Calling you,Calling me

 第4話
スタジオに入ると、時間の経過など全く意識しなくなるようで、スタッフが一時休憩の声を掛けてくれない限りは、通常ノンストップで作業に没頭してしまう。
「夜食で宅配頼む人ー!」
「はいはい!俺、ジャーマンピザとチキン5ピース!」
「あー、じゃあ俺は明太子パスタとポテトと……」
スタッフがメンバーに、それぞれオーダーを聞いてまわる。
既に深夜となって数時間経つのに、何故だか24時間営業のデリバリー店というものは、殆どが重いメニューを扱っているものばかりだ。
「橘さんはどうします?」
一通りオーダーを取り終えたスタッフが、友雅の所へやって来た。
「私は良いよ。気分転換に、コンビニあたりで適当に見繕って来るから。」
午前3時近くにもなって、イタリアンを胃の中にいれるのは、さすがに躊躇してしまう。

「だったら買い出し、僕が行ってきましょうか?」
ミキサー見習いの青年が、立ち上がろうとした友雅を呼び止めた。
「ああ、大丈夫。私も丁度、外の空気を吸いたいと思っていたからね。これくらいの時間の夜風は、ひんやりしてて気持ちが良いんだよ。」
集中している時は気にならないが、中断するとそれまで張りつめていたものが、どっと背中に押し寄せてくる。
それらをリフレッシュすることは必要不可欠。
ほんの少し、ふらりと出掛けるだけでもメンタル面に違いが出るのだ。
「じゃあ、しばらくフリータイムを頂くよ」
友雅はそう言って、スタジオから出て行った。



さすがにこんな時間になれば、スタジオの外はガードマン以外誰もいなくなる。
華やかな少女たちの姿も、今はもう一人も見えない。
中心街に近い場所にも関わらず、やはり人気のなくなった深夜の空気は、冷たくて澄んでいて心地良い。
何度か呼吸をしているだけで、十分リフレッシュが出来そうだ。

少し離れたところにあるコンビニへと、友雅は向かう。
下ろされているシャッター、明かりの消えた店舗の前を一人で歩きながら、ポケットに手を入れた時、その中にある携帯の存在に気がついた。
そういえば、夕方に一度メールを入れたきりだったけれど、彼女はそれに気付いただろうか。
取り出してモニタを開く。明るいライトが、手元を照らす。
……メール受信のアイコンと、"着信あり"のメッセージ。

元々、この携帯は彼女との連絡にしか使っていないのだから、それ以外の者がメールや電話をして来るはずがない(頼久には、連絡しないようにと忠告してある)。
着信履歴を確認すると、"午後7時22分-------元宮あかね"の文字が記されていた。
だが、その着信は一度だけ。そして、そのあとにすぐメールが届いている。
「『一息ついたら、連絡下さい』…か。」
とは言っても…もう午前3時だ。
しかも平日、一週間の真ん中。
生活サイクルが違うというのは、やっかいなものだな…と友雅は思いながら、一旦立ち止まってメールボタンを押した。
やっと一息ついたけれど、こんな時間に電話なんて出来ないだろう。
声が聞きたいのはやまやまだけれど、既に眠りについている彼女を、呼び出し音で無理矢理起こしてしまうのは可哀想だから。

"今日は連絡出来なくて申し訳ない。おやすみ。"
せめて最後の4文字くらいは、直接言ってあげたかったな、と思いながら送信ボタンを押して、もう一度携帯をポケットに仕舞い込んだ。


コンビニには誰一人客はおらず、レジの若い男性店員と、店内に流れている有線の音楽だけが響いているだけだった。
本当は夜食なんて摂る気もなくて、ただ純粋に気分転換をしようと出て来ただけだったが、まあ適当に何か買って帰ろうかと、棚にある缶コーヒーをひとつ手に取って、レジに差し出した。
「145円になります」
ポケットの中にあるコインと、缶コーヒーとを交換するようにカウンターの上に差し出したとき。
今、手を入れたポケットの中から、急にクラシカルなデジタル音が鳴り出した。

