Tenderly Melody

 第4話
ようやく蘭から携帯を取り返して、天真が本題に入った。
『で、さあ。電話したのは、ほら…おまえのお気に入りのバンドのライヴの件なんだけどさ。』
そういえば、あれから色々な事がありすぎて忘れていたが、もう当日が目の前に迫っている。
8月の最終週だったから、今週の金曜日。5日後だ。

『親父に頼んではみたんだけど、チケットはどうにもなんないってさ。でも、関係者としてなら裏から入れてくれるっていうけど、どーする?』
「えっ、そんなの全然構わないよ!どこでも良いもん。音楽が聴ければ良いし、席がなくなって立ち見でも良いし。」
と、あかねは答えたが、どうやらこのバンドのライヴの盛り上がりは凄いらしく、特にノリの良いアップテンポの曲の場合は、酸欠になるくらいなんだそうだ。
彼らのライヴに慣れているファンならともかく、まだ一度も見た事もないというあかねには、オールスタンディングのライヴを立ち見で見るのは、ちょっと不安だと天真は父に言われたらしい。

『というわけで、当日は正面からじゃなくて、裏口から入って来いって。店のヤツには話を通しておくから平気だってさ』
観客席には入れられないが、舞台の袖に椅子を用意しておいてくれるという。
何だか、熱心なファンがあんなにチケットを争奪しているのに、こんなに特別扱いされて良いのだろうか…と、ちょっと恐縮して来た。
でも、チャンスがあるのなら、それに甘えたい。
一度で良いから、あの音を生で聞いてみたくて仕方がない。

『で、親父からバックステージパス預かってるから、明日にでも店で渡すわ。どーせまた、予備校終わったら視聴しに来るんだろ?』
月・水・木・土の天真のスケジュールに合わせて、必ずと言っていいほどあかねは店に立ち寄る。
そして、何度も彼等のCDをリピートして聞いていく。その熱の入れようは、天真も驚くくらいだ。
「うん。じゃあ明日、お店に行くね。いろいろありがと。おじさんにも御礼言っておいてね。」
『その代わり、そいつらの宣伝もしてやってくれってさ。友達とかにさ、売り込んでくれってよ。』
いくらインディーズで人気があっても、メジャーデビューとなるとプロモーションにも力が入るのだろう。
今のご時世、リスナーのクチコミはかなりのPR威力を持っている。
せめて名前と存在さえアピールできれば、あとは自然に気に止めてもらえるはず。
最初の取っ掛かりが重要だ。クチコミの出所は、多ければ多いほど良い。

『おまえの彼氏にも、売り込んでみてくれよな』
ふいに、天真がそんなことを言ったので、かあっとあかねの頬が赤くなった。
「な、何よ!天真くんまでそんなこと言って!」
『いーじゃんいーじゃん。デートの話の種にでもしてやってくれよ。バンドが売れれば、親父も安泰で俺らも安泰なんでねー。』
本気なのか、それともただあかねを冷やかしたいだけなのか分からないが、天真は気楽な言葉を残して電話を切った。

「もう…天真くんも蘭も、二人して…」
携帯を折り畳むと、不在着信の表示が4つ。すべて、天真が掛けてきた証だった。
PM4:46、PM5:28、PM7:11、PM8:36……。ずっと友雅の家にいたから、電話なんて掛かってきているのも気付かなかった。
泣きじゃくって、一緒に料理して、彼のギターの音に耳を傾けて……今日一日のことが、ゆっくり思い出される。

そうだ、最後に友雅が弾いた、あの曲……。
今思い出してみても、CDの演奏と全く変わらない音には、本当に驚いたっけ。
プロの人って、すぐにあんな風に弾けるようになっちゃうのかな…と、単純にそんなことを思った。

今度のライヴで、あの曲を演奏してくれるだろうか。
生で聞く音は、CDよりもずっと心に染みるかもしれない。
だけど……友雅の音を聞いてしまった今になっては……もしかしたら本物よりも、彼の音の方が好きになるかもしれない。
贔屓目には違いないけれど、素直にそう感じてしまうのだから、仕方ない。

+++++

昨日の今日で、朝になっても母とは会話をする気になれず、朝食もさっさと済ませて予備校へと向かった。
夏の講習は、今日が最終日だった。せっかくの夏休みも、結局予備校の講習で終わってしまいそうだ。
受験生だから仕方ないにしても、もう少し楽しい過ごし方が出来なかったかな、と後悔しつつも、4回の日曜日を思ってみれば、それなりに満足だ。
それに、夏休みの最後にはライヴが待っている。
お楽しみの数は少ないが、それでも十分楽しみ甲斐はある。

