BLUE BIRD

 第4話
ティータイムに入店したにも関わらず、ふと気付くと、いつのまにかディナーメニューが差し出されていた。
居心地の良さと、客の少ない静けさも手伝って、そのままあかね達はディナーも済ませる事にした。

「あの…帰りなんですけどね、家じゃなくて友達の家の近くまで、送っていってもらえませんか?」
着信オフにした携帯で、あかねはさっきまでメールを打っていた。
おそらく、さっきの友達への返信に違いない。
「それで…どうするつもり?お友達は、随分と君の答えに期待しているみたいだよ。何て答えるんだい?」
エスプレッソを傾けながら、テーブルを照らすキャンドルライトの向こうで、友雅は笑う。
「……何とか誤摩化しますよ…何とかします、どーにかします!」
そう言いながら、困ったようにため息をつくあかねを眺め、友雅は染み込む様な暖かさを感じていた。

男と女の関係なら、どこにでもある日常茶飯事のこと。
しかし、それを超えた相手と過ごせる、そんな至福の時がある。
言葉がなくても、受け入れてくれる人。
そして、すべてを受け入れても良いと、無条件で信じられる人。
そんな人が、この世には存在する。
初めて-------あの夜に、それを知った。

胸が暖かくなる想い。今まで感じた事のない想い。
それはきっと、こんな奇跡に出会った人でなければ分からないだろう。

+++++

午後9時前。住宅街の中にある公園は、人通りも殆どない。
一本の街灯が照らす歩道の隅で、友雅は車を止めた。あかねの要望だ。
「ここで良いのかい?もう少し近くで降りた方が良いんじゃないかな。」
「ううん、良いです、ここで。っていうか……もし、おじさんが外に出て来てたりしたら、ちょっと…」
車の中で聞いた話では、彼女の友達というのは、森村の娘なのだそうだ。
正確に言えば、彼女と森村の息子が同級生の友達同士で、その妹ということで彼女とも親しいのだと言う。

よくよく、色々な縁が繋がり合っているのだな、と思う。
でも、もうそれを不思議だとは思わない。
"赤い糸"という言葉が、すべてそれをリアルに変えてくれる。


「今回は、急に引き止めたりして悪かったね。」
「いえ…元は、私が急に押し掛けたりしちゃったから…すいません、ホントに。」
「今度は、ちゃんと連絡着くようにするから。来たい時には携帯に連絡をくれれば迎えに行くし、準備もしておくよ。」
友雅の言葉に、あかねは笑顔でうなづいた。

ふと、彼の手が伸びて、あかねの手に重なった。
小指に触れて、指先同士が自然に絡み合う。解けないように。解き難いように。

あと一日。今夜も一緒に……なんて、言えない。
でも、心の中ではそう思っている。
今夜も、そして明日も、そして次の日も。
ずっと一緒にいることが出来たら、離れずにいられたらどんなにか……………言えるわけがないけれど。
強く彼女の手を握りしめて、ひと時でも長く彼女の存在を近くに刻み込む為に。
恋とか、そんな生易しいものじゃなく……。

サイドブレーキを越えて、引き寄せて抱きしめる。
薄暗い街灯の明かりの中で、お互いの顔がやっと間近に迫ったおかげで、はっきり捕らえられるようになって。
黙って顔を埋める彼女の頬に、そっと唇を寄せて……。それは、顔を上げた彼女の唇へと移動する。
恋なんて、そんな不確かなものじゃなく……もっと、大切な何かが胸の中にある。

「また来週。新学期、頑張るようにね。」
車を降りたあかねに向かって、友雅は運転席からそう声を掛けた。
もうすぐ二学期がスタートする。受験生に取っては、本番を見込んでの最終チェックの時期。
「…出来るだけ頑張ります。」
「大丈夫だよ。そんな笑顔が出来るなら、夢が叶うよ。自信を持つことだ。」
本当は、それほど安心してはいない。
今のところ、成績は問題ないと学校からもゼミからもお墨付きだけど、それでもやっぱり不安はある。
だけど…友雅が言ってくれると、不思議にホッとして安堵感が浮かんだ。
安心なんて、そんな暢気な事は御法度だと思うけれど、メンタル面ではかなりのメリットがある。

