日曜日が足りない

 第5話
スタジオに入ると、森村がホッとしたような顔をして友雅に駆け寄ってきた。
「橘さん!お待ちしてました!いやあ…橘さんともめたバラードが、なかなかあれから進まずに困っておりまして…」
「…取り敢えず、もう一度彼に歌ってもらおう。さっきまたちょっとアドバイスはしたけれど、それがどう影響するか分からないけれどもね。」
ガラス越しの向こうには、ヘッドフォンをセットしてマイクの前に立つイノリの姿があった。
友雅の顔を見つけると、どことなくバツの悪そうな顔をして目を反らした。

「それじゃ…イノリくん、もう一回御願いするね。よろしく!」

ミキシングスタッフの声が響いて、イノリは深く深呼吸をした。
何度となく繰り返し聞いたバラードが、ヘッドフォンから流れてくる。
そしてイノリは、最初の口を開いた。



「オッケー!」
スタッフの声が響いた。
それまで目を閉じていたイノリは、やっと瞼を上げて向こう側の部屋を見る。
森村、数人のミキシングスタッフ、ストリングスを担当しているスタジオミュージシャン……そして友雅がこちらを見ている。
何も声が返ってこない。恐る恐る友雅を見る……と、腕を組んだままこちらを見ている。
スタッフが何一つ言わないのは、彼の言葉を待っているからだろう。
イノリも…そうだった。


「君しか歌えない歌だね。理想的な歌声だったよ。」
数分経ってからだった。友雅の声がイノリのところまで届いたのは。

「……それじゃ、橘さん!今ので………」
森村が万を期したように歩み寄る。
「充分でしょう。これなら他の誰にも真似は出来ないと思いますよ。」
全員に安堵感が漂った。やり直しの繰り返し。何度この歌を聴いただろう。
だが、友雅の言うとおりに今回のイノリの歌は、これまでで最高だったと誰もが思った。
高いキーに切なさが溢れて、叙情的にさえ思える。

こちらを見ている友雅が、やっとイノリに向かってOKサインと共に微笑んでいることに気付いた。
イノリは少し照れたようにして、ヘッドフォンを置いた。

■■■

しばらく休憩時間があり、さすがに疲れが出たせいか、ソファに横になっているうちに眠っていたようだ。
人の気配に目が覚めると、隣にイノリが座っていた。
「疲れただろう。でも、そのかいがあったよ。」
「…うっす」
頭をかきながら、友雅の言葉にイノリは適当に返事をした。
「あの歌詞を書いたのは君だろう?あんな歌詞を書けるんだから、恋の感情を持った事がないはずがないと思ってね。そういう繊細なところを君に歌って欲しかったんだよ。そのために、あの曲が出来たんだからね。」
そう友雅は説明したが、間違いなくそれはイノリのことを褒め称えているのであって、それを目の当たりにすると、照れくさくて何も言えない。

「今も恋してるのかな?良い歌い方だったよ」
「そ、そんなんじゃねえっ!!!!」
髪の毛に負けず劣らずの赤い顔をして、大声で否定するイノリだったが、それが肯定する表現になることまでは気付いていないらしい。
友雅は微笑ましくて笑いをこらえた。

「……あのさ」
「ん?」
珍しくイノリの方から、大人しく話しかけてきた。友雅は身体を起こして少し背伸びをした。
「あん時の…娘ってさ、あんたの……その…コレ、なんだろ?」
イノリが小指を立てて、友雅の表情を伺うように尋ねる。
「うーん…どうだろうねえ?」
曖昧な答え方に、少しだけイノリは拍子抜けな気がした。あの二人の光景を見て、何でもないと言えるはずがない。
「どうだろうって…日曜日の昼間っから二人で歩いてて、何でもないってのはないだろ!?」
「ああ、まあ…確かにあれはデートだったかもしれないけど」
一体どこまでが本音なんだか分からない。
本性に近づいたと思ったら、またその後ろから違う性格が出てくる。本当の彼を知る者は、この世界中にどれくらいいるんだろう。

取り敢えず気を取り直して、イノリも姿勢を正した。
「何だか曖昧な意味合いだなあ…。それにしてもアンタ、いくつだっけ?三十は過ぎてたよな?」
「女性だったら、そんなことを尋ねると怒られるよ」
一旦隣に視線を移して、イノリの様子を伺ってみる。
何一つ悪びれない、あっけらかんとした表情。彼の中には本音と建て前などないのだろう。
常に、本当の自分が素直に表に出てきているのが少し羨ましくもある。
「別にアンタは男だから良いじゃん。でも…あのさ、あの娘…ってさ、言っちゃなんだけど…随分アンタと年が離れてる気がするんだけどもさ」
「そうだねえ。今度大学受験だって言ってたから、一回りくらいは離れているんじゃないかな。」
……はっきりとしたプロフィールは知らないが、確か友雅は30を過ぎているのではなかったか?
大学受験というと、高校三年生…18才、もしくは17才…。
倍近い年齢差というわけか?

女子高生とミュージシャン。
どう考えても出会える共通点がないのに、あんな風にデートをする間柄というのも不思議でならない。

「年が離れすぎてるのはおかしいかい?」
びくっと肩が震えた。
思わず自分の頭の中を覗かれたように思えて、少しイノリはあわててしまった。
「あー…いや、なんつーか。何かさ、アンタみたいなのがどーやってそんな女子高生と会ったんだろうなって」
至って見た感じは普通の女の子、という感じだったし。
この業界に関係のあるタイプ、とも思えない。
ましてや友雅のグルービー…なんて全く筋違いの気がする。


「運命だから、じゃないのかな」
「は?」
イノリはオウムのように聞き返した。
「運命。出会う運命だったから、年令も生きる世界が違っても…出会う時がきっとくる。お互いにそんな感じだったんじゃないのかな。」

さらりと友雅の言った言葉は、まるで童話を読むような感じがした。
例え離れていたとしても、必ず巡り会える赤い糸の物語を読んでいるかのように思える。

「アンタって…見かけに寄らずロマンチストなんだ!」
友雅からは予想もつかない台詞が飛び出してきて、イノリは思わず吹き出しそうになってしまったのだが、それを静かに微笑んだまま、何も文句一つ言わないでいる友雅を見ていたら、茶化す気分にもなれなかった。

もしかして本気で?
友雅クラスの男であれば、周囲にたむろす女性など次から次へと増えていくだろう。しかも、恋愛に一途になるような性格にはとうてい思えないのだが。
だけど、彼が彼女を思い出している時の表情は……………………やっぱり?。

「でも、好きなんだろ?」
イノリの言葉に、友雅はほんのりと笑う。

「………運命の人だからね」
そう一言だけ、口にした。





-----THE END-----



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Megumi,Ka

suga