駅前は比較的、混雑していなかった。
普段の休日ならごった返している時間であるにも関わらず、大型連休ともなると遠出する人が多いようで、逆に町中は人通りが少なかった。
それでも、この連休に合わせてセールをしている店も多い。あちこちで、70%OFFや50%OFFという張り紙を見つける。
「調子に乗って、とんでもない値段は選ぶなよ」
父は苦笑いしつつも、約束通りあかねを連れ出してくれた。
『物が決まったら呼びに来い』と言って、父は店の前のベンチで待機することになった。
あかねはうなづいて、ショッピングモールに並んでいるお気に入りの店に入った。
棚にはフルーツカラーの、カジュアルなバッグやアクセサリーが並ぶ。イタリアンカジュアルらしい、明るい色合いが多い。
隣はシックなタイプの店構え。どちらの店にしようか、店内をうろうろしながら悩む。
約1時間ほど悩んで、あかねはチェリーピンクのミニボストンを選んだ。
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「いやあ、思った上の出費だな」
苦笑いを浮かべながらも、父はあかねの選んだものを買ってくれた。その代わり、勉強はしっかり続ける事、という前書きを付けて。
昼近く。どこかで食事でもしていこうということになり、二人は駅のホームを見渡せるレストランに入った。
特急電車が行き来するのが望めるため、待ち合わせにもよく使われる店だ。
「本当なら、せっかくの連休だし、どこか出掛けても良かったんだが…仕事の都合が合わなくて悪かったな」
「ううん、大丈夫だよ。勉強もあるし、代わりにこんなの買ってもらえたし。」
フルーツパフェのクリームをすくいながら、外を眺めていたあかねは笑った。
----------だからといって、あそこへ連れて行くわけにはいかないからな。
無邪気に目の前で食事をするあかねを見ながら、父はそう強く思った。
それにしても、頼久はどうしているだろう。
水曜日までお休みしたいと言っていたらしいから、図書館に行ってもまだ合う事は出来ない。
滅多に休む事は無いと聞いたけれど、何故いきなりそんな長期のお休みを申請したんだろう。
連休の間は学生も少なくなって、図書館もゆっくりと出来るに違いないのに、お休みなんてちょっとツイてないな。
などど、考えたあとに何となく照れくさくなる。
頼久のことを、必要以上に意識している自分に。
特急は行き来している。ホームには、乗車を待つ人々も見える。
行き先はどこだろう?どこからやってきた電車だろう?旅に行けない分、そんなことを想像するのも楽しい。
乗車口が開き、中から下車する人々がゆっくりと降りて来た。
子供を連れた家族、ブリーフケースを持ったスーツ姿は、出張帰りのサラリーマンだろうか。大学生くらいの、若いグループも何組か見える。
その中でたった一人、あかねの視線が釘付けになった人がいた。
「あ……」
スプーンを放り投げるようにテーブルに置いて、椅子から立ち上がる。そして、もう一度目を凝らして、その姿を追う。
間違いない。
「お、お父さん!あの…ちょっと改札に行って来て良い?」
「ん?誰か友達でもいたか?」
いきなりのことに父は少し驚いたが、文句を言うような表情ではない。
友達…と言って良いか分からないけれど、知り合いではあると思うし。
ここは、そう言って素直に席を立たせてもらおう。
「う、うん…ちょっと。だから行って来るね。」
あかねはバッグも持たずに、手ぶらのまま店を飛び出した。
そして、一直線に特急の改札に向かって走り出した。
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一体どちらが、自分の身体に馴染んでいるんだろう。
久しぶりに戻った、あの村に降り立ったときにも、少なからず懐かしさを覚えたはずだったのに、こうしてここに戻って来てみると、やはりホッとする何かがある。
こんなに騒がしくて、ホコリっぽい町なのに。汚れた空気の中、空の星さえ満足に見えない、ここなのに。
取り敢えず、向こうでの用事は終わった。
住職に顔を見せる事も出来たし、村の現状も散策しているうちに、何となく把握出来た。
それほど、めまぐるしい変化はない。
変わった事と言えば、あの人がいなくなったということだけだが。
だからと言って、歴史を白紙に変えるにはまだ時間がかかる。人里離れた小さな村だからこそ、言い伝えられる事柄は深く根を張ってしまうものだから。
これからアパートに帰って、残っていた本を読んでしまおう。
そして、寺から探してきたものを照らし合わせてみる。何かきっと、新しい手がかりが見つかるかもしれない。
そういえば、彼女はどうしているだろうか。
休みを取ってから会っていないが、元気でいるだろうか。
図書館に挨拶がてら、立ち寄ってみようか…まだ時間は早いし、誰かしら待機しているに違いない。
彼女は………知っているのだろうか。あの人が亡くなった事を。
もしも知っているのなら……………その記憶の隅に、少年の存在を覚えているだろうか。
偶然なのか、必然なのか。繰り返されるたびに、運命というものを何度も考える。
正確な数さえ分からない程、この世に存在する命の中で、お互いが巡り会う瞬間の不思議さ。
そこには、どんなものがあるのか。
………こんな時に、考えてしまう。
人の波、騒がしい雑踏の中。
同じ時間に、同じ場所に居ることの偶然。
立ち止まると、向こうがこちらを見て立ち止まる。そうして、彼女が駆けて来る。
距離が狭まる。そして………彼女が目の前に立つ。
「あ、あの……」
駆け下りた階段の数だけ、息が弾んでいる。
彼の姿を見つけて、とっさに駆け出してここまでやってきて…やっと見つかった彼の姿に向かって、また走り出して……。
そしてやっと、目の前にたどり着いたのに………何て言えばいいのか思いつかなくなった。
会いたいと思ったのに、こうして向かい合わせになったら言葉が出て来ない。
会えて嬉しいのに、その伝え方が分からない。
息が弾むのは、心が揺れ動いているせい。
「お久しぶりです」
切り出してくれたのは、頼久の方だった。顔を見上げて、言葉を失っているあかねには、その声が助け舟のように思えた。
「どこか、お出かけになるところですか?」
「あ…いえ、あの…ちょっと買い物…で」
我にかえって、顔が熱くなるほど心臓が早く動き始めた。
頼久が向けてくれた笑顔は、いつもと同じように穏やかで優しかったから。
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