いつか王子様が

 001
毎年12月になると、必ず買い揃えるものがいくつかあって、その中にカレンダーと手帳がある。
カレンダーは、駅ビルの雑貨屋が毎年販売しているもの。一年間自分の部屋を飾るものだから、気に入ったデザインが欲しくて購入し続けている。
手帳は、中学の頃に友達の持っている手帳を見たのがきっかけだった。
それまではキャラクター柄の可愛いものを使っていたけれど、彼女の持っていたものはベージュのレザーにサーモンピンクのライン入りで、そのシンプルさがやけに大人っぽくて素敵だった。
次の年、誕生日にねだったのはシステム手帳。ミルクココア色のレザーカバーと、小さな花模様が焼き印されているもの。
それ以来、ずっと中身だけは毎年選んでは入れ替える。
中を開いて、記念日に印を付けるのはカレンダーと同じ作業。
まずは誕生日の印。--------でも、それは自分の誕生日の印じゃない。

小さい頃は、必ず自分の誕生日にシールを貼った。
だけど今は、もっと大切な誕生日がある。
もうすぐやってくる、年に一度しかない大切な日。
--------------6月11日。


■■■

「ちょ、ちょっと待って!そんなこといきなり言われても…!」
とある日曜日の朝、高校からの親友であるルイからの電話に、あかねは困惑していた。
「だって、その日は学校だって休みなんだから、自由に出入りなんて出来るわけがないじゃない!」
懸命に抵抗の返事を返しているあかねに対し、受話器の向こうの声は慌てる様子もなく、あくまで冷静な態度だ。
「だから、あかねに頼んでるんでしょ。私たちなんてたかが一卒業生でしかないんだから、あれこれ突っ込める立場じゃないし。それと比べたら、あかねにはそれなりのコネがあるじゃない。そういうこともあって、頼んでるわけよ」
「…そんなこと言われても…」
受話器を耳に当てながら、壁にかかったカレンダーを見上げる。紫陽花のイラストがついた、6月のページ。赤い印のついた日曜日。
「まあ、駄目モトでお願いしてみてよ?あかねしか、こんなの頼める人いないんだからさ」
はぁ…とため息が漏れる。どういったら、あきらめてもらえるだろうかという考えばかりが浮かんで、返事するタイミングがずれてしまった。
それがあいにくと、悪い展開を招いてしまったようだ。ルイはあかねが承諾をしてくれたのだ、と勘違いしたらしい。
「じゃ、あとは結果報告よろしくね!」
「えっ!ちょっと待って…っ!」
一方的に切られた電話からは、もう声が聞こえなかった。

もう一度ため息がこぼれた。
せっかくの誕生日に、こんなことを頼まれてしまうなんて思ってもみなかった。
さあ、どうすればいいだろう…友雅に正直に打ち明けるしかないだろうか?

そんなことを考えているうちに、ドアをノックする音が響いた。
「何度も呼んだんだよ。ほら、お土産。あかねの好きな『パステル』のチーズプリン。」
ロックアイスの入ったアイスコーヒーのグラス2つと、あかねの分のプリンを添えたトレイを手にして、友雅が二階へと上がってきた。
「それで、何か込み合った話だったのかい?」
プリンをすくった銀色のスプーンは、口元に当てるとひんやりと冷たい。友雅の手の中にあるグラスは、氷の音を涼しげに奏でる。
さあ、どうしようか。さっきルイに頼まれたことを、目の前にいる本人に直談判するには環境は整っている。
しかし……。

「ともちゃんて、私と同じクラスだった煎堂さんて覚えてる?」
友雅は名前を聞いて、首を傾げた。
無理もない。友雅はあかねのクラスの担任だったわけじゃない。週に何度か組み込まれている音楽の授業でしか、顔を合わせることのない生徒を全て覚えているはずがない。
選択科目で音楽を受講していたり、音大入試を目指しているなら覚えてもいるが。
「彼女、外の大学に進んだんだけれどね。今度、結婚が決まったんだって」
「結婚?随分と早いね。あかねと同い年なら、今年二十歳だろう?相手はどんな人なんだい?」
「……同じ大学の……助教授」
助教授?となれば、少なくとも22歳以上ということであって、随分と年の離れた相手と安易に予想することが出来る。
同じ大学で講義を受けているうちに…個人的な付き合いが始まったという展開だろうか。
「うん、ともちゃんの言う通りのこと。あ、でも別に、急いで結婚しなくちゃいけなくなったっていう、そういうわけじゃないんだけど」
一応、念のためにそう付け加えておいた。詳しいことは聞いていないのだが。
「それで?あかねがそんなに戸惑っている理由は?友達の結婚なら祝ってあげれば良いことだろうに、何か引っかかっているように見えるよ?」
「………」
ごまかすことは、はじめから無理だと思っていた。平然とした顔を作っているように見えても、友雅にはその裏の裏まで見通される。
「お祝いは別に構わないんだけどー……」
問題は、そういうことじゃない。考えようによっては、個人的な問題という風にも取られることだ。

「あのね、そのことでルイから電話があったの。私は短大だし、ルイは同じ敷地内の四年制だからすぐに会う事も出来るけど、煎堂さんは別の大学だから会う機会がないし。そういうことでね…お祝いも兼ねてミニ同窓会みたいに集まろうかって話で…」
ここまで聞いた感じでは、別にそれほど引っかかることはない。
もしかしてお祝いの資金繰りでも困っているのか、と尋ねたが、それについてはみんなで出資するから平気だと答えた。
「問題はね、その集まる場所なんだけど」
はぁ、とあかねがまたため息をつく。言いたくないが、ここまで来て隠すわけにもいかない。
「高校の校舎で集まりたいって……言うんだよね」
「…大学の近くに、あかねたちがよく行き来しているカフェがあっただろう。そこじゃ駄目なのかい?そんなに大人数集まるわけじゃないんだろう?」
多分10人いるかいないか、くらいだと思う。特に親しい友達を絞り込めば、これくらいの人数が妥当だ。
一年も大学生活をしていれば、馴染みの店もいくつか出来てくる。声をかければ、奥にあるティールームを貸し切りにするくらいは、簡単に引き受けてくれそうなのだけれど…それじゃ何の意味もない。
「どーしても、学校じゃないと駄目なの」
その理由は……。

「久しぶりに、ともちゃんに会いたいってみんな言うから……」



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Megumi,Ka

suga