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翼の設計図
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| 004 |
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「頭の中で理解してはいたけれど、突然のことだと驚いてしまうね…。私と君が愛し合った結果が、命として生まれ出るなんて……ね。当然のことだと思っていても、当の本人になってみると、不思議なことだと実感しないかい?」 「……うん、そう……ですね。私も泰明さんに言われて…びっくりしてて……」
泰明に妊娠のことを告げられたとき、一瞬身体が硬直した。
身に覚えがないとは言わないが、まさか自分が妊娠しているなど、考えても見なかったことを突然指摘されたのだ。
それはあかねに『母親』の自覚を与えられた瞬間でもあった。だが、それを簡単に受け止めるほどあかねは成熟していない。
「母親になる君が戸惑うのだから、私だって同じ事だ。勿論、これから子を産むことになる君の苦労から考えれば、父親の戸惑いなんて比べものにならないだろうけれどもね………」
まだ華奢な身体の中に宿った命を、あかねは一人で育んで行かなくてはならない。友雅には手の貸せない部分で、数々の苦労をしなくてはならないだろう。
「ね、友雅さん…嫌……じゃないですか?お父さんになるなんて……嫌だとか…思ってませんか?」 あかねはやっと、ずっと気になっていたことを友雅に尋ねることが出来た。
自由気ままに生きる楽しさを知っている友雅である。父親になったとしたら、今まで以上に行動範囲は狭まることは間違いない。
それを彼がどう思っているのか、知りたかった。
何よりも、彼が『自分』というものを失う生き方を必然とされることが、あかねには気がかりだった。そうなれば……彼の輝きが消えてしまうと思うから。
輝きを持たない友雅は……彼自身ではないと思うから。
そんなあかねの心配をはねのけるように、いつもの微笑みで友雅は見つめ返す。そして両方の頬を、そっと手のひらで包んでくれた。
「何故?どうしてそんなことを思うのか、そんなあかねの心の方が私にとっては不思議だね。そりゃあ突然のことで、少し驚いたというのは否めないけれども。でも……そんなことを一度も私は思ったことはないよ。」
友雅の言葉が、あかねの中にある不安を少しずつ、少しずつ溶かしていく。
やがていつもの自分の心が見えてくるまで、その言葉はずっとあかねだけに囁かれる。
「だって…子供がいたら、色々自由もきかなくなっちゃうでしょう?生活だって少し限定されることもあるだろうし、窮屈になっちゃうんじゃないかなって…。そんな生活、友雅さんは嫌なんじゃないかなって……。」
言いかけていた言葉を遮るように、こつんと友雅の指先があかねの額を突いた。
「私はね…あかねと共にいられるのならば、どれほど窮屈になっても苦ではないよ。それを楽しい、嬉しいと思わせてくれたのは………君の存在だからね。」
彼女に出会っていなかったら、自分はどんな生き方を続けていただろう?
何事もなく、ただ流れに任せて生きたこともそれなりに楽しかったに違いないが、彼女の出逢いが教えてくれたものには代え難い。
彼女のいない日々など…………もう考えられない。
「私は他の者たちのように、全身で喜びを表すことは苦手だから。だけどね、あかねにだけはきちんと分かっていてもらいたいのだけれどね……私と君との間に芽生えた命を、私は……おそらく嬉しく感じているんだと思う。」
友雅はあかねの手を取り上げて、自分の胸に当てる。静かな心音が、手のひらから伝わって身体へと流れてくるような感じがする。
「分かるかい?心が……驚くほど穏やかになっているんだ。そして、暖かな風が漂い続けている…。心地よくてね………こんな気持ちは生まれてはじめて経験するよ。……きっと君の身体の中に眠っている子も、そんな風に思っているのかもしれない。」
自分には残っていない、母親の胎内の記憶。ゆるやかにうねりを返しながら、十月十日を過ごした場所の安らぎ。
覚えていないはずなのに……今、友雅はあの時のような懐かしい心地よさを感じていた。
「この子が生まれてくるまで、君は色々と大変だろうけれど……私がいつもそばにいることを忘れずにいるように…ね。私は君と、そしてこの子を護るためにいるのだから。君たちの代わりに痛みや苦しみを受け止められるのならば、私は喜んで身代わりになるよ。」
少しだけ、あかねは友雅の言葉に驚かされた。
彼が、子供や家族というものに対して、ここまで真摯な態度を取るような人間だとは思わなかったのだ。
いつも一人で自由に生きることを何よりも愛し、心の流れに任せて人生をたゆたうことを楽しんでいた彼が、何一つ迷いもなくそう言ってくれたことが、驚きでもあり……そして嬉しくもあった。
「今まで育んできた私たちの甘い生活のように、この子も育んでいくことにしよう。幾年月が流れゆく中で、二人でずっとね………。」
あかねは、涙が止まらなくなった。
自分は…なんて幸せなんだろうと。
好きになった友雅に愛されて、何一つ不満のない生活を共に過ごすことが出来て、そして二人の間に生まれた命を、ここまで大切に思ってくれる………これ以上の幸せなんてない。
「ああ、いけないねえ…。泣くのはこの子の仕事だ、君が今から取り上げちゃいけない。生まれ出るときにこの子が泣くのだから、先に君が泣いては駄目だよ。」
ぎゅっと友雅の衣の袖を掴んで、その胸の中に倒れ込んで涙を隠した。咎められようとも、そのあふれてくる涙は歓喜に変わって、永遠に止まることはないだろう。
「さあ、夕餉の用意もそろそろ出来ている頃だろう。これからは君の中にいる子のためにも、しっかりと栄養を摂らなくてはね。」
友雅はゆっくり膝を曲げると、そのままあかねの身体を腕に抱えて立ち上がった。その手にはまだ一人分の重みしか感じられないが、小さな命の灯火はこの目に見えるような気がする。
「こうして君を抱いていると、愛する姫君と愛する我が御子の両方を抱きかかえることが出来て得かもしれないねえ…」
そう言って友雅は笑った。
「もう少し経ったら、友雅さんが抱えられないくらい重くなっちゃいますよ、私。」
「そうだね……その頃にはまた一つ、楽しいことが見つかるかもしれないね…」
二人の心の結晶が産声を上げるのは……翌年の弥生月。
……そう、君が舞い降りたのも、それくらいの時期だったね。
その手にあかねのぬくもりを抱いたまま、友雅はそんな昔の記憶を思い返していた。
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