「こんにちはー」
いつものように、CDショップの自動ドアが開くと同時に、カウンターにいるはずの天真に挨拶をしたつもりのあかねだったが、そこには見慣れた少女の姿もあった。
「いらっしゃい!あかねちゃん」
長い黒髪をアップにした蘭が、天真とともにあかねを出迎えた。
「どうしたの、天真くんのお手伝い?」
「そんなのあるわけないじゃない。あかねちゃんのこと、待ってたのよ。」
私のことを待ってた…って、どうしてまた蘭が、と不思議そうに天真の顔を見た。しかし彼が口を開くよりも先に、蘭があかねの腕に絡みついてきた。
「うっふっふ…昨日、聞きそびれちゃった彼氏の話。」
「ええっ!?まさか、そんなことで私を待ってたの!?」
当然、というように蘭はうなづいた。
しかも、カウンターの向こうにいる天真もまんざらではない様子。

「夕べコイツに聞いた話だと、おまえ…社会人と付き合ってるんだって?どこで知り合ったんだよ、そんなヤツ」
社会人…まあ、確かにそうではあるけれど。
でも、こういう時に知り合ったきっかけを話そうにも、ちょっと説明がしにくい。
通りすがりとか言うと、何だかちょっと軽薄にも聞こえてしまうし、だからってそれ以外の筋書きもないし。
あらためて、微妙な出会い方だったんだなあ…と感じる。

「私、ホントは後ろ姿しか見てなかったのよね。あかねちゃんの横顔だけは見えたから、多分一緒にいるのは彼氏なんだろうなと思って。背の高い人だったよね。」
「ん…まあ…そう…だけど…」
顔は見られていなかったのか。そう思うと、何故か少しだけホッとした。
「ねえ、素敵な人?どんな仕事してるの?優しい?」
仕事は…音楽を生業にしているのは分かっているけれど、具体的なことまでは分からない。
でも、知らないなんて言ったら、それこそ怪しまれてしまうかも。
--------大人は本心だけじゃなく、嘘も必要になってくる。---------
嫌な言葉を思い出した。夕べ、母が言ったことだ。
仕事の現場も見ていないあかねには、彼の職業だって真実だという確信はない。
ただ、あれだけのギターの技術を持っていて、ただの人間ではないとは思うけれど…信用性は100%じゃない。

だけど、絶対的に確信できることが、ひとつだけある。
「……優しい人だよ、すごく」
それだけは、あかねが自分で感じた、友雅の真実。

「やだもー!堂々とノロケちゃってえ!」
蘭に思い切りつつかれ、天真にはバックステージパスで、軽く頭を叩かれた。
ふと、自分が言った言葉と共に彼の顔が浮かんで…少しだけあかねも恥ずかしくなった。


特別に今日は、天真がCDを店内に流してくれた。
学生はまだ夏休みだが、普通では月曜日は平日。昼間のCDショップは、客もそれほど多くない。チケットカウンターの椅子に、あかねと蘭は腰掛けた。
「へえ、これがあかねちゃん一押しのバンドなんだー」
ライナーノーツに目を通しながら、初めて聞くバンドの曲を耳で追った。
「3曲しか入っていないんだけどね、全部雰囲気が違ってて面白いの。今の曲はロックなんだけど、次の2曲目はね……」
昨日電話で話したとおり、しっかり彼等の宣伝に一役買ってくれているようだ。
唯一、その相手が妹でなければ更に良かったのだが、と天真は思いながら二人の姿を眺めていた。
それにしても、改めてこうして彼等の曲を聴くのは初めてだ。
適当に店で流しているだけで、気にしたことなどなかったが…なかなかノリの良い曲を作るバンドだな、と天真も悪い気はしなかった。

しばらくして、曲調はガラリと変わる。
響くのは、ボーカルとギターの音だけのシンプルなメロディー。
「…これね、最後の曲は『Inclusion』っていうんだけど…これが私の一番のオススメなの」
静かな音楽とは裏腹に、蘭にこの曲の説明をするあかねは、今まで以上に熱心だ。普段から、この曲に関しては随分入れ込んでいるようだから、よほど気に入っている曲なんだろう。

「ギターの音が優しくて、大好きなんだ…。何かね、音が自分の身体に溶けていくような気がするの。初めて聞いた時から、何だかそんな気がして…」
目を閉じて、夢見心地のような表情で話すあかねを見て、蘭が笑いながら言った。
「あかねちゃん、何だか運命の恋人に巡り会ったみたいな、そんな顔してるよ」

運命の恋人…?
もしも、これが人間であったなら。
この音が人間だったなら……そうかもしれない。
だからこんなに惹かれるのだろうか。
はじめて聞いたときから、何かを感じたのは……それは、もしかすると『運命』というものなのだろうか。



-----THE END-----


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Megumi,Ka

suga