「じゃ、おやすみなさい。あ、そうだ、あの…携帯……」
思い出したように振り返ったあかねに、友雅は笑顔を向けた。
「忘れてないよ。契約が済んだら、真っ先にちゃんと連絡するよ。」
その答えを聞いて、あかねは嬉しそうに微笑んだ。

+++++

「きゃー、あかねちゃーん!!いらっしゃーい!!」
森村家のインターホンを押して、ドアが開いたとたんに飛び出して来た蘭は、あかねに徐に飛びついた。
「ちょ、ちょっと蘭…!これ、お土産がつぶれちゃうってば!」
さっきのレストランで売っていた、ナッツが散りばめられたバターケーキだ。
何せ口実をお願いした立場であるから、手ぶらで顔を出すのも気が引けて。
デザートで味見もしたので、ナッツ好きの蘭には丁度良いかと手土産に選んだ。
「あ、ここのお店って、最近よく雑誌とかに載ってるよね。」
「え?そうなの?」
「うん。ちょっと場所が分かりづらいし、車じゃないと行きにくいところだって言うけど。なんか、都内の有名ホテルのシェフが、独立して始めたオーガニックレストランなんだって。」
そういえば、無農薬野菜とか雑穀米とか、ヘルシーな材料がメニューに並んでいたなあ、と思い出した。

「ふっふっふ〜。そっかあー、大人の彼氏だもんねー。車で行き来なんて当然だよねー。いいなー。」
どき…っ。蘭が意味ありげに顔を近づけてきて、あかねは心音が乱れた。
「さあさあ!中に入って!お茶飲んでって!お話聞かせてー!!」
「ちょっと…蘭!でも、もう時間も遅いから!」

慌てるあかねに、火種に注ぐ油のような人物が、奥の部屋から顔を出して来た。
「おっ。あかねか。やっと戻って来たのか。どうだったんだ?コレとの一晩は。」
そう言って天真は、親指を立ててニヤリと笑った。
「ねえお兄ちゃんも聞き出すの手伝ってよ!あかねちゃんの夕べの話ー!」
「何だぁ?男と泊まるなら、することは一つしかないじゃんかよ」
「ちょっとー!変な勘ぐりしないでぇっ!!」
もう…この二人を黙られせるには、一体どうしたら良いんだろう。

「こらこら。二人ともあかねちゃんを困らせるんじゃないよ。夜も遅いんだから、少しは静かにしなさい。」
玄関先から聞こえる子供たちの騒ぎに、呆れた森村が居間から顔を出した。
「そんな事より、もう時間も遅いし、天真…送ってあげたらどうだ?」
「あ、悪い。俺のバイク、今ガソリンギリギリでさあ。」
バイト代がまだ入らないから、給油に行けないと言う天真に、蘭たちはため息をついた。


仕方がないので、森村が車で送る事になったのだが、そうとなると、蘭と天真も同乗すると言い出した。
理由は…あかねを問い詰めるため。それ以外に有るわけがない。
「ね、ね、で、どうだったの?彼氏って、やっぱ大人だからー…ロマンチックだった?」
「だから…その、ホントにそういう事はないの!違うの、ホントに何もないの!」
弁解したところで、すんなり二人が引き下がってくれるとは思わないけれど、それでも何とか説得しようと必死だ。

「あまりからかっては可哀想だろう。せっかく素敵なデートを楽しんで、その余韻に浸りたいんだろうに。」
さすが、父の貫禄というのか。運転席の森村が言うと、二人のはしゃぎっぷりは一旦収まった。
が、蘭がこそこそとあかねに耳うちをする。
「余韻に浸るくらい、素敵な夜だったの?」
「…ちっ…違っ…そういうことはなくって……」
「きゃー!あかねちゃん、赤くなってるー!!真っ赤ー!意味深ー!!」
「どうした!やっちまったのか!?」
「何言ってんのよ!天真くんまで!」
再び再燃した騒ぎように、森村も今回は口を挟む気にもなれないようで、苦笑しながら見守っているだけだった。

二人に絡まれながら、あかねは胸の奥で考える。

………本当のことは言えないけれど……特別な、素敵な夜だったんだ。
でも、それは自分たちにしか分からないから、誰にも言わない。

一歩ずつ近付いて、やっと触れられる位置まで辿り着けたの。
…………大切な、あの人の隣に。




-----THE END-----




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Megumi,Ka

suga