日曜日が足りない

 第3話
そう思うと、友雅の仕事に興味がわいてきた。
「どんな音楽なんですか?あの人と一緒にやってるのって……」
正反対とも言える彼と友雅の音が、どんな風に溶け合って一つになっていくのか…あかねはそれが知りたかった。
だが、そんなあかねの願いを友雅は簡単にあしらった。
「今はまだ何も出来上がってないから、聞かせられるものなんて何もなくてね。何せこんな調子なもんだから、ゴールまでは当分時間がかかりそうだしね……」
共同作業は何より人間関係が左右する。友雅自身、そんな面倒なことに関わるのが嫌だからという理由が、表舞台になかなか出てこない最大の原因である。
倍以上も年の離れた相手では、会話も感覚も全く違うのだから、噛み合わなくて当然なのだ…。


だけど、隣にいるあかねだけは違う。
女の子だから……?という性別の違いだけではなくて、隣にいて話をすることに違和感を感じたことはないし、ましてや衝突することなどもない。
むしろ…気分が安らいでいくような感じさえする。
今までに付き合ったことのある、年の近い…それなりの人生経験を重ねた女性たちよりも、もっとしっかりピントが定まっているような感じ。今までとは違う何か。
年頃の割には、すれていない素直な性格のせいだろうか。小さな彼女の存在が、春の日だまりのようにいつも暖かさを与えてくれる。


「悪かったね。」
「えっ?」
ブティックのペーパーバッグを抱えたまま、空になったアイスティーの缶をもてあそんでいたあかねは、はっとして隣にいる友雅の方を振り返った。
「あれこれ言われて、気分悪くしたんじゃないのかい?」
「あ…平気ですよ。全然気にしてないですから。」
近づいた友雅の顔に、前髪がゆるやかに掛かって甘さを引き立てる。少しだけ、鼓動が早くなっている。
「せっかくのデートを邪魔されては、こっちとしてもたまったもんじゃないからねえ」
そう言われて、さっきの会話を思い出して…また頬が赤くなる。
赤の他人同志の二人で一緒にお茶を飲んで、街を歩いて、プレゼントなんか買って貰ってしまって。自分で考えても他人が見ても、これをデートと言わずに何と言うか。

もしもこれがデートであるのなら…自慢できることではないが、あかねにとってははじめてのデートだ。
これまでに天真や詩紋たちとは出歩くことはあっても、それはあくまで友達同士の領域を越えていない。気兼ねしないで冗談を言い合える関係。
だけど………今は。今は…今までにない緊張感と、どきどきとして止まらない鼓動。あきらかにそれは、天真たちとの雰囲気とは違っていて。



「まずいな。」
友雅が腕時計の文字盤を見て言った。
「今からではランチタイムが間に合いそうにない。逆方向を走ってきてしまったから、ここからだと店までは結構歩くことになってしまう。困ったね……」
イノリの追跡から身をくらまそうとして、とにかく無心になって逃げてきた方向は、最初に向かっていた方向とはあきらかに逆。徒歩十分程度の距離だったのが、今では二十分ほどかかる位置に移動してきていたのだ。
確か、ランチタイムのオーダーは午後1時半まで。現在は1時過ぎ。ここからもう一度走っていくなんて気力は、友雅にもあかねにも残っていない。

「あ、それじゃ……あたし何か買ってきます!」
あかねは顔を上げると、友雅の方をくいっと向いた。
「お天気良いし…外で食べるのも気持ちいいですよ、きっと。」
テイクアウト出来る物なんて、たかが知れている。だけど、缶コーヒーとアイスティーだけじゃ味気ないし。
この周辺にあるとしたら、ファーストフードのチェーン店が数軒。所詮あかねの財布の中身では、それくらいしか対応できないことも事実。
「ちょっと待ってて下さいね!買ってきますから!」
そう言い残して、バッグから財布だけ取りだしたあかねは、友雅をベンチに残したまま公園の出口に走っていった。
動くたびに揺れる髪を眺めながら、友雅は現在の状況を客観的に見直してみる。
太陽の光をこんなに浴びたのは、いつ以来だっただろう。スタジオとの行き来しかない外出が殆どで、しっかりと風を感じたことなど滅多になかった。
吹き流れる風と天から注がれる太陽の光は、彼が思っている以上に心地よかった。

■■■

結局、あかねが持ち帰ってきたのはハンガーガーとポテトとドリンクという、天真たちと出掛けたときのランチとたいして変わらないものになってしまった。
「買ってきてもらったりして悪かったね。いくらだった?」
「えっ?いいですよ!私、おごります!これくらいなら払えますから!」
二人分買っても、セットなら1000円程度。そんなものまでおごってもらうほど図々しいことは言えない。
「友雅さんからもらったプレゼントから比べたら、何十分の一くらいのお金ですから!それに、その…お礼もあるし。」
あまりに比較するには極端な値段の差があるが。
「だからおごらせて下さい!これくらいしか出来ないし…」
真剣な顔をして、ファーストフードのランチをおごると言い切って。
そのいじらしい表情が愛らしくて、つい笑顔が浮かんでしまう。
「分かったよ。じゃあ、今回は遠慮無くおごらせてもらうとしよう。次回はちゃんとしたランチに招待してあげるから楽しみにしていると良いよ。」
ポテトの包み紙をくしゃっとまるめて、ゴミ箱に放り投げた友雅は笑って答えた。


気付くといつの間にか時間は過ぎて。午後3時のティータイムなど一時間もオーバーしていた。
何故か公園のベンチから離れられなくて、とりとめのない会話だけでどんどんと時間が消化されて行った。
「そろそろ夕方だ。こんな空だから、そんな時間になってるなんて気付かなかったけれどね。」
夏場の夕暮れはかなり明るいが、時計を見れば誤魔化しはきかない。夜は時間とともに確実にやってきてしまうのだ。
それは、さよならの合図でもある。

「遅くならないうちに、帰り道を辿った方がいいね。駅前のターミナルまで送っていってあげるよ」
まだ、何もしていないような気がするのに。勿論それは錯覚で、一緒に色々な所にも行ったし話もしたけれど……心の中はまだ不完全燃焼という感じが否めない。
もう少しだけ一緒にいられたら、また一つ想い出が紡がれるだろう。一緒に過ごした日曜日の時間に刻まれる記憶が、時間を追う毎に増えていくはずなのに。

公園を出て、駅に続く道を二人で歩いている途中、そんなことを考えていたあかねに友雅が言った。
「受験生は大変だけれども、息抜きはちゃんとしないとはかどらないものだよ。だからせめて週に一度くらいは、こうしてゆっくり時間を楽しむのが良いと私は思うけれどね。」
あかねの少し前を歩きながら、そう言った友雅の背中は大きくて広い。
「もう受験の記憶なんて覚えていない私が、あれこれと偉そうに言えないけれどもね。でも、ぎゅうぎゅう詰めのスケジュールの中で、息が出来ずに苦しそうにしている君の顔は見たくはないしね。」
その言葉を吐き出す声は、少し低めで優しくて落ち着いたトーンだ。

そうして路地を曲がったとき、友雅が一旦立ち止まって振り返った。
「せっかく素敵な笑顔が出来るのに、それを閉じこめるのは勿体ないよ。」
長い人差し指で、ぽかんとしているあかねの頬を突いてみせる。
それが更に、あかねの鼓動を早めてしまうことも気付かずに。



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Megumi,Ka

suga