まさか、こんな時間に-------------。
釣り銭をもらうのも面倒臭くて、彼は品物だけを手にして、足早に店の外に出た。
手の中で呼び出し音を響かせる携帯電話。
点滅している小窓に、相手の名前が表示されている。
午前3時。普通なら、誰もが既に眠りに着いている時間。
だから敢えて、メールで返事を出した…それがほんの数分前のこと。
通話ボタンを押して、携帯を耳に当てる。

「あ、あのっ……」
戸惑うような声が、向こうから聞こえてきた。
眠気もない、はっきりとした声。
「……どうして、こんな時間に起きているんだい?」
「電話…来るかもしれない…って思って…」
「待っていたの?私から連絡が来るまで?」
そのあと、彼女の声は聞こえなくなった。

もう諦めて寝ようか、と思った。
そろそろベッドに入らなくちゃ、と思って…それでも、もしかしたらと携帯を手放せなくて。
ライトを消そうとした時、飛び込んできた、メールという名の紙飛行機。
慌ててすぐに電話を掛けたら、待っていた彼の声がやっと聞こえてきた-----。

「すまなかったね。仕事の切れる時間が予想付かなかったものだから、君からのメールも気付いたのが、ついさっきだったんだ。」
「う、ううん…気にしないで下さい、そんなこと。お仕事の方が大切ですもん。私こそ、メールとか電話とかしちゃって……」
かえって友雅に気を遣わせてしまったんじゃないだろうか、と思ったけれど、彼はそんなことはないと笑ってくれた。
「声が聞けて、良かったよ」
その一言が、眠りに付こうと諦めていた心に、静かに、そしてじっくりと染みこんでいく。

「メールは確かに便利なものだけれど、電話は話すためのものだからね。声を聞く方がずっと良いよ。」
文字だけで表現するより、彼女の存在を確かめられる声が聞きたかった。
二人が、いつでも繋がっていることを確認したくて。

「明日、学校だよね。もう眠った方が良いよ。流石にこんな時間では…」
平日の午前3時なんて、女子高生が起きている時間じゃない。
受験勉強もあるかもしれないが、それも次の日の学業に支障が出てはまずい。
本当なら、もう少し話していたい気がした。
やっとつながった電話だ。今日一日で、どれだけお互いの生活時間がズレているか、しみじみ分かった。
次に電話が出来るのは、いつになるか予想も付かない。
だから、この繋がっている見えない電波を、もう少しだけ……と思うけれど、そんな我が侭は言えない。

「次はもう少し、長く話せると良いね。」
「…はい。でも…電話、つながって良かったです…」
ホッとしたようなあかねの声が、冷たい夜風を感じていた耳を暖める。
「私も同じだよ。せっかくの携帯を無駄にしたくないからね。」
静かに紡ぐ二人の声は、相手にだけ届くような、ひっそりした声。
他の誰にも聞こえないほどの、優しい音。

「おやすみ。ぐっすりと眠れる時間はあまりないかもしれないけれど…ゆっくりと夢の中で疲れを癒すんだよ。」
「……はい。ありがとうございます…お、おやすみ…なさい。お仕事、頑張ってください…」
「ありがとう。それじゃ、またね」
通話時間は、ほんの数分間。
会話もそれほど多くなく、あっという間に途切れた電話は、何もなかったかのように大人しくなっている。
音も響かない。
新しくメッセージも届いていない。
ただ、通話履歴に彼女の名前が残っている。

携帯を閉じて空を見上げると、いつのまにか少し明るくなってきていた。
少しずつ、朝が近付いている。
通り過ぎていく、新聞配達員のバイクのエンジン音。ビルのベランダに、小鳥の姿が見えている。
だけど、天にはまだ明るい星と月が浮かんでいて、闇の空を照らしている。

おぼろげな色が、まろやかで優しい。
それはまるで、彼女の声みたいに。




-----THE END-----




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Megumi,Ka

suga