、不思議とこの世界に生きるようになってから、どことなく時の流れが感覚で分かるようになった。宿直である友雅が帰宅するには、まだ時間が早い。
少し驚いた顔をして見上げるあかねの頬を、友雅の指先がそっと撫で上げる。
「自主的に早く切り上げてきてしまった。あかねのことが心配でね………」
そう言って軽く額に唇を落とす。
「そ、そんな…大丈夫ですよ!まだ……落ち着いてるから……私は平気ですっ!だからお仕事に戻っても平気です!」
嘘。
本当はこうしてずっと、この手を握っていて欲しい。ずっと離れないでいて欲しいのだ。心細さを取り払えるのは、友雅のぬくもりしかないことをあかねは知っている。
そんなあかねの手を、彼の手はすっぽりと包む。
「さっきのは冗談。ちゃんと大将殿に断りを入れてから戻ってきたんだよ。君のことが心配だから、と言ったら……すんなりと引き下がってくれたよ。」
友雅はそう言って笑った。
どこにいても、どう過ごしていても……離れている限り意識は屋敷へと戻ってしまう。心のすべてがあかね一人に奪われて、身動きさえ自由が利かなくなる。
それはまるで媚薬に溺れるが如く、引き寄せられるようにここへ足が向いてしまう。
「……ごめんなさい。でも、ちょっとだけ……やっぱり嬉しい。友雅さんに一緒にいて欲しかったから……」
手のひらのぬくもりを感じながら、あかねはそうつぶやいて微笑んだ。
たった一人の存在が、どれほど心を落ち着かせてくれるのか。そばで友雅が見守ってくれていることが、体の中にいる子供にも分かるのだろうか……さきほどまで何度か動いていたのに、今は落ち着いて眠りについているようだ。
「大丈夫…ずっと着いているから、ゆっくりお休み。」
その言葉はまるで子守歌のように身体に染み渡り、いつしか自然とあかねは眠りについた。
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