Mint Wind

 第2話
食事が終わってから、鷹通と泰明は部屋に引っ込んでしまったので、あかねも自分の部屋に戻った。
シャワーを浴びてさっぱりしたあと、クローゼットにしまっておいたトラベルバッグを持ち出す。
明日はここを発つ。数日の軽井沢ライフも、今夜でおしまいだ。
少し寂しい気がしつつ、買ってきた土産をベッドの上に広げ、出来るだけそれらをまとめるために、整理を始めた。

ジャムやジュース、信州名産のりんごのお菓子や、ぶどうのゼリー。
それから、あまり名産品とは言えないけれど、つい綺麗だから買ってしまったアクセサリーなど…いろいろ。
前者は友達や家族の分の土産で、後者は自分用の土産。
自分の土産は、旅行の記念品みたいな気分で選ぶので、時々土地とは全く関係ないものがあったりもする。
しかし、例えどこで買っても変わらないものでも、それを手にした時に想い出が甦るのであれば、大切な旅行土産になると思う。

一ヶ月後、半年後、そして一年後。
この小さなブレスレットを見るたびに、今日のことを思い出す。
初めての軽井沢。ちょっと自分とは縁遠い、リゾートライフを過ごした夏のこと。
そして…彼と一緒に過ごした一日。

でも、今日の泰明さん…ホント、何だかおかしかったな…。
ピンクゴールドのブレスを眺めながら、あかねはベッドの上に寝転がった。
おかしいというと少し失礼だけど、いつもの彼とは違うと言う意味で。
普段だって、出掛けることなんか殆どないし、人のいるところは好きじゃなさそうなのに、出掛けるとか言い出して。
しかも、私の好きなところに着いていくとか言って…。
どういう風の吹き回しだろう?

軽井沢に来てから、泰明さん…普段の泰明さんらしくない。
だけど、悪い意味じゃなくって、リラックスしているような気がする。
どこまでも深い、森や林の緑に包まれているからだろうか。
避暑地として観光客は多いけれども、木や花や、壮大な自然に囲まれているから、心が和んでいるんだろうか。
コンクリートの間に、ほんの少しの緑なんてものじゃなく、その比例が逆。
自然の中に町が存在するような…この空気が、彼は好きなのかも。
だから、どこか解き放たれた気分になって、誘ってくれたのかもしれない。

このブレスだって、泰明が決めてくれた。
シルバーとゴールドとどっちが良いか悩んで、ピンクゴールドが似合うと言ってくれて…。
店員が"彼氏と旅行ですか?"なんて言うものだから、びっくりしてドキドキした。
そういう風に、見えたんだろうか…。
恋人同士みたいに…。
エアコンが利いて涼しいのに、なんだか頬が熱くなってくる。

とはいえ、今日一日が楽しかったのは事実。
一人で混雑する町を歩くより、二人の方がいろいろなお店に入る勇気も出来たし。
…明日になったら、ちゃんともう一度、泰明さんにお礼言おう。
昨日は付き合ってくれて、ありがとうございました、って。
楽しかったって、言おう。
多分またいつものように、無表情でしらっとしているかもしれないけれど…。


----------コンコン
静かな佇まいのホテルであるから、ドアのノックはすぐに気付ける。
慌ててあかねは起き上がって、入口に向かい外を覗き見る。
鷹通さんかな?それとも泰明さん…じゃないよねえ。
そんなことを思って、目を凝らした先に立っていたのは……

「ドアの前にいるのは分かっている。さっさと開けろ」
あかねは急いで、クローゼットからカーディガンを取って羽織ると、すぐにドアのロックを外した。
「ど、どうしたんですか、泰明さん!!」
……鼓動が、どきどき言っている、
今まで彼の事を考えていたから、目の前に本人がいると、何だか心の中を見透かされているような気がして、落ち着かない。

「おまえに渡すものがあった」
そう言って彼は、ポケットから小さな箱を取り出し、あかねに差し出した。
手のひらに乗っているのは、今日立ち寄った雑貨屋で見つけたミントケース。
表面が和柄の七宝焼きで、つい衝動買いしてしまった、自分用の土産だった。
「タリアセンで受け取ってから、そのままポケットに入れたままだった。遅れてすまない、返す」
「あ、はあ…ありがとうございます…」
さっそく使ってみたくて、売店でミントタブレットを買って取り付けたのだが、中身を泰明に分けてあげようと手渡して、返して貰っていなかったのだ。
でも、今の今まですっかり忘れていたのだが。

「わざわざ…すみません。明日でも良かったのに…」
「おまえのことだ。買ったものが見当たらないと、置き忘れた無くしたと騒ぎそうだと思ったからな」
普段なら、少し拗ねたくなるけれど、今はそんな気持ちにならない。

「用件はそれだけだ。遅い時間に訪ねて悪かった。早く休め。」
泰明は背を向けて、立ち去ろうと歩き出した。
「あの、泰明さん!」
思わず呼び止めたあかねの声に、泰明の足がぴたりと止まる。
その場に立ち、振り返ってこちらを見る彼の視線が、あかねを捕らえた。
「何だ。」
「あの……今日は付き合ってくれて、ありがとうございました!すごく楽しかったです!」
ぺこりと頭を下げて、思いっきり気持ちを言葉にした。
一緒に過ごせて本当に楽しかったのだと、分かってもらいたくて。

「…おまえが楽しかったのなら、それで良い。」
顔を上げると、もう泰明は背を向けていた。
それっきり振り向かずに、自分の部屋に消えて行く。
何事もなかったように、静まり返った廊下には物音一つしない。
けれどもあかねの手のひらには、置き忘れていたミントケースが戻っていて。
そして、残像のように残っている泰明の面影。

今日の泰明さんは、ちょっと変だ。
でも、もっと私の方が変だ。
こんなこと、なかったのに…今日に限って、どうしてドキドキと鼓動が止まらないんだろう。
鷹通さんにはいつも通りに受け答え出来るけれど、泰明さんとは…。
会話はすんなり出来るのだけれど、そのあとで何故か胸の奥が熱くなる。
そして、おかしな動悸が生り続けて。
気まずさとは違う、目線がひとつずれたような…そんな感じ?
どうして、そんなことになったんだろうか。

訳が分からなくて、ケースの中からタブレットを一つ、手のひらに取り出す。
口の中に入れたとたんに、目が覚めるようなミントの味が広がって行く。

ひんやりした舌触り。
これから寝なきゃいけないっていうのに、こんなキツいミントなんか食べたら、頭が冴えて寝られなくなっちゃうじゃない。
その一口を、あかねは一瞬後悔したが、すぐに頭を横に振った。

ううん、むしろ…この一粒でクールダウンしなきゃ。
落ち着かないし…胸の奥も熱いままのはず。
睡眠を少しだけ犠牲にしても、不思議なこの感情を戻さなきゃ。



***********

Megumi,Ka

suga