記憶の空へ

 第4話
「やっぱりあちらにいましたよ」
あかねは顔を上げて、顔を見た。
「こちらが、図書館に常勤されている源 頼久さんですよ」
鷹通が紹介したのは、さっきあかねが見つけた青年だった。鷹通よりも背が高く、並んでみると年上なのがよく分かった。

「あ、ども……はじめまして…!お邪魔してます!」
あかねは慌てて椅子から立ち上がって挨拶をした。というのも、先ほどはよく分からなかったけれども…結構な美青年だったからだ。着やせするタチなのかもしれないが、それでも体格はしっかりしているし、それでいてすらりと長身で、瞳は落ち着いているが、凛とした面もちを帯びている。
「頼久さん、こちらは元宮あかねさん。私のご近所にお住まいになっているお嬢さんです」
鷹通はあくまでも礼儀正しく、簡潔にあかねのことを頼久に説明した。
しかし。

「元宮…………」

頼久が、あかねの姓をつぶやいた。そして、強く光を秘めた瞳であかねを見つめた。
「え?あ、あの…私、何か?」
思わずどぎまぎと焦った。その瞳の力と、少女らしい照れくささと。
「どうかしましたか?まさかお知り合いだとか?」
頼久の異変に、鷹通も少し慌てたらしかった。
あとから聞いた話だが、何せ頼久は寡黙な男として有名で、初対面の相手との挨拶にも、礼儀正しさは欠かさないけれども、自ら話を始めることは一切ないという男だったらしい。
そんな頼久が、あかねを紹介したとたんに反応を示すとは、かなり珍しいことであった。
だが、頼久はすぐに姿勢を正した。

「いえ、そんなことは………。はじめまして、本館の業務を承っております、源 頼久と申します」
「あ、あ…どうも!今後ともよろしくお願いします!」
「今後とも?」
あかねの挨拶の言葉に首を傾げる頼久に、鷹通は少し微笑んで口を開いた。
「彼女はまだ高校二年なんですけれども、再来年この大学を受験なさるんですよ。ですからこれから度々資料を探したり、勉強などにこちらにやってくる機会が増えると思いますので、そういう意味ですよ」
鷹通は平然と言うけれど、あかねとしてはとんでもないプレッシャーだ。未だにここの学生になれるなんて、少しも思ってなんかいないのだから。
「そうですか。何か資料などで不明なことがありましたら、ご相談下さい。微力のお手伝いしか出来ませんが」
椅子に腰を下ろして、紅茶を一度飲みこんだあと、頼久はあかねの方を見て笑顔を作った。
何でもない、普通の表情だった。凛々しい顔立ちとは少し離れて、笑顔は優しい。
でも、さっきは……違った。一瞬空気が緊張の糸で縛り付けられたような、そんな空気が頼久の目から流れていた。
あかねの名前をつぶやいたとき。あかねの名前を知ったとき。何故?分からない。

■■■

しばらく三人で過ごした時間は、とても和やかに流れていった。
相変わらず鷹通は穏やかに言葉を続け、頼久は殆どしゃべりはしなかったが違和感はなかった。完全に理解するにはまだまだ勉強が必要なほど、鷹通の話は専門的なものばかりだったけれど、不思議とつまらないという気はなかった。時折、あかねは隣からの視線を感じた。
その先には頼久がいる。でも、顔を合わせれば静かに微笑みを返してくれた。その繰り返しを続けながら、夕暮れが近付いた。

■■■

閉館時間が近付いていた。鷹通は書庫から集めたという数冊の本を、あかねの前に差し出した。
「この三冊が、よく試験問題に出る作家のものです。さほど難しい内容のお話ではありませんから、ゆっくりでも読んでいると参考書代わりになりますよ」
一冊がかなり厚い本だった。三冊とはいえ、読み終えるまでには時間がかかりそうだ。それに、一人で持って帰るには力が必要だろう………………鷹通が近所に住んでいてくれて良かった、と思った。
「では、そろそろ帰りましょうか。頼久さんは、どうされますか?」
窓のカーテンを引いている頼久に、鷹通が尋ねた。
「私はもう少々まとめるものがあるので…あと少しここにいます」
「そうですか。私ももう少しお手伝いしましょうか?」
「いや、これ以上遅くなっては、彼女に申し訳ないですから、ご一緒に帰って差し上げて下さい」
鷹通の後ろで本を抱えていたあかねは、自分に話題が飛んできてどきっとした。
「そうですね。じゃあお先に失礼します」
頼久の勧めに従って、鷹通はあかねを連れて先に帰途につくことにした。

帰り際、一度だけ受付の方を振り返る。一度だけだったのに、頼久と視線がつながる。
送り返されるのは、いつも笑顔と瞳の光。
どきどきした鼓動を止められないまま、あかねは鷹通と共に図書館を後にした。

■■■

土曜日の夕方のバスは、ラッシュアワーも比較的少ない。のんびりと椅子に腰掛けることも可能だ。
「彼は勉強家というか…読書家というのか…。とても本がお好きなんだそうですよ。ですからさっきのように、いつも手が空いたりしたときには、図書室で本を読んでいたりするんです」
「ふーん、そうなんだ」
帰途の間、あかねは鷹通の話す頼久についてのことを聞いていた。
彼は鷹通が大学に入学した年に図書館の常勤としてやってきたという。物静かで真面目な男で、仕事を一度でも休んだことがないらしい。

「でも、ここだけの話…彼のおかげで最近女子生徒がよく図書館を利用するようになったんですよ」
小声で耳打ちをするように、鷹通が言った。

頼久は遠目に見ても映えるルックスだし、若い女性が目を留めないことはない。誘惑めいた誘いをかける女性もいるらしいのだが、気付いているのか気付かないのか、全く彼自身は動じもせずに無反応なのだと言う。
それでもそこがまたクールで良い、という女性が殆どなので、おかげで図書館の利用者は微量ながら上がっているらしい。
「何となく、分かるなぁ…」
ひとりごとのようにつぶやいたあかねの一言を、鷹通は聞き逃さなかった。
「おや、ここにも彼に興味を抱く方がいらしたのですね?」
「えっ!!!!そ、そ、そんなんじゃないですよ!!べ、別に……」
抱えていた本を落としそうになるくらい、取り乱しているあかねの頬が夕焼けと同じ色にほんのり染まっているのを見ながら、鷹通は笑う。

「別によろしいんですよ。あの方はとても真面目な、素晴らしい方です。私がそれは保証いたしますよ。」
「だ、だからそんなんじゃ〜っ!!!」
そんなんじゃない。ホントにそんな、一目惚れとか恋だとか、そんな一般的な普通の感情とは違うのだ。

もっと深い何か。それを彼の瞳から感じる。そして、どきどきする。
この意味が解明できるのは、もう少しあとになるのかもしれない。
まだ、出逢いは始まったばかりだから。





-----THE END-----



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Megumi,Ka

suga