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日曜日の夕方のバスターミナルは、結構人が多い。
明日から仕事が始まる社会人は、そうそうのんびりと夜まで出歩くわけは行かないせいだ。遊びの時間を適度に切り上げる人も多い。
「あのー……友雅さんって、携帯とか持ってないんですか?」
唐突だと思ったが、あかねはずっと気になっていたことを尋ねてみた。しかし簡単に返事が返ってきてしまった。
「持ってないよ。必要ないからね。」
「えっ?うそっ……それじゃお仕事とかの連絡だって出来ないじゃないですか!」
「あまり外出はしないし。大概は家にいるから連絡が付くから必要ないんだよ。」 彼のような仕事を持つ人間は、全員携帯電話が必需品だと思っていた。
常にどこでも連絡が取れなければいけないのだと思っていたが……彼はどうやら珍しい人種らしい。
しかし、そうなるとそれ以上のことは聞けなかった。 いつでも連絡の出来る手がかりが欲しいのだ。
声を聞きたくなったら、会いたくなったら……連絡出来るように。 自宅の電話番号なんて尋ねるには、ちょっと直接的すぎるだろうから。
せめて携帯の番号だったら…と思ったのだが、持っていないのでは仕方がない。
結局また今日のように、彼が現れそうな場所で待ち伏せでもするしかないのか。
「会いたいのなら、会った時に次の約束をすればいい。会えるから、次の約束が出来るんだからね。電話で声だけの約束をするよりも、面と向かって話せるし…その方がずっと確実だ。」
友雅の言葉に、はっとしてあかねは彼を見上げる。その瞳は、吸い込まれそうなほど優しくて。
「だから、次の日曜日も会わないかい?」
来週の日曜日。今うなづけば、確実に次の日曜もこうして友雅と一緒に過ごせる。
それは目の前で誓う、確かな約束。
「今度はちゃんとしたランチもご馳走出来るだろうし。一週間も過ぎたら、また話す内容も見つかるだろう?」
一週間後。またやって来る日曜日は……今日のように宛のない待ち伏せをしなくても良い。必ずそこには、友雅が来てくれる。
「今日と同じ店で…10時くらいで良いかな。一緒にブランチからスタートしよう。良いかな?」
「は、はいっ!大丈夫ですっ!」
電話なんかなくたって、次に会う約束が出来れば良い。
今度の日曜日も、友雅と一緒に過ごせると確信が出来れば………それで充分なのだから。
そう、その約束さえあれば、さよならなんてあまり寂しくもない。
■■■
その日の夜、友雅は渋々スタジオにもう一度向かうことになった。
部屋に帰ると中は散々な状態で。 留守番電話には30件のメッセージ。
レコード会社の森村からの嘆願と、それに続いてイノリからの文句の電話。
更にはFAXでも同じ内容がどんどん流れ続けていて、電話機の周りはトイレットペーパーが転がったような状態になっていた。
こんな調子ではスタジオに行かなければ、電話とFAXの攻撃が続くだろう。たまったものではない。
仕方なく友雅は森村に電話をし、そちらに向かうと約束せざるを得なかった。
ろくに寝ていないのに、何となく気分が冴えているせいで眠気はないのだが。
「随分とゆっくりしたお出かけだったな。気分はすっきりしたか?」
地下のスタジオに続く階段を下りて、ひんやりした廊下に出た途端に待っていたのは、そんなイノリの皮肉めいた台詞だった。
「おやまあ、お迎えかい?有り難いねえ。」
「いつまでたっても、誰かさんは女といちゃついてて仕事場に現れねえからな。仕事が全然進まなくて困ってんだよ。」
おそらく何かしら嫌みったらしい事を言われるだろう、とある程度予想はしていた友雅だったが、こうもストレートに叩き付けられるとかえって気持ちがいい。
「まったく、良いご身分だぜ。こっちはずっとカンヅメだってのによ。自分は気が滅入ったら女とトンズラかよ……」
自販機の缶コーヒーを取り上げたイノリは、そのままさっさとスタジオに戻ろうとした。
その瞬間、自分の肩に他人の手のひらの感触が感じられた。
とっさに振り返ると、捕まれた肩を壁際に押しつけられた。
手のひらから缶コーヒーが転がり落ちて、廊下をころころと転がっていった。
「悪ふざけもいい加減、この辺りで終わらせておいた方が良いよ」
穏やかな口調の喋り方なのに、妙な威圧感に息を呑む。
「…何だよ!や、やる気か!?…そんだったらオレだって黙っちゃいな……っ」
友雅の顔を睨もうと見上げた瞬間、イノリは何故か身体が動かなくなった。
「私が本気で怒る前に、大人しくしなさい。私に直接食ってかかるのならば、何も遠慮などしなくて良い。だけどね…昼間のように、関係のないあの子にまで罵声を浴びせるんであれば容赦はしないよ?」
空気が張りつめた。その瞳は、言葉に出来ないほどの圧力が感じられた。
起伏を抑えた声のトーンは、静かな口調をより一層に強く印象づける。
イノリは金縛りにあったように、身体をこわばらせて言い返せなかった。
かと思うと、とたんに友雅はイノリの肩から手を離した。
「まあ、子供の戯れ事だと分かっているけれどもね。でも行き過ぎた時には痛い目を浴びないと治らないものもあるしねえ。それくらいはこの世界で生きる上で、覚悟しておいた方が良い。」
がちゃん、と缶コーヒーが自販機から落ちる音がした。
イノリから離れた友雅が、ボタンを押したせいだ。
今までと何一つ変わらない。飄々としていて、本気なのか冗談なのか分からない会話だけしかしないで、真実など全く見えやしない不透明な男。
なのに…さっきの、異常なまでの威圧感は何だったんだ?
並みの人間など触れることなど出来ない、オーラのような圧倒的な存在感が確かにあった。
『…何者なんだ?こいつ……』
「ところで、私の作ったバラードのことだけれど。あれから何か展開あったかい?」
立ちつくしたままのイノリとは正反対に、いつのまにか友雅はのんびりとソファに腰を下ろして、軽く足など組んでいる。
「…あのなぁ、進むはずがねえだろ!あんたがいないんじゃ森村のおっさんだってGOサイン出しやしねえよ!」
元々、友雅のバラードの曲から今回の衝突は始まった。
イノリの歌い方では乱暴すぎる、という彼の忠告があったせいで、10回もボーカルのリテイクがあったのだ。
回数を重ねながらもOKを言わない友雅に対して、ついにイノリも爆発したというわけだ。
「君の声は良いと思うよ。荒削りだけれどそこがナチュラルで、聞いている方にすんなりと染みこんでいく、良い声をしている。」
「はぁ?」
イノリはあっけに取られた。
それは…つまり自分の声を誉めていることだろうか。
散々歌い方が雑だと言ってリテイクかけながら、突然何を言い出すかと思ったら。
「ハイトーンも良く出るしね。だから、トーンの転調のところは張り上げずに、そっと歌って欲しいわけだよ。恋の歌なのだから、その切ない気持ちを思いながら歌ってごらん。」
「……………」
「何かまた文句でもあるのかな?」
「……別に」
一言そうつぶやくように言って、イノリは先にスタジオに戻っていった。
恋をする歌詞を先に読んだ。
恋をした人しか分からない、嬉しくて切ない不思議な感情を綴った詩。
それを思いながら、あの曲は生まれた。
時折メロディが浮かばなくて頭をひねったことも何度かあったが……そんなときは何故だかいつも彼女の顔が浮かんで。
そうすると自然にメロディが飛び出してきて。
今までそんな経験などなかったのに。
何かが…今までとは明らかに違っていた。
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