思い出の色彩

 第1話
「全くおまえもさぁー、後のことも考えずによくも無茶な進路を思いついたもんだ」

あれから何度も天真に逢う度に、同じ事を言われる。そんなことは既にあかね自身も実感している。

常にバッグの中には、鷹通の見つけてくれた参考書がいくつか入っている。
『読んで目を通すだけでも十分身に付くものだ』と鷹通は言ったが、それは元々理解できる高等な頭脳を持っている人だからだ、とあかねは思った。
とは言え、じっとしているわけにも行かない。どうせあんな難関を突破出来るとは思っていないし、でもいつまでたっても進歩のない様子を鷹通に見せるわけにもいかない。
おかげで参考書片手に昼食というスタイルも、板に付いてしまった今日この頃のあかねだった。

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理解できたのかは分からないが、取り敢えず借りた数冊の本は読み終えた。
たいくつ…と言ったら、せっかくの鷹通の好意に失礼だとは思うが、やはりそうすんなりと受け入れられるような、簡単でわかりやすい内容ではなかった。
それでもここから先に進めば、少しずつ分かってくるだろうか。
そう思えば、きっかけの一つを与えてくれた鷹通には感謝せざるを得ない。

あれこれといろいろなことを考えながら、あかねは大学の前でバスを降りた。そしてそのまま校門をくぐり、鷹通が待つ図書館へと向かった。
今度は図書館の場所も分かるし、そう迷うこともない。木々の若葉が彩る裏庭を抜けるとき頬をくすぐる緑の風は心地よく、褐色のレンガの色も目に優しかった。

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手首にはめた時計を見ると、午後3時を少し過ぎたところ。講義を終えた学生たちが構内を歩き回り出す時間だった。
とはいえ名門国立大学の学生は、賑やかに時間を過ごすという習慣はあまりないようで、そのせいか図書館も相変わらずの盛況ぶりだった。
「私なんか高校の図書館なんて、年に何度かくらいしか行かないもんなぁ」
あかねはひとりごとをつぶやいた。例え出かけたとしても、手に取るのは料理のレシピ集や人気の文庫本のミステリーシリーズ、あとはちょっと画集をのぞいてみるくらい。専門書などという堅い本など品揃えも知らない。

そんなことも言っていられないかもしれない。何せこの大学を受けるとなると、情報は多ければ多いほど得だ。
とは言っても、もともと興味がたいしてないのに手を出せる本なんて見つかりっこないのだ。
あかねはそっと図書館の中を覗いた。鷹通が来ているかどうか、ちょっと目をやってみたのだが姿は見えない。

「鷹通さん、まだ講義終わってないのかなぁ」
そうつぶやいて、あかねは廊下のソファに腰を下ろした。やはり高校の制服のままで、一人図書館に入るのは少し勇気が居るので、ここで鷹通が来るのを待っていようと思った。


「中に入らないんですか?」
「え?」
とたんに手元が薄暗くなった。誰かの影が自分を遮っているのだ、とあかねは気付いて顔を上げた。
「こないだいらっしゃっいましたよね?」
静かに響く声。凛とした澄んだ瞳。
彼だ。この間会った…彼だった。

「あ、あ、どうも…。すいません、こんなところにじっとしてて…」
何故かあかねはどぎまぎして、あわててソファから立ち上がった。
「藤原さんは今日は講義のあとに研修があると言ってましたから、こちらに来るのは4時近くになると連絡がありましたが…」
「あ、そーなんですか…」
一応は彼の話をきちんと聞き取ったつもりだった。が、取り敢えず彼の視線と自分の視線を合わせないようにしようとしたのだ。
何故か目を合わせたら、頬がますます赤くなりそうな気がして。あかねはまっすぐ前を向くことが出来なかった。

「あの……」
「は、はいっ!?」
声をかけられて、反射的にあかねは顔を上げてしまった。そうしないようにと気を付けていたはずなのに、簡単にしかもあっけなく顔が彼の目線とつながる。
「良かったら中で…待ちませんか?」
「あ、で、でも……ここでも平気ですっ」
というのは勿論嘘だ。何もない廊下で一時間近くも待っているのは辛い。
本当なら中でゆっくり鷹通を待つ方が良いに決まっているが、その間彼と二人で何を話して良いのか思いつかないのだ。
しかし、多分そんなあかねの感情には彼は気付いていないだろう。そっと彼の手が、あかねの肩に触れた。

「中でしたら本もありますし。どうぞお入り下さい」
間近で見下ろされた彼の目は、相変わらず芯の通った光を輝かせていた。
だがそこに浮かんでいる表情はとても優しげな感じがして、あかねはそれまで突っかかっていたことさえ忘れて彼の誘いにうなづいていた。
無意識のうちに。



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Megumi,Ka